エピローグ(1) アイリスを慰めてみた。
長くなったので分割します
俺は【災厄殺し】によって暴食竜を消し去った。
念のため【エネミーレーダー】で周囲を確認するが、新たな反応は見当たらない。
「これで終わり、か……?」
俺がそう呟くと、頭の中で声が響いた。
『【災厄殺し】により、災厄“虚ろなる暴食竜”は完全消滅しました。コウ・コウサカのレベルが91になりました』
……はい?
ちょっと待て。
俺はさっきまでレベル75だったから……91-75=16。
一気に16もレベルが増えている。
どうやら【災厄殺し】で災厄を完全消滅させると、ものすごい量の経験値が手に入るらしい。
それだけじゃない。
脳内の声は、このように続けた。
『コウ・コウサカが【災厄殺し】により完全消滅させた災厄は、現在、1つです。
既定の回数を満たしたため、【災厄殺し】内のサブスキルが解放されます。
……【災厄感知】が解放されました。【オートマッピング】および【災厄分析】と連携します』
【災厄感知】。
どんな効果かと言えば、要するに、【エネミーレーダー】の災厄版だ。
俺のまわりに災厄が出現すれば【オートマッピング】に表示し、さらには【災厄分析】まで自動で行ってくれる。
今後は災厄への対応がスムーズに行えそうだ。
……それにしても、この世界にはどれだけの災厄が眠ってるんだ?
黒竜と暴食竜だけとは思えないが、少ないことを祈るばかりだ。
サブスキルの追加はこれだけじゃなかった。
レベルアップによる解放も含めて、【創造】に1つ、【異世界人】に3つ……合計で4つ、新たなサブスキルが増えた。
ひとつひとつ説明すると長くなるし、いますぐ使うような状況でもないので、そのあたりの話は後回しにさせてほしい。
それよりも――アイリスだ。
目の前の状況が呑み込めていないのか、ひたすら茫然としている。
「コウ、いったい、何がどうなってるの……? 暴食竜はどうなったの……?」
「俺のスキルで完全消滅させた。もう大丈夫だ」
アイリスを【鑑定】してみると、スキル一覧から【災厄の生贄】が消えていた。
おそらく、災厄を目の前にしたときだけ解放されるのだろう。
ゲームにたとえるなら、イベント戦闘専用スキル、といったところか。
「暴食竜はもう二度と出てこない。……アイリスが生贄になる必要はなくなった」
「……ほんとう、なの?」
「こんなところで嘘をついてどうする」
「そっか。そうよね。コウは、無意味な嘘をつかない人だものね」
アイリスは、うん、うん、と何度も頷いた。
無意味な嘘をつかない人、か。
どうやら俺は、俺が思うよりもずっとアイリスから信用されているらしい。
その時だった。
アイリスの大きな赤い瞳から、涙のしずくがポロポロと零れ落ちた。
「大丈夫か?」
「だいじょうぶ、よ。……たぶん、あたし、安心してるんだと、おもう」
「安心?」
「だって、生贄にならなくていいなら、死ななくて、いいわけだし……これからも、コウと一緒にいられる、から…………」
アイリスはそのまま倒れるようにして、俺の胸元にしがみついた。
俺はちょうど、アイリスの頭を見下ろす形になる。
赤い髪が、月光に照らされて、ほのかな光を放っていた。
「あたし、こわかった。すごく、こわかった。……ほんとうは、生贄なんて、なりたくなかった。死にたくなんて、なかった。……けど、暴食竜を止める方法は他にないと思ったから、がんばろうと、したの」
「そうだな」
俺は頷きつつ、アイリスの背中にそっと右手を置いた。
宥めるように、ポン、ポンと撫でる。
彼女の身体は、いつもよりずっと細く、小さく……女性らしく感じられた。
「コウ、ありがと。……ほんとうに、ありがとう」
アイリスはそう呟くと、本格的に泣き始めた。
喋る余裕もないほどに嗚咽を漏らし、俺の胸にぐりぐりと顔を押し付けてくる。
……どれくらいのあいだ、そうしていただろうか?
やがてアイリスは泣き止むと、俺の胸からゆっくりと顔を離した。
涙に潤んだ赤い瞳は、ルビーよりもずっと輝いている。
「いきなり泣き出して、ごめんなさい。コウも驚いたわよね。……もう落ち着いてきたから、だいじょうぶ」
「大丈夫そうには見えないけどな。……魔物の反応はないし、気が済むまで泣けばいい」
「……魔物がいるいないの話になるあたり、すごく、現実的でコウっぽいわよね」
「悪いか?」
「ううん。あたしは、コウのそういうとこ、す、す、す、……嫌いじゃないわ」
アイリスはなぜか照れたように俯く。
それから咳払いして、早口気味に話題を変えた。
「そ、それにしてもコウって、ひとりで何でもできるわよね。今回だって、あたし、見てるだけの役立たずだったし」
「相手が災厄なら仕方ない。……それに、アイリスは役立たずってわけじゃないからな。『古代賢者の息吹』について色々と調べてくれたし、リリィの相手だってしてくれている。助かってるよ」
「そっか、あたし、コウの役に立ってるんだ」
やけに嬉しそうに頷くと、アイリスは、今までにないくらい幸せそうな笑みを浮かべた。
「ありがと、コウ。……あたし、これからも頑張るから、よろしくね」