第28話 亜人の元締めに気に入られた。
【お知らせ】
コウの冒険者ランク周りについて、昨晩~今日にかけて何度か書き直しています。
最終的に「功績が大きすぎるため処理しきれていない」「いずれ処理が終わればランクが一気に上がるだろう」という形にしています。よろしくお願いします。
アイリスが案内してくれたのは、大通りに面した酒場だった。
風景にどこか見覚えがある。
ああ、思い出した。
「ここって、俺がアンデッド使いと戦った場所か?」
ニードルタートルを討伐したあと、【空間跳躍】で向かった先がここだったな。
「たしか、酒場の地下には亜人の集会場があるんだっけか」
「さすがコウ、よく覚えてるわね」
アイリスは頷きつつ、酒場の裏側に回った。
酒場そのものは営業を終えていたが、裏口には地下への階段がある。
階段を下りてドアをくぐると、落ち着いた感じの料理店になっていた。
アイリスは言う。
「ようこそ、亜人の集会場へ。普段なら亜人以外は入れないけど、今日だけは特別よ」
店内に他の客はおらず、カウンターには若い女性が立っていた。
女性は俺のほうを向くと、ぺこり、と丁寧にお辞儀した。
「はじめまして《竜殺し》様、お会いできて光栄です。狭い店ですが、どうぞゆっくりしていってくださいな」
女性の髪は金色で、頭からは三角形の耳が伸びている。
いわゆる、獣人、というやつだろう。
「わたくしの名前はフェンネル、狼の獣人でございます。この街の、亜人の元締めを務めております」
「……元締め?」
俺は思わず訊き返していた。
元締めという単語から、なんとなく、大柄な男性をイメージしていたからだ。
「意外でしたか?」
「そう、だな……。まさかこんな若い女性とは思っていなかった」
「あらあら、若いだなんて」
フェンネルと名乗った女性は、ふふ、とやわらかく微笑みかけてくる。
左目の泣きぼくろが、妙に色っぽい。
「亜人はみんな長命だから、あんまり外見に騙されちゃいけませんよ。わたくし、こう見えて、きっと《竜殺し》様より年上ですもの」
「……あれ?」
アイリスが声をあげた。
「フェンネルさん、来年で30だしコウと同い年――「アイリスさん? 何かおっしゃいましたか?」――いいえ何でもありません」
いま、一瞬だけ、バーの空気が凍り付いた。
フェンネルの視線はまるで刃のように鋭く、元締めという地位にふさわしい風格を備えていた。
たしかにあの眼で睨みつけられたら、どんな荒くれ者でも震えあがってしまうだろう。
フェンネルはコホンと咳払いすると、ふたたび俺のほうを向いて微笑んだ。
「《竜殺し》様、あなたにはとても感謝しています。この街を、そして、わたくしの店を守ってくださってありがとうございます。せめてものお礼に、今日は好きなだけ食べて行ってください。あっ、もちろん、お酒もありますよ」
フェンネルは、地上階の酒場と、地下の集会場、両方のオーナーをやっているようだ。
昼間、アンデッド使いが暴れていたのはこの酒場の前であり、俺は知らず知らずのうちにフェンネルに恩を売っていたらしい。
フェンネルは俺にお礼を言うために、わざわざ深夜まで店を開けて待っていたのだろうか。
律儀と言うか義理固いというか、ありがたい話だ。
ただ、なんというか、マフィアや極道めいた雰囲気を感じてしまうのは……うん、たぶん、気のせいだな。
俺は席に着こうとして……ふと、思いとどまる。
戦いの後もなぜか緊張感が抜けきらず、ディアボロス・アーマーを着たままだったのだ。
ここはバーだし、TPOを考えると、スーツが適切だろう。
俺はアイテムボックスから、いつもどおり「スーツ(フェンリル生地)」を選択した。
うん。
やっぱりスーツ落ち着くな。
俺はあらためて席につく。
……なぜか、フェンネルがとろんとした眼でこちらを見つめていた。
どうしたというのだろう。
……あっ。
ひとつ、思い当たる理由があった。
このスーツには《狼たちの王EX》という効果が付与されている。
具体的な効果としては「狼と、狼に類するものを従える」というものだ。
よく考えてみると、狼の獣人って「狼に類するもの」だよな……。
「ええと、フェンネルさん?」
俺が声をかけると、フェンネルはビクッと全身を震わせた。
「えっ!? あっ……ええと……」
さっきまでの落ち着いた雰囲気はどこへやら、フェンネルはそわそわと視線を彷徨わせている。
眼は潤み、耳も頬も赤い。
まるで恋する乙女のようだ。
……俺はアイテムボックスを開くと、久しぶりに、普通のスーツを選択した。
フェンリル生地に比べると安っぽいが、このままじゃ妙な空気になりそうだったからな。
ところで、この場には俺だけじゃなくアイリスとリリィもいるわけだが、2人からの視線がちょっと痛い。
「コウ、何がなんだかよく分からないけど、そのうち刺されるわよ……」
「コウさん……。むぅ……」
* *
ほどなくしてフェンネルは我に返り、食事と飲み物を用意してくれた。
「さ、どうぞ遠慮なく食べてくださいな。わたくし、料理には自信がありますから」
表面上、フェンネルはさっきのことを忘れたかのように振る舞っていた。
俺としても蒸し返すつもりはない。
フェンネルの視線を感じないでもないが、別のスーツに着替えたわけだし、きっと気のせいだ。
料理はどれも美味だったが、とくに、自家製のハンバーグは感動的なくらい旨かった。
ハンバーグを割れば肉汁がジュワッと溢れ、ソースに絡めれば、濃厚な味わいが舌に広がる。
パンをソースに漬けてみれば、これもまた絶品だった。
俺もアイリスもリリィも、会話を忘れて食べるのに夢中となっていた。
食後、フェンネルが問い掛けてくる。
「《竜殺し》様、お口に合いましたか?」
「ああ、おいしかった。スリエを離れるのが惜しいくらいだ」
「ずっとスリエに居てくださってもいいんですよ?」
「王都の帰りにでも寄らせてもらうよ」
「ふふ、楽しみにしてます。わたくし、待ってますね。……ああ、そうそう」
フェンネルはなぜか、アイリスとリリィを手招きすると、店の端でヒソヒソ話をしていた。
――わたくし、二人の邪魔をするつもりはないから。ええ、本当よ。
そんな言葉が聞こえたような気がした。
食事のあと、俺たちは宿に向かった。
昼間から忙しく動き回っていたせいで予約などしていないが、幸い、メイヤード伯爵が手を回して、スリエでもトップクラスの高級宿を押さえてくれていた。
しかも、3部屋だ。
リリィは「今日はいろいろとありすぎたので、一緒にいてもらっていいですか……?」と言い、アイリスと同じ部屋で寝ることになった。
俺は男なので、もちろん、1人きりだ。
部屋には魔道具式のシャワーがあったので、俺はゆっくりと汗を洗い流す。
そのあと、ベッドに寝転がった。
さて。
おやすみなさい、の前にひと仕事だ。
毎晩恒例(?)の【創造】タイムといくか。
お読みいただきありがとうございます。
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