第4話 夕食に招待された。……そのあと、アイリスを部屋に呼んだ。
ニコルから「お礼に夕食をご馳走させてほしい」との申し出があったので、俺はアイリスとリリィを連れ、招待されたレストランへと向かうことにした。
「あたしたちは船で待ってただけなのに、一緒に招待されちゃっていいのかしら……」
「わたしたち、邪魔、じゃないですか……?」
レストランへ向かうあいだ、アイリスもリリィも申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
別に、そこまで気にしなくてもいいのにな。
「邪魔じゃないから安心してくれ。それに、2人を置き去りにして、自分だけうまいものを食べて帰る……ってのは後味が悪いんだよ」
「あたしたちのことなんて気にしなくていいのに……。でも、ありがと」
「コウさんって、わたしたちに、すごく気を遣ってくれてます、よね」
そうなのだろうか?
俺としては、当然のことをしているつもりなんだけどな。
俺が首を傾げていると、アイリスがうんうんと頷いた。
「そうよね。コウって、実はかなりマメよね。表向きはクールだけど、実はものすごく優しいし。……そのギャップにやられちゃった子、わりと多い気がするのよね」
「アイリスさん、自己紹介、ですか?」
「ええ、ええっと……ち、違うわ。ただの推論よ、推論」
「わかり、ました。そういうことに、しておき、ます。……でも実際、コウさんを慕ってる女性って、多いと思います、よ?」
それはどうだろうな。
女心はよく分からないので、いまいち判断がつかない。
……そんな話をしているうちに、俺たちはレストランに到着した。
いかにも高級そうな店構えで、3階建てになっている。
俺たちが案内されたのは3階の個室だった。
中に入ってみれば、ニコルがニコニコと笑みを浮かべながら出迎えてくれる。
「やあ! どうも、どうも! 《竜殺し》殿、来てくれてありがとう! さあさあ、遠慮なく座ってくれ」
ニコルに勧められるまま、俺たちは席につく。
テーブルは円形になっており、俺はニコルのちょうど真向かいに座った。
アイリスは俺の左側、リリィは俺の右側の席に着いた。
「お嬢さんがたと会うのは初めてだし、あらためて自己紹介をさせてもらおうかな」
ニコルはそう言って、席から腰を上げた。
「僕はニコル・スカーレット、苗字から予想がつくと思うけど、スカーレット商会の人間だ。今日は危ないところを《竜殺し》ことコウ殿に助けてもらってね。お礼を兼ねて食事に招待した、というわけさ。どうぞよろしく」
ニコルはその場でペコリと一礼する。
次はこっちが自己紹介する番だな。
俺はアイリスのほうに視線を向けた。
アイリスは頷くと、スッと立ち上がった。
「あたしはアイリスノート・ファフニル。竜人族で、Aランクの冒険者よ。……ええと、コウ? 他に何を言えばいいかしら……?」
俺に訊かれても困るぞ。
とりあえず出身地とか、好きな食べ物とか、クスッと笑えるネタとか喋ればいいんじゃないか?
……などと考えていたら、ニコルが驚いたように声をあげた。
「んんっ? もしかしてお嬢さん、昔、『深紅眼の竜姫』って名乗ってなかったかな」
「……うっ」
アイリスの表情が固まった。
「な、な、何のこと、かしら……?」
「僕も商人だからね、有名な冒険者や傭兵のことは頭に入れているのさ。……《深紅眼の竜姫》アイリスノート・ファフニル。もちろん知っているよ。Aランクの女性冒険者だけで構成されたパーティ《姫騎士の舞踏会》、その最初期メンバーの1人だろう?」
深紅眼の竜姫。
姫騎士の舞踏会。
……中二病っぽいというか、なんというか、まあ。
「昔はヤンチャだったんだな、アイリス……」
「ううううううっ、言わないで……。まさかこんなところで恥ずかしい過去を曝露されるなんて……」
アイリスは顔を真っ赤にして俯いてしまう。
まあ、そりゃそうだよな。
現代日本に当てはめるなら、学生時代の黒歴史ノートを人前で音読されるようなものだし。
* *
アイリスに続いてリリィが自己紹介を済ませると、ちょうどそのタイミングで給仕がやってきて、テーブルに食器を並べていった。
スプーンにナイフ、フォーク……数が多いので、コース料理なのかもしれない。
最初に運ばれてきたのは、白身魚のフリット (西洋風てんぷら)だった。
衣はサクサク、魚はホクホク。 塩をまぶすと更にうまい。
ビールが欲しくなる味だ。
食事中にニコルが教えてくれたことだが、この街……フォートポートは漁港として有名らしい。
王都の一流料理店のほとんどは、フォートポートから海の幸を仕入れているんだとか。
そのあとの料理も絶品で、とくに「フォート海老のグラタン」は何個でも食べられそうだった。
フォート海老はこの世界の高級食材のひとつで、見た目としては日本の伊勢海老によく似ている。
……ブラック企業で働いていたころは、スーパーの安売りエビフライくらいしか食べてなかったけど、異世界に来てからはホント贅沢してるよな。
食後は雑談となったが、話題は……当然というかなんというか、今日のことだった。
俺が海賊と戦っていたとき、ニコルは船の望遠鏡でその様子を眺めていたらしい。
「いやあ、あのときのコウ殿は本当にすごかったよ……! 海賊たちが飛び掛かってくるのを、片っ端からカウンターで殴り倒していくんだ。それも、涼しい顔でね。あんまりにも強すぎて強すぎて、最後はもう、海賊のほうが可哀想に思えるくらいだったよ」
「分かるわ、その気持ち」
アイリスが頷く。
「コウって、なんかもう、人間の枠を飛び越えちゃってるのよね。あたしも腕に自信はあるけど、コウには勝てる気がしないもの」
「ほほう、Aランク冒険者にそこまで言わせるなんてねえ! さすがコウ殿、《竜殺し》と呼ばれるだけのことはあるね!」
ニコルは俺のことをベタ褒めしてくれるが、さすがにちょっと照れくさい。
「あくまでスキルが強いだけだよ。俺自身はべつに大したヤツじゃない」
「それはどうだろう? 僕としては、スキル抜きにしても、コウ殿は素晴らしい人間だと思っているよ」
「……そうなのか?」
「だって、わざわざ遠いところから海賊退治に駆け付けて、僕を助けてくれたんだ。なかなかできることじゃないよ」
「わたしも、そう、思います」
リリィは控えめな口調で、けれど、はっきりと言い切った。
「普通の人が、もし、コウさんみたいに大きな力を手にしたら、きっと、暴走すると、思います」
「そうだね、リリィくんの言うとおりだ」
ニコルは少し真剣な表情になって、次のように言葉を続ける。
「たとえば、今日の海賊たちがいい例だよ。彼らは腕っぷしこそ強かったみたいだけど、自分勝手なふるまいで傭兵ギルドを追われ、海賊にまで落ちぶれた。……それに比べれば、コウ殿はとても立派だよ」
俺としては、普通にしているだけなんだけどな。
「僕はコウ殿に好感を抱いているし、長い付き合いになればいいと思っている。これからも仲良くしてくれると嬉しいな」
俺もニコルのことは嫌いじゃないし、いい友人になれそうな気がする。
お互い王都に着いたら、食事なり飲みなりに誘ってもいいかもしれない。
* *
ニコルと別れたあと、俺たちは船へと戻った。
出発は明日だが、フォートポートの宿屋には泊まらず、船内の客室で過ごすことにした。
俺、アイリス、リリィの3人はそれぞれ別室で、いずれも豪華なスイートルームだった。
ベッドルームだけじゃなく、リビング、ダイニング、バスルーム、さらにはバルコニーまで付いている。
ルームサービスまで完備されており、あらかじめ連絡しておけば、部屋まで食事を届けてもらうことも可能だ。
こんないい部屋があるのだから、わざわざ外に出て宿を探す必要はないだろう。
船のチケットを押さえてくれたのはメイヤード伯爵だけど、次に会った時、きっちりお礼を言わないとな。
さて。
俺たち3人は別れて部屋に戻ったわけだが、その直前、アイリスには「あとで部屋に来てくれ」と小声で告げておいた。
今日、アイリスは船の中で迷子になっていたからな。
もし迷子になったら何でも言うことをひとつ聞く、と約束していたことだし、その権利を使わせてもらおう。
部屋に帰って30分ほどが過ぎたころ、コンコン、とドアがノックされた。
「え、ええっと、あたしよ。アイリスよ。コウ、入ってもいい……?」
なぜかアイリスの声は硬く、緊張したように上擦っていた。
どうしたんだ?
船酔いでもしたのだろうか。
ともあれ、俺はドアを開け、アイリスを迎え入れる。
アイリスは、なぜか、白いワンピースに着替えていた。
「その服って、カジノに行った時のやつか?」
「う、うん……。覚えてて、くれたんだ……」
「当然だろう。よく似合ってるぞ」
「えへへ、あ、ありがと」
アイリスはやけに大人しいというか、しおらしい態度だった。
「そ、その……。あたし、冒険者としての経験は長いけど、こ、こういうことは全然はじめてで、わかんないことだらけだから、お手柔らかにお願いしますというかなんというか……」
「おまえは何を言っているんだ」
何を勘違いしているか知らないが、俺の要求は、とてもシンプルなものだ。
アイテムボックスから月光の大剣アルテミスを取り出し、【スキルバインドEX】を発動させる。
「アイリス、もし嫌でなければ、【竜神の巫女】を封印させてくれ」
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