第6話 アイリスが絶対服従になった。いちおう条件付きで。
アイリスは所持スキルの変化に気付いていないようなので、教えておくことにした。
「アイリス、自分のスキルを確認できるか?」
「えっ? ええっと、できるわよ。ちょっと待ってね。……スキルチェック」
アイリスが小声で呟くと、その全身が一瞬だけ青い光に包まれた。
スキルチェックというのは、おそらく、自分自身のスキルを把握する魔法なのだろう。
「【災厄殺しの竜姫】……? えっ、新しいスキル……?」
アイリスは、赤い瞳を大きく見開いた。
どうやら驚いているようだ。
そりゃそうだよな。
スキルを封印するって話だったのに、新しいスキルが増えてるんだから。
そういやどんな効果なんだ?
俺はアイリスを【鑑定】してみる。
そのスキル欄からは【竜神の巫女】が消え、代わりに【災厄殺しの竜姫】が追加されていた。
効果としては次のようなものだ。
『災厄殺しの竜姫
このスキルは、以下3つの効果を持つ。
①魔物の名前および特徴を理解する。
②災厄によるステータス異常をすべて無効化する。
③災厄との戦闘時のみ、以下のサブスキルが解放される。
【血の覚醒】
その血に眠る、竜としての力を目覚めさせる。
発動にはコウ・コウサカの承認が必要である。
発動中はコウ・コウサカに絶対服従となる』
なるほど。
『①魔物の名前および特徴を理解する』というのは【竜神の巫女】と共通している。
『②災厄によるステータス異常をすべて無効化する』も、とくに引っ掛かるところはない。
気になるのは、3番目だ。
災厄との戦闘時に解放されるサブスキル……【血の覚醒】。
『竜としての力を目覚めさせる』という文面には中二心をビリビリと刺激されるが、その後の説明をよく見てほしい。
『発動にはコウ・コウサカの承認が必要である』
『発動中はコウ・コウサカに絶対服従となる』
どうしてここで俺の名前が出てくるんだ。
【災厄殺し】の持ち主だからか?
……考え込んでいると、たまたま、アイリスと眼が合った。
「アイリス、【災厄殺しの竜姫】の効果は分かってるな?」
「う、うん……。スキルチェックの魔法できっちり把握してる、けど……えっと、絶対服従、って……」
「言いなりってことだな」
「あう……」
アイリスは照れているのか、耳まで真っ赤にしていた。
「別にそこまで恥ずかしがることはないだろう」
俺は言う。
「【血の覚醒】が使えるのは、災厄と戦う時だけだ。……普段から俺の言いなり、ってわけじゃない」
「わ、分かってる。分かってるんだけど、やっぱり、いろいろ想像しちゃうっていうか……」
何を想像するんだ、何を。
まったく。
前々から思っていたが、アイリスはどうにも想像力が豊かすぎる。
「ね、ねえ、コウ? コウは【災厄殺し】のスキルを持ってるのよね」
「ああ。持ってるぞ」
「コウが【災厄殺し】で、あたしが【災厄殺しの竜姫】……えへへ。なんだか、ちょっと嬉しいかも」
アイリスは幸せそうに微笑む。
いったい何が嬉しいのかよく分からないが、本人は満足そうだし、別にいいだろう。
さて、と。
【災厄殺しの竜姫】という予想外の新スキルが出てきたものの、ともあれ、【竜神の巫女】についての問題は解決したわけだ。
アイリスには部屋に帰ってもらって構わないのだが、用事は終わったし出ていけ、というのは旅仲間への態度として冷たすぎる気がしなくもない。
時計を見れば、まだ午後9時を回ったばかり。
寝るにはまだ早いし、船内のバーも開いているはずだ。
「アイリス、いまから軽く飲みにいかないか? 新スキルの記念、ってことで」
「えっ?」
アイリスは少し驚いたように声をあげた。
「う、うん……。いいけど、コウのほうから誘ってくれるなんて、めずらしいわよね」
「今日はそういう気分なんだ。ああ、面倒だったら断ってくれていいぞ」
「め、面倒なわけないじゃない! ……と、というか、ほら、絶対服従なわけだし、断ったりしないわよ」
「飲む前から酔っぱらってるのか? それは【血の覚醒】が発動している時だけの話だろう」
「で、でもほら、普段からの心構えが大事っていうか……と、とにかく! 行く! 行くから!」
そうして俺たちは船内のバーに向かった。
アイリスのやつは酒が強くないにもかかわらず、一杯目からキツいのを飲み、コテン、と俺の肩に頭をのせて寝てしまった。
まったく。
無防備というか何と言うか。
俺が枯れたおっさんじゃなかったら、襲われてるところだぞ。
旅仲間と間違いを犯してギクシャクするのもお断りだし、俺はアイリスを背負うと、リリィの部屋に向かった。
「リリィ、悪いがアイリスの面倒を見てくれないか」
「いい、ですよ。……代わりに、ひとつ、お願いごとをさせて、ください」
「なんだ?」
「わたしが、大人になったら、お酒に、誘って、ください」
「なんだ、そんなことか。もちろんいいぞ」
「ありがとう、ございます。約束、です。……わたし、楽しみに、してますから」
後で知ったことだが、この国では15歳で成人として扱われるらしい。
ちなみにリリィは14歳だ。
誕生日は、およそ半年先だという。
約束を果たすのは、そう遠くない日のことになりそうだ。
* *
翌日、船は無事に出航した。
その後は海賊や海竜に出くわすこともなく、平穏な船旅が続いた。
およそ3日ほどして、船は「エントラ」という港町に辿り着いた。
ここは「王都の玄関口」とも呼ばれており、王都を目指す旅人は、ここで船から馬車に乗り換える。
馬車に乗ること数時間、やがて、大きな街が見えてきた。
王都だ!




