第6話 新しい鎧をつくってみた。
今回のレシピだが、どうやら鎧が作れるらしい。
ここは異世界、いつ魔物に出くわすか分からない世の中だから守備力は大事だ。
「鎧熊の頭蓋骨」1つ、「鎧熊の毛皮」6つ、「鎧熊の外殻」6つを消費することで、「アーマード・ベア・アーマー」が作成できるようだ。
ヒキノの木を加工するのとはワケが違うからか、【創造】に必要な魔力はかなり大きい。
なんと100だ。
まあ、いまの俺の最大魔力は1800だし、回復速度も尋常じゃないからいいんだけどな。
【魔力回復EX】スキルにより1秒に18ずつ回復していくから6秒で全回復するはずだ。
我ながらチートと思うが、それはともかく、「アーマード・ベア・アーマー」を作るとしよう。
脳内で念じると、身体からほんの少しだけ力が抜けるような感覚がした。
おそらく魔力が消費されたのだろう。
それと同時に、アイテムボックスに新たなアイテムが追加された。
『アーマード・ベア・アーマー
説明:アーマード・ベアの素材を使った革鎧。さほど重くはないが、強固な外殻を使っているため高い防御性能を誇る。
付与効果:《怪力C+》《聴力強化C》《ハチミツ探知S+》《ハチ払いの咆哮EX》』
《怪力C+》と《聴力強化C》はともかくとして《ハチミツ探知S+》と《ハチ払いの咆哮EX》がよくわからない。
アーマード・ベアはハチミツが大好きなのか?
クマの〇ーさんか?
実際のクマはハチミツじゃなく、蜂の幼虫やサナギ……いわゆるハチノコが好物のはずだ。
それを考えると《ハチノコ探知S+》が正しい気もするが、動物と魔物ではぜんぜん生態が違うのかもしれない。
さて。
ひと仕事終えたところでちょっとシンキングタイム。
議題は、今後について。
仕事帰りにいきなり異世界に飛ばされたわけだが、これから何をするべきか。
現代に帰りたいか?
答えはノーだ。
幸いにして俺は独身だし、彼女もいない。
両親は数年前に亡くなっている。
「残してきたものなんて仕事くらいだしな……」
我ながらちょっと虚しいが、向こうの世界に未練はない。
逆に、この世界に対してはものすごく興味を持っていた。
なにせ、ここはまるでゲームのような世界なのだ。
元ゲーマーとしては胸が高鳴るし、なにより、【創造】スキルが面白い。
もっといろいろな素材を手に入れて、どんなものが作れるかを試してみたい。
そのあたりを踏まえながら、明日、クロムさんに身の振り方を相談しよう。
それでは、おやすみなさい。
* *
翌朝。
俺はこれまで【創造】したアイテムのうち、ヒキノ素材のものをクロムさんに見せた。
木剣や木槍、ハンマー、テーブル、イス、食器一式――。
クロムさんはひとつひとつを手にとっては、そのたびに驚きの声をあげていた。
「素晴らしい……! コウ様の手掛けたものはどれもこれも超一級品ですな。貴族、いや、王族のお抱え職人としてスカウトされてもおかしくない実力でしょう。あとで息子とも相談しますが、よろしければ、私どもの商会で買い取らせていただけませんか」
初対面のとき、クロムさんは「商人」と名乗ったが、実のところただの商人じゃなかった。
スカーレット商会という大商会の長だったのだ。
そんな人間がどうして行商人みたいな一人旅をしていたかといえば、なんでも「現場の手触りを忘れないため」らしい。
意識高いな。
ただ、今回のトラブル(アーマード・ベアに襲われたり、護衛が逃げてしまったり)がきっかけとなって色々と考え直し、結果、息子さんに商会長の座を譲ることにしたようだ。
クロムさん自身は近いうちに隠居するという。
「天の神々は、私への“退職金”としてコウ様との縁を用意してくださったのでしょうな」
「俺なんか大したことないですよ。単にスキルがいいだけですし……」
クロムさんは俺をベタ褒めしてくれるが、それを素直に受け取るのは難しかった。
なにせ、すべてはスキルのおかげだからだ。
異世界に召喚されたとき、たまたま強いスキルを得たから活躍できるだけ。
自分自身が努力して掴んだ成果じゃない。
なんだか少し後ろめたい気持ちになって、俺は小さくため息をついてしまう。
すると、クロムさんが真剣な表情でこう告げた。
「コウ様、ひとつだけ年寄りとしてアドバイスさせていただきますと、『いい手札を引くこと』と『いい手札を使いこなすこと』のあいだには大きな距離があります。恵まれたスキルを持ちながら使いこなせない者、自分と周囲をひたすら不幸にする形でしか使えない者はいくらでもおります」
それを聞いて俺がパッと思い浮かべたのは、傭兵のドクスだった。
【剣士】スキルを持っていても、依頼人を見捨てるようなマネをしたら終わりだろう。
「ですが、コウ様は違う。優れたスキルを使いこなし、さらには、私の命まで助けてくださいました。それは誇るべきことでしょう」
「……ありがとうございます。覚えておきます」
俺は小さく頭を下げながら、この世界の価値観について考えていた。
この世界には「スキル」の概念が存在するが、それは俺の思う以上に、人々の考え方に大きく関わっているのだろう。
「ところでコウ様は、今後、木工職人として身を立てていくつもりですかな?」
「いえ、実は俺、木工以外にもいろいろできるんです」
俺はアイテムボックスから、アーマード・ベア・アーマーを取り出した。
アーマード・ベアの毛皮と外殻を使ったこの鎧は、広げてみると、アーマード・ベアの剥製のようにも見える。
「コウ様、これは……!」
「アーマード・ベアの死体を素材にして作りました。あ、部屋は汚してないので安心してください」
「お、お気遣いありがとうございます。いや、たった一晩でここまで見事な鎧を仕立ててしまうとは……!」
「勝手な話かもしれませんが、俺は色々な素材で、色々なものを作ってみたいんです」
「……なるほど」
クロムさんは深く頷いた。
さすがベテランの商人だけあってか、俺の話そうとする内容に察しがついたらしい。
「でしたら、ゆくゆくはこの街を出ることになるでしょうな」
「そうですね。一ヶ所に留まっていたら、作れるものが限定されますし。新しい街に行くたび、クロムさんを身元引受人として出すのも申し訳ないですし、どうしたらいいかな、と」
「ふむ、それでしたら冒険者ギルドに登録しておくのが手でしょうな。ギルドカードは身分証になりますし、他の国でも通用しますから」
「他のギルドはダメなんですか?」
俺はべつに冒険者をやりたいわけじゃないんだけどな。
生産職系のギルドがあるなら、そっちに入ったほうがいいような……。
「コウ様にとって、木工職人ギルドや鍛冶師ギルドはむしろ足枷にしかならないでしょう。というのも――」
クロムさんの説明によると、どうやら生産職系のギルドは制度がかなり厳しいようだ。
住み込みの修行が義務付けられ、引っ越しなんてもってのほか。
ギルドが決めた製法で、ギルドが決めた製品を、決められた数だけ納めねばならない。
……うん、俺に合わないな。
「クロムさん、ありがとうございます。冒険者ギルドに登録しようと思います」
「私もそれが一番かと存じます。……ああ、そうそう。これはベテランの冒険者さんから聞いた話ですが、登録のときは鎧を着ていったほうがいいですよ。弱そうな格好だと、周囲から舐められてしまうそうです。言葉遣いも、敬語や丁寧語は避けたほうがいいとか」
まあ、冒険者なんてヤクザな商売だしな。
メンツを保つのが大事、ということなんだろう。
よし。
早速、アーマード・ベア・アーマーが役に立つ時が来たようだ。
アーマード・ベアの剥製を頭からすっぽり被ったような姿はまさに蛮族。
インパクトは抜群だし、冒険者デビューにはもってこいの一張羅だろう。
たぶん。