第8話 王様にものすごく評価された。
ニコルに案内されたレストランの個室では、なぜか、この国の王様が待っていた。
ヴィクトル・ディ・グランギア。
引き締まった身体つきの中年男性だ。
ヴィクトル王は自分のことを「災厄と呼ばれるものについて知る一族の末裔」と言った。
俺はこれまで二度、災厄と戦っている。
極滅の黒竜。
虚ろなる暴食竜。
【災厄殺し】のスキルもあるから、今後、災厄に出くわしても大きな苦労はしないだろう。
だが、そもそも災厄とは何なのか?
そのあたりの情報はゼロに等しく、俺としてはモヤモヤしていた。
だから「災厄と呼ばれるものについて知る一族の末裔」……ヴィクトル王に出会えたのは、好都合といえば好都合といえる。
俺たちはひとまず席についた。
テーブルは円形になっていて、俺から見て時計回りに、アイリス、ヴィクトル王、ニコル、リリィの順番で座っている。
ちょうど俺は、アイリスとリリィに挟まれる形だ。
……というか、災厄の話って、内密にしなくて大丈夫なのか?
俺とアイリスは当事者だからいいとして、リリィはどうなのだろう。
そんなことを考えていたら、リリィが戸惑いがちに口を開いた。
「あの、わたし、邪魔じゃ、ないですか? 聞かれたくないことが、あるなら、外に出ています、けど……」
リリィの申し出に、ヴィクトル王は首を横に振った。
「リリィくん、だったかな。むしろ君には同席してもらいたい。……事前に少しだけ調べさせてもらったが、君は古代文明の末裔なのだろう? ならば災厄について知っておくべきだ」
リリィは大賢者メビウスの子孫だ。
そういう意味じゃ、確かに、古代文明の末裔といえる。
「わ、分かりました……。コウさんの後ろに隠れて、こっそり、聞き耳を立てておきます」
なぜそこで俺の名前を出すのかよくわからないが、ともあれ、リリィはこのまま同席するようだ。
「たぶん、いちばん場違いなのは僕だろうね」
ニコルが冗談っぽく呟く。
「戦う力を持っているわけでもなければ、古代文明の末裔ってわけでもない。……コウ殿の知り合いってこと以外、特徴のない男だよ」
「ニコルくんは、以前、王立アカデミーの考古学研究室に所属していた」
ヴィクトル王はそう補足した。
「古代文明について一定の理解があり、次のスカーレット商会の商会長でもある。……災厄への対応は、かなり大掛かりなものになるだろう。国だけでは手が足りん。そこで、まずはニコルくんに声をかけさせてもらった、というわけだ。まあ、コウくんと知り合いだから、というのが最大の理由だがね」
俺、ずいぶん影響力があるんだな……。
現代日本にいたときは、どこにでもいる社畜サラリーマンだったから、ちょっと戸惑ってしまう。
上司からは「お前の代わりなんてどこにでもいるんだ!」って怒鳴られたっけ。
それに比べると、異世界ではものすごく丁重に扱われている。
人生、ほんと、何が起こるか分からないな。
……そのあと、料理が来るまでのあいだ、ヴィクトル王は災厄についていろいろと教えてくれた。
話の内容を俺なりの言葉でまとめると、こんな感じだ。
・災厄とは「文明を崩壊させるほどの力を持つ、強大な竜」のことである。
・災厄はそれぞれ特定のルールに従って出現し、破壊と殺戮をもたらす。
・複数の災厄が、同時期にまとめて出現することもある。
・この世界は、災厄によって何度も滅ぼされてきた。
ちなみに滅亡までのサイクルとしては「災厄が起こる」→「災厄を生き延びた人々がなんとか文明を再建させる」→「数百年~数千年の時間を経て、文明が元のレベルまで復帰する」→「災厄が起こる」という流れを繰り返しているようだ。
その意味じゃ、災厄ってのは『文明のリセット装置』なのかもしれない。
説明の最後に、ヴィクトル王は次のように付け足した。
「いま、王国の各地では不穏な事件が続いている。魔物の大発生、不気味な地震、天候の異常……。私の予想では、他の災厄がまだまだ現れるだろう」
「どこにどんな災厄が眠っているのかは分からないんですか?」
俺がそう尋ねると、ヴィクトル王は残念そうな表情を浮かべた。
「申し訳ない。そのあたりの記録は残っていないのだ。……災厄とはほんとうに厄介な存在だよ。いつ、どこで出現するのか予想もつかず、しかし、いずれ必ず出現し、大きな被害をもたらす」
「要するに、台風や地震みたいなもの、ってことですね」
「ああ、コウくんの言うとおりだ。災厄とは、つまり、竜のかたちをした天災なのだろうな」
天災。か。
台風や地震だったら、その時に備えての対策というものがある。
災厄への対策は、何かしているのだろうか。
……そのあたりを質問してみると、ヴィクトル王はすぐに答えてくれた。
「たとえば、グランギア王国の街はすべて城壁に囲まれている。気休めかもしれないが、これも災厄の出現に備えてのものだ」
他にも、異常事態が発生した時はすぐに王宮へ連絡が入るように情報網を構築していたり、緊急時の対応については各貴族家と冒険者ギルドにあらかじめ通達を出し、定期的な訓練を促しているようだ。
そういえばオーネンの黒竜事件では、メイヤード伯爵も冒険者ギルドも、やたら対応が迅速だったな。
ただ、災厄の存在そのものは国王だけが知る秘密として隠されてきたらしい。
「正直なところ、つい先日まで、私は災厄の存在など信じていなかった。グランギア王国がいまの形になってからの800年間、災厄など1度も出現したことがなかったからな」
たしかにそんな状況なら、災厄について伏せたくなるのも分かる。
言ったところで信じてもらえないだろうし、最悪の場合、国王への信頼が揺らいだり、国民がパニックを起こすかもしれない。
「とはいえ世の中、何が起こるか分からん。災害対策も兼ねて、城壁整備や情報網の構築などを進めてきた。……それがまさか、本当に役に立つとは思っていなかったよ」
ヴィクトル王はしみじみと呟いたあと、あらためて俺のほうを向いた。
「とはいえ、私がやってきたことは、あくまで災厄の被害を少しでも減らすための悪あがきに過ぎん。……我が国の総力を結集したとしても、災厄を打ち破ることはできないだろう」
それは当然と言えば当然かもしれない。
黒竜も暴食竜も、普通の魔物など比較にならないほどの力を持っていた。
たとえ何万人もの兵士を集めたとしても、まとめて薙ぎ払われるだけだ。
「一族の伝承によれば、我々人族はずっと災厄に負け続けてきた。どれだけ手を打とうとも、国は滅び、文明は崩壊するばかりだった。だが、コウくんはこれまで2度も災厄と戦い、いずれも勝利を収めている。……これは、とてつもない偉業だよ」
そうなのか。
なんだか、いまいち実感がないな。
俺としては「目の前の厄介事を片付けた」くらいの感覚だったから、ここまで評価されると、なんだか戸惑ってしまう。
「ともあれ、君は2つの災厄を倒し、我が国を滅亡の危機から救ってくれた。とても感謝している。ありがとう。……ただ、コウくんの功績はあまりに大きすぎて、国としてどう報いるべきか、私も判断できずにいる。何か、望みはあるだろうか?」
「望み、ですか」
「何でも構わん。私の裁量が及ぶ範囲であれば、何でも与えよう。爵位でも領地でも、あるいは、我が娘を妻にして王家の一員になるのも構わん。君はそれだけのことを成し遂げたのだ。……どうかね?」
ううむ。
困ったな。
爵位、領地、王家入り。
どれも面倒なしがらみに縛られそうで、まったく魅力的じゃないんだよな。
「とりあえず、貴族とか王族とかは遠慮させてください」
「ほう」
ヴィクトル王は驚いたように声を上げた。
「地位や権力には興味がないということか。噂通り、謙虚なのだな」
「興味がないというか、面倒事が嫌なんです」
俺としては、今の、気ままな生活を続けたいと思っている。
好きな時に好きな場所に行って、好きなことをやる。
社畜時代には想像もしなかった自由な日々を、とにかく満喫したい。
「わかった」
ヴィクトル王は頷いた。
「爵位や領地はあくまで例だ、無理にとは言わんよ。たしかに王族や貴族というのは厄介事が多い。君のような規格外の英雄にとっては、足枷にしかならんだろうな」
よかった、理解してもらえたようだ。
王族や貴族とは仲良くしても、王族や貴族になろうとは思わない。
俺としては、この方針を貫くつもりだ。
結局、望みについては保留にさせてもらった。
王様に対して貸しをひとつ作ったと考えるなら、かなり大きなメリットと言えるだろう。
そこでひとまず話は終わりになり、食事の時間になった。
料理はフルコース仕立てで、どれもこれも絶品だった。
とくに美味かったのは焼き立てのパンで、2個も3個もおかわりしてしまった。
……いろいろ豪華な肉料理やら何やらがあったのに、一番心に残ったのがパンというあたり、俺は貧乏性なのかもしれない。
ああ、そうそう。
食事中、【鑑定】でヴィクトル王のスキルをチェックしたので、いちおう紹介しておこう。
ヴィクトル王のスキルは2つ、【威風】と【災厄殺しの守護者】だ。
【威風】のほうは「堂々とした振る舞いをすることで、周囲の者に自然と敬意を抱かせる」という効果だった。
王様にぴったりのスキルと言えるだろう。
ただし俺は【異世界人】スキルを持っており、その効果に精神耐性が含まれているため、【威風】が効かないようだった。
そしてもうひとつのスキル……【災厄殺しの守護者】はというと、こんな説明文になっていた。
『災厄殺しの守護者
このスキルは、以下3つの効果を持つ。
①魔物の名前および特徴を理解する。
②災厄によるステータス異常をすべて無効化する。
③災厄との戦闘時のみ、以下のサブスキルが解放される。
【絶対領域】
特殊な魔力結界を生み出し、災厄の攻撃をすべて無効化する。
結界は48時間で消滅する。
発動にはコウ・コウサカの承認が必要である』
なんだか【災厄殺しの竜姫】に似ているな。
ただ、サブスキルの内容は少し違っている。
守護者の名にふさわしく、災厄の攻撃を防ぐバリアを展開できるようだ。
ふむ。
たとえば今後、複数の災厄にまとめて遭遇してしまったら、ヴィクトル王に手伝いを頼むとしよう。
【絶対領域】で結界を張りつつ、俺とアイリスでひとつひとつ災厄を潰していく……なんて展開があるかもしれない。
* *
食事会は和やかな雰囲気で終わり、そのまま解散となった。
俺は宿に戻ったあと、ベッドに寝転ぶなりすぐに眠ってしまった。
翌日、俺は王立アカデミーに向かった。
何の用事かといえば、クエストを達成するためだ。
レリックという若手の考古学者を覚えているだろうか?
オーネンで出会った、公爵家の三男坊だ。
俺はレリックから、ひとつのクエストを受けていた。
クエストの内容は「オリハルコンゴーレムの残骸を王立アカデミーの考古学研究室に運んでほしい」というものだ。
……かくして俺は王立アカデミーに向かったのだが、残念ながら、考古学研究室は留守だった。
王立アカデミーの事務員さん(20代半ばくらいのマジメそうな眼鏡の女性。タイトスカートがよく似合う)に訊いてみると、なんでも、王都から少し離れた山のなかで珍しい化石が発掘され、研究室のメンバーはみんな発掘現場に行ってしまったらしい。
「……困ったな。これは後日、出直したほうがいいかな」
俺が考え込んでいると、事務員のお姉さんが「あっ」と小さく声をあげた。
「もしかして、《竜殺し》のコウ・コウサカさんですか? でしたら、レリックさんからお話は伺っております。考古学研究室の地下倉庫にご案内しますので、そちらに依頼の品を運んでください」
おお。
どうやらレリックが、あらかじめ話を通していたらしい。
俺はお姉さんに連れられ、地下倉庫に向かう。
アイテムボックスからオリハルコンゴーレムの残骸を取り出して、クエスト完了だ。
なお、現場には事務員のお姉さんも立ち会っていたが、オリハルコンゴーレムの残骸を見ると、驚きに目を丸くしていた。
「このオリハルコンゴーレムって、コウさんが討伐したんですか?」
「ああ」
「すごい……! 本当にお強いんですね……!」
事務員のお姉さんはしみじみと呟くと、こんなことを言いだした。
「あ、あのっ、実はわたし、コウさんの……《竜殺し》のファンなんです。もしよろしければ、握手していただいても、よろしいですか……?」
「えっと……まあ、構わないが」
「あ、ありがとうございますっ! この手はもう洗いませんっ!」
いや、清潔にしてくれ。
というか、俺みたいなおっさんと握手して、いったい何が嬉しいのやら。
若い女性の考えることはよく分からない……。
その後、事務員のお姉さんの幸せそうな笑顔に見送られ、俺は王立アカデミーを出た。
クエストも完了したことだし、冒険者ギルドまで報告に行くとしよう。
ああ、そうそう。
俺の冒険者ランク、いつまでFのままなんだろうな。
以前にスリエのギルドマスターが教えてくれたが、俺の功績があまりに大きすぎて、功績の処理が追い付かないとかなんとか。
さすがにそろそろ処理が終わってる……と信じたいが、どうなんだろう。
とりあえず、行ってみよう。
お読み下さりありがとうございます。
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