第19話 涙もろいギルドマスターに報告してみた。
『古代賢者の息吹』を叩く。
それが今後の方針だ。
俺はリリィを連れ、【空間跳躍】でスリエの街に戻った。
太陽は西の空に沈みかかっており、繁華街はすでに多くの人で賑わっている。
昼間はいろいろと事件があったものの、住民たちはすでに普段通りの生活を取り戻しているようだ。
人々は、俺の姿を見つけると、やたら気軽に声をかけてくる。
「おお、《竜殺し》じゃねえか! 街を守ってくれてありがとよ!」
「ニードルタートルを一撃で退治したんだってな! 《竜殺し》あらため《大亀殺し》だな!」
「傭兵ギルドの支部長をぶちのめした、って話も聞いたぜ」
「じゃあ、《大亀殺し》あらため《人殺し》か?」
人殺し。
それはただの殺人犯ではないだろうか。
俺はべつに支部長を殺してないぞ。
……俺が微妙な表情を浮かべていると、横で、リリィがくすくすと笑っていた。
「コウさん、街の人に、慕われているんです、ね」
「まあ、そうかもな」
俺はそう答えたあと、ひとつの事実に気付く。
「リリィが笑っているところ、初めて見た気がする」
「……わたし、笑ってました、か?」
リリィは首をかしげる。
銀髪のツインテ―ルが不思議そうに揺れた。
「だとしたら、たぶん、コウさんのおかげ、です。……わたし、今日までずっと、ひとりぼっちでした、から」
リリィの言葉は、その境遇を考えると、ひどく重い。
妾の子だからと実家では無視されていたわけだし、『古代賢者の息吹』のことを魔法学院の教師に相談した時も、誰ひとり真面目に取り合ってくれなかったらしい。
俺がリリィの立場だったら、きっと、人間不信をこじらせていただろう。
「でも、今は、違います。ひとりじゃ、ないです」
このとき俺はスーツを着ていたが、横を歩くリリィはおずおずと左手を伸ばし、俺の右袖の先を遠慮がちにつまんできた。
もし俺に年の離れた妹がいれば、こんな感じだったのだろうか?
* *
俺たちはまず衛兵の詰所に向かった。
領主のメイヤード伯爵がどこにいるのか尋ねると、こんな答えが返ってくる。
「当初の予定通り、騎士団を連れてこの街にいらっしゃるようです」
もともとメイヤード伯爵は、ニードルタートル討伐のため、騎士団を率いてスリエに向かっていた。
スリエに来てくれるなら好都合だ。
メイヤード伯爵に『古代賢者の息吹』のことを説明して、一緒に対応を考えてもらおう。
俺は衛兵に礼を言って、詰所を離れた。
次に向かったのは冒険者ギルドだ。
理由はふたつある。
ひとつめは、待ち合わせ。
現在、俺はアイリスに情報収集を頼んでいる。
『古代賢者の息吹』についての調査が終わりしだい、スリエの冒険者ギルドで落ち合うことにしていた。
ギルドの建物には食堂が併設されているから、人を待つにはちょうどいいのだ。
ふたつめは、クエストの報告。
俺は当初、ギルドマスターから「ニードルタートルを足止めして、迎撃態勢が整うまで時間を稼いでほしい」と依頼されていた。
結果として俺はニードルタートルを討伐してしまったわけだが、クエストを終わらせたことは確かなわけだし、ちゃんと報告は済ませておこう。
窓口でギルド職員に声を掛けると、すぐに奥の応接室へ通された。
リリィも同行させている。
ギルドマスターに『古代賢者の息吹』のことを説明しておきたいしな。
俺の姿を見るなり、ギルドマスター……若い眼鏡の青年は深く頭を下げた。
「このたびはスリエの街を救ってくださり、本当にありがとうございました。ニードルタートルを単独で討伐するとは、さすが《竜殺し》殿……! あなたがこの街にいてくれて、本当によかった……!」
ギルドマスターは眼鏡をはずすと、ポロポロと涙していた。
外見は「神経質でプライドの高いエリート」といった雰囲気だが、中身はまるきり逆で、素直な感動屋なのかもしれない。
ちなみに名前は、ポポロ・ポロイスという。
なんだかやけに可愛らしい。
「《竜殺し》殿の活躍は、他にもいろいろと報告を受けております。街で暴れていたアンデッドを退治し、さらには傭兵ギルド支部長の悪事を暴いたとか……」
「ああ、その通りだ」
俺はポポロの言葉にうなずく。
「アンデッド使いと傭兵ギルドの支部長はグルだった。どっちも『古代賢者の息吹』という組織のメンバーらしい。……信じられない話かもしれないが、この子の話を聞いてくれないか」
俺は、隣のソファに座っているリリィに目配せする。
「えっ、ええっ!? わたしが、喋るん、ですか……?」
「まずは直接の関係者が説明してくれ。細かい部分は俺が補足する」
「わ、分かり、ました。コウさんが、そう言うなら……」
リリィは戸惑いながらも『古代賢者の息吹』について語り始めた。
内容はとてもよくまとまっていて、俺はあまり補足を入れずに済んだ。
話を聞き終えたあと、ポポロは難しい表情を浮かべていた。
「正直なところ、リリィさんの話を『はいそうですか』と手放しに信じるのは難しいですね。……五千年も生き続けている古代の魔術師、それを蘇らせようとする地下組織。常識的に考えれば、子供の冗談としか思えない」
でも、とポポロは続ける。
「《竜殺し》殿、いえ、コウさん。貴方はリリィさんの話を信じているのですよね」
「もちろんだ」
「であれば、私もリリィさんを信じましょう」
ポポロは、眼鏡の位置を直してこう言った。
「スリエの街には、古くから伝わる言葉があるんです。『友の信じる者を信じよ』とね。……ただ、私の一存では冒険者ギルドを動かすことはできません。組織というのはいろいろとややこしいものですから」
まあ、当然といえば当然だ。
スリエの冒険者ギルドから全面的な協力を得ようとするなら、もっと別の要因が必要だ。
……そして俺は、有効なカードを持っている。
「もし、領主のメイヤード伯爵から『古代賢者の息吹』を叩くように要請が来たらどうなるんだ?」
「冒険者ギルドは公的機関みたいなものですからね、もちろん、領主の要請には従いますよ。……まさかコウさん、メイヤード伯爵とも親しいのですか?」
「まあ、それなりにな」
実際のところ、メイヤード伯爵から俺への好感度はやたら高い。
とはいえ、わざわざ自慢することでもないだろう。
「明日、メイヤード伯爵にも『古代賢者の息吹』について話をするつもりだ」
「承知しました。こちらも、そのつもりで備えておきますよ」
こうしてポポロへの報告は順調に終わり、俺たちはギルドのロビーに戻ってきた。
ちょうどそのタイミングで、アイリスに出くわした。
「あら、コウじゃない。……それに、リリィちゃん?」
「こ、こんばんは……。ご無沙汰して、ます……」
「うん、お久しぶり。っていうか、どうしてここに?」
「ええっと……」
リリィは困ったように俺を見上げてくる。
さて、どう説明したものかな。
「アイリス、リリィ、立ち話もなんだから食堂に行かないか」
「あたしはオーケーよ。リリィちゃんは?」
「だ、だいじょうぶ、です」
二人の同意が得られたので、ギルドに併設されている食堂へ向かう。
幸い、席はそれなりに空いていた。
四人掛けのテーブルにつく。
椅子に腰かけるなり、アイリスがこう言った。
「先にあたしの収穫を報告させてちょうだい。……もしかしたら、『古代賢者の息吹』の根城が分かったかもしれないわ」
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