第1話 海賊の居場所を訊いてみた。
これから俺は海賊退治に向かうわけだが、果たして海賊はどこにいるのか。
情報収集のため、まずは船のブリッジに向かうことにした。
幸い、船長とはすでに面識がある。
出航前、向こうから挨拶にやってきたのだ。
船長の実家がスリエにあるらしく、街を守ったことについて、ものすごく感謝された。
さて、ブリッジに行ってみれば、そこにはすでに多くの乗客たちが押しかけていた。
事態の説明を求め、ヒステリックな叫び声をあげている。
「海賊って、どれくらいの規模なんだ!?」
「この船は大丈夫なんだろうな!?」
「王都への到着はいつになるんだ!?」
乗客たちの声は、質問というよりは悲鳴のようだ。
不安のあまりパニックを起こしているのだろう。
ブリッジには船長や船員たちが揃っていたものの、うまく対応できていないようだった。
さて、どうしたものかな。
船長に話しかけようにも、野次馬が多すぎる。
……と思った矢先、乗客のひとりがこちらを見て、いきなり話しかけてきた。
身なりのいい男性だ。
おそらく商人か何かだろう。
「つかぬことをお伺いしますが、もしかして《竜殺し》殿ではありませんか?」
「……ええ、まあ」
「じつは私、最近までオーネンの街に滞在していたんですよ。いやはや、高名な《竜殺し》殿がこの船に乗っておられたとは思いませんでした。これならば海賊が来ても安心ですな! はっはっは!」
男性の声はかなり大きく、ほかの乗客にも聞こえていたらしい。
周囲の視線が、一斉にこちらへ向けられる。
うーん。
注目されても困るんだけどな。
とりあえず、用件をさっさと済ませようか。
「船長さん、少しいいですか?」
「えっ? あっ、は、はい!」
船長は、俺が声をかけると、慌ててこちらを向き直った。
「な、な、なんでしょうか! 《竜殺し》様!」
別にそこまで畏まらなくてもいいんだけどな。
まあいい。
本題に入ろう。
「船長さん、海賊に襲われてるのはスカーレット商会の船なんですよね」
「は、はいっ! 魔導無線ではそのように聞いております!」
「海賊がどの方角にいるのか、教えてもらっていいですか? ……俺、ちょっとスカーレット商会に縁があるんです。ちょっと助けに行ってきます」
俺がそう言うと、すぐ隣で、さっきの男性が「おお!」と驚きの声をあげた。
「これは頼もしい! 《竜殺し》殿にかかれば、海賊などすぐに全滅でしょうな!」
すぐかどうかは分からないが、できるだけ早急に片付けたいと思っている。
ところで《竜殺し》の名は、俺の思うよりもずっと広まっていたらしい。
乗客たちのパニックは、いつしか沈静化を迎えていた。
「あの《竜殺し》がいるなら安心ね」
「むしろ海賊がかわいそうだぜ。よりによって《竜殺し》殿がいるときに騒ぎを起こすなんてよ」
「《竜殺し》さん。帰ってきてからで構いませんので、サインをいただけませんか……?」
サインを求められるとは思っていなかったが、ともあれ、騒ぎが落ち着いたなら安心だ。
船長からはものすごく感謝された。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます。《竜殺し》様がいらっしゃらなかったら、最悪、暴動が起こっていたかもしれません……!」
そのあと俺は海賊の居場所を聞き出し、ブリッジを離れた。
続いて【オートマッピング】を発動し、頭の中に、船内の地図を開く。
ところで俺は暴食竜との戦いで大きくレベルアップし、いくつかのサブスキルを得た。
そのうちのひとつに【パーソナルマーカー】というものがある。
これは、任意の人物の居場所をマップに表示するものだ。
現在、マーカーにはアイリスとリリィが登録されている。
2人はすぐ近くにいた。
廊下を進み、階段を降りる。
ちょうど船内レストランの近くで、アイリスとリリィに出くわした。
「あっ、コウ! さっきの船内放送、聞いた?」
「もちろんだ」
「ふーん、なるほどね」
アイリスは何かを納得したように頷く。
「海賊退治、行くつもりなんでしょ」
「よく分かったな」
「当然じゃない、コウとは長い付き合いだもの」
「まだ出会って1ヶ月も経ってないぞ」
「言われてみればその通りね。このところ事件続きで密度が濃いから、1年くらい一緒にいるような気がしてたわ……」
たしかに密度は濃いよな。
今回だって、海賊が出てきたわけだし。
「コウは海賊退治に向かうとして、あたしとリリィちゃんは留守番かしら。それとも、同行したほうがいい?」
「いや、船で待っていてくれ」
「わかったわ。気を付けてね」
「……あの、コウさん」
それまでずっと黙っていたリリィが、ここで口を開いた。
「アイリスさん、さっきまで、迷子になってました」
「……そうなのか、アイリス?」
「うっ……」
アイリスの表情がビクッと固まる。
「な、な、何のこと、かしら……?」
「本当か?」
俺がまっすぐ視線を向けると、アイリスはサッと目を逸らした。
「うう、まさかリリィちゃんが告げ口するなんて……」
「わたし、空気読める子、です、から」
「空気が読めるなら、黙っておいてほしかったな……」
「読んだうえで、無視、してみました」
「ひどい! ひどいよ、リリィちゃん!」
アイリスはわあわあと泣きマネをする。
2人とも、仲が良さそうで何よりだ。
いつまでも眺めていたいところだが、俺にはすべきことがある。
「リリィ、報告ありがとな。アイリス、宣言通り、俺が帰ったら言うことを聞いてもらうぞ」
「う、うん……。あたし、コウの言いなりにされちゃうんだ……」
なぜかアイリスは照れたように俯く。
何を想像しているのか知らないが、たぶん、期待には沿えないぞ。
* *
海賊の居場所も分かったことだし、そろそろ出発しよう。
移動手段は……せっかくだし、さっき【創造】した機械竜を使うとしよう。
とはいえ、船の近くに出現させれば、不要な騒ぎを起こしてしまう。
「……出発地点はすこし後ろにするか」
俺は【空間跳躍】を発動させた。
ワープ地点は、船から数百メートル後方の地点だ。
俺の身体は海上へと投げ出される。
このままなら海に落ちてしまうだろう。
俺はアイテムボックスから機械竜を出現させる。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
咆哮する機械竜の背中に、俺は着地した。
【タクティカルサポート】を発動させれば、脳内にチャットめいたウィンドウが開く。
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機械竜:我が主ヨ、ご命令をドウゾ。
コウ:北北西へ向かってくれ。全速力だ。
機械竜:承知シタ! イザ、発進!
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出発じゃなく発進という言葉を使うあたり、ちょっとメカっぽい気がする。
機械竜はものすごい速度で飛び始めたが、乗り心地はとても安定していた。
というのも、機械竜はまわりに魔力のバリアを張っていたからだ。
おかげで風が吹きつけてくることもなく、まるで飛行機に乗っているかのような心地だった。
やがて遠くに2隻の船が見えてきた。
きれいな船のうしろを、やや古びた船が追いかけている。
「ギリギリ間に合った。かな」
きれいなほうがスカーレット商会の船だろう。
左側から煙があがっており、速度もそんなに出ていない。
大砲でも食らったのだろうか。
そのため、海賊船に追いつかれつつあった。
もちろん見過ごすつもりはない。
俺は機械竜に命じて、高度を下げさせた。
アイテムボックスを開き、装備を変更する。
武器は「稲妻の籠手」、鎧は「ディアボロス・アーマー」だ。
《物理ダメージ遮断B+》があれば、着地の衝撃は防ぎきれるからな。
「よし、行くか」
機械竜から飛び降りる。
【器用の極意】のおかげで、着地地点を間違えることもなかった。
俺は海賊船のデッキに降り立つ……降り立とうとしたが、落下の勢いで床をぶち破ってしまった。
どうやらこの船、想像以上にボロいらしい。
俺が降り立ったのは、デッキの下にある小部屋だった。
すぐ目の前で、髭面の中年男が腰を抜かしていた。
「ひ、ひ、ひいいいいいっ! な、なんだぁ!? なにが起こってやがる!」
部屋のなかには旗やら地図やらが飾られている。
船長室のような雰囲気だ。
もしかして、この中年男が海賊のリーダーだろうか。
俺はゆっくりと男へと近づく。
「お、お、オレ様は元Aランク傭兵のダサン様だぞ! く、来るな! 来るんじゃねえっ! ひいいいいいいいっ!」
ダサンと名乗った男は長剣を抜くと、悲鳴をあげて斬りかかってくる。
甘い。
俺はその斬撃を避けず、右手の籠手で受け止めた。
「ぐぬぬぬぬ……! な、なんて硬い籠手だ……!」
「それだけじゃない」
稲妻の籠手は、その名前のとおり、稲妻を放つことができる。
「しばらく動かないでもらおうか」
「ぐががががががっ! ぐえっ……!」
稲妻は剣を伝って、ダサンの身体へと流れ込んだ。
ダサンの全身がビクンビクンと跳ね、その場に崩れ落ちる。
籠手には《雷撃麻痺S+》が付与されている。
これでダサンは半日ほど身動きできない。
殺すつもりはなかった。
なぜスカーレット商会の船を襲ったのか、聞き出す必要があるからな。
騒ぎを聞きつけて、他の海賊たちもやってくる。
「稲妻の籠手」には色々な攻撃方法があるので、片っ端から試すとしよう。
俺の意志に反応してか、籠手がバチバチと火花を放った。
お読み下さりありがとうございます!
インフルエンザが流行しておりますので、身体には気を付けてください……!




