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第3話 クロムさんの息子と出会った。


 海賊船の船内にはチラホラと海賊が残っていたので、片っ端から《雷撃麻痺S+》で行動不能にしておいた。

 これにて制圧完了、だ。

 

 俺は階段を登り、海賊船のデッキに出る。

 すると、すこし不思議な状況になっていた。


 スカーレット商会の船は、さっきまで、海賊船から逃げようとしていたはずだ。

 それなのに、いつのまにかUターンしたらしく、海賊船へと近付きつつあった。


 やがて、お互いに飛び移れそうなほど接近したところで、スカーレット商会の船は動きを止めた。


 最初に海賊船へと乗り込んできたのは、長身の若い男だった。

 短く切り揃えられた金髪は、いかにも活発そうな雰囲気を漂わせている。


 男は俺のほうを見ると、ダダダダッと駆け足でこちらにやってきた。


「いやあ、助かったよ! ありがとう! 感謝するよ! たったひとりで海賊どもをやっつけたのかい? さすが《竜殺し》殿、すごいじゃないか! びっくりだよ!」


 やけにテンション高いな、この人。

 というか、どうして俺が《竜殺し》だと分かったのだろう?

 

「おっと、自己紹介がまだだったね。僕はニコル・スカーレットだ、よろしく。スカーレット家の長男、といえば分かりやすいかな?」

「……クロムさんの息子、ってことか?」

「そう、そのとおり! 大正解だ! 《竜殺し》殿のことは父さんからの手紙に書いてあったよ。でも、まさか、ここで出会うなんて驚きだよ。いやあ、嬉しいなあ!」


 ニコルはニコニコと笑顔を浮かべながら、右手を差し出してくる。

 俺はその握手に応じつつ、疑問に思っていたことを尋ねてみた。


「どうして俺が《竜殺し》だと分かったんだ?」

「カン、かな? 大きな機械の竜を従えて、たったひとりで海賊船を制圧してみせる。そんな無茶苦茶な人間は、いま話題の《竜殺し》に決まってる……ってね」


 ニコルは左手で空を指差した。

 そこには機械竜の姿があった。

 機械竜は、それなりの高度を保ちつつ、周辺の警戒に当たっている。


「《竜殺し》殿、もしよかったら、僕の船に来てくれないか? 助けてくれたお礼をしたいし、命の恩人を立たせたまま、ってのは申し訳ないからね……」


 断る理由はない。

 俺は頷いた。


 * *


 海賊船には《雷撃麻痺S+》で動けなくなった海賊たちが転がっていたが、それらはニコルの部下 (いずれも屈強な男たちだったので、ボディーガードと言うべきかもしれない)によって拘束され、スカーレット商会の船へと移動させられた。


 俺はその様子を見届けたあと、ニコルに連れられ、船内に設けられた応接室へとやってきた。

 応接室のソファは柔らかく、船の揺れもあって、うっかりすると眠ってしまいそうだ。


「僕はこのソファに沈んで昼寝するのが好きなんだ」

 

 その気持ちは分かる。

 とても分かる。


「それはさておき、改めて礼を言わせてくれ。危ないところを助けてくれてありがとう。……そういえば、父さんも《竜殺し》殿に助けてもらったそうだね」


 今となっては懐かしい話だが、異世界に来たばかりのころ、一番最初に出会ったのがクロムさんだ。

 あのとき、クロムさんはアーマード・ベアに襲われていた。

 俺が居合わせなかったら、いったい、どうなっていたことやら。


「親子揃って《竜殺し》殿の世話になるなんて、よっぽど縁があるんだろうね。僕としてはこの縁ができるだけ長く続けばいいと思ってるよ。……ところで父さんからの手紙に書いてあったけれど、《竜殺し》殿は王都に向かってるそうだね」

「ああ、その通りだ。船でノンビリ行くつもりだったんだが、スカーレット商会の船が海賊に襲われている、って聞いたからな」

「それでわざわざ駆けつけてくれたのかい!? ありがたい話なんだけど、せっかくの船旅を邪魔して申し訳ないというかなんというか……。《竜殺し》殿、君は聖人かなにかの生まれ変わりかな」

「いや、俺はどこにでもいる、29歳のおっさんだよ」

「29歳はおっさんじゃないよ……」


 ニコルは、なぜか悲しそうに呟いた。

 

「僕も29歳なんだ。まだまだ若いはずなんだよ。なのに、どうして甥っ子も姪っ子も、僕のことを『おっさん』とか『おじさん』って呼ぶんだろうね……」


 ニコルの気持ちは分からないでもない。

 俺も数年前まで、親戚の子供から『おっさん』と呼ばれるたび『おにいさん』に訂正していた。


「《竜殺し》殿はどうだい? 『おっさん』とか『おじさん』って呼ばれるのは、イヤじゃないのかい?」

「気にならないな。……男は遅かれ早かれ、みんな必ずおっさんになる。そういうものだろう」

「《竜殺し》殿は大人だね。達観してるというか、悟ってるというか。……そういうところも含めて、なんだか聖人っぽいよ」

「聖人のつもりはないけどな」


 俺はべつに正義の味方ってわけじゃない。

 今回、この船を助けたのだって、クロムさんとの縁があったからだしな。


「なんだか話がズレてしまったね。本題に戻るけれど、僕としてはお礼がしたい。《竜殺し》殿は王都に行くそうだけど、滞在中の宿はもう決まっているかな?」

「いや、まだだ」

「だったら、僕のほうで手配させてほしい。王都でいちばんいいところを押さえておくよ」


 別にそこまでしなくても……と思わないでもないが、せっかくの申し出だ。

 ここは断る方がかえって無礼だろう。

 

「ついでに王都までこの船で……と言いたいところだけど、もともと乗っている船があるんだっけ」

「ああ。海賊を避けて、近くの港町に向かっているはずだ」

「近くの港町というと……フォートポートかな。ちょうどいい、魔導無線で訊いてみよう」


 ニコルに連れられて、船の無線室へと向かう。

 無線士はすぐに俺の乗っていた船と連絡を取ってくれた。

 行き先は、ニコルの予想通り、フォートポートという港町だった。


「《竜殺し》殿、安心してくれ。この船もフォートポートに寄るつもりだよ」


 ニコルによると、フォートポートで海賊を衛兵に引き渡す予定という。

 

「海賊を乗せたまま3日も4日も船旅なんて、さすがに勘弁してほしいからね」


 俺もそれは嫌だ。

 悪党はさっさと遠ざけるに限る。


 その後、3時間ほどで船はフォートポートに到着した。

 

 俺がもともと乗っていた客船はすでに港に停まっており、明日、改めて王都へ出発するという。

 

 ニコルからは「お礼に夕食をご馳走させてほしい」との申し出があったので、アイリスとリリィと合流したあと、招待されたレストランへ向かうことにした。

お読みいただきありがとうございます。

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