第4話 逃げ出した護衛たちと出くわした。椅子でぶちのめした。
オーネンの街に入る直前、俺はクロムさんから元々雇っていた護衛のことを聞かせてもらった。
「いつもは冒険者ギルドに依頼を出して、高ランクの冒険者を雇っているんですよ。街道沿いは安全と言われてますが、何が起こるか分かりませんからね」
この世界にはゲームなどで定番の「冒険者ギルド」が存在する。
業務内容は、護衛や採集などクエストの斡旋だ。
達成すれば報酬が支払われ、失敗すれば違約金などの処罰がある。
「ただ、今回はたまたま高ランクの冒険者が出払っていましてね。どうしたものかと思っていたら、傭兵ギルドが声をかけてきたんですよ」
傭兵ギルドもまた、クエストを斡旋している組織だ。
もともとは冒険者ギルドだけだったが、上層部で内紛が起こった結果、冒険者ギルドと傭兵ギルドに分裂したらしい。
どちらも同じような業務内容のため、長年にわたってシェア争いが続いているようだ。
クロムさんは傭兵ギルドに護衛依頼を出し、そうして派遣されてきたのは、3人の年若い傭兵だったという。
「いずれも【剣術】スキル持ちの実力派という話ですし、若者に投資するつもりで護衛をお願いしたのですが、いやはや、大失敗でした。……もしかするとこれは天のお告げかもしれませんな。跡継ぎ息子も立派に育ちましたし、私もそろそろ隠居を考えるとしましょうか」
「息子さんがいらっしゃるんですか?」
「今年で29歳になります。おそらく、コウ様と同じくらいではないかと」
「ええと、同じくらいというか……ピッタリ同じです」
生まれた月しだいで多少のズレはあるかもしれないが、まあ、同い年ということでいいだろう。
「おお、それはまた奇遇ですな! オーネンの街に着きましたらいずれ紹介しますので、ぜひとも仲良くしてやってください。コウ様が職人としてやっていくのでしたら、きっと大きな力になるでしょう」
「はは、ありがとうございます」
そんな話をしているうちに、俺とクロムさんは街の城門に到着した。
どうやらトラブルが起こっているらしく、ちょっとした人だかりができている。
見れば、3人の、どこか乱暴そうな青年が衛兵に向かって何やら必死に話しかけていた。
――あ、あ、アーマード・ベア! アーマード・ベアが出たんです!
――オレたち、必死に戦ったんです。でも、護衛対象の商人さんがパニックを起こして……。
――くそっ、オレたちの指示をきちんと聞いてくれてればクロムさんを守れたのに……。
話の内容からすると、おそらく、クロムさんがもともと雇っていた傭兵だろう。
3人は衛兵に向かって色々とわめいていたが、主張をまとめるとこんな感じだ。
――自分たちはアーマード・ベアと必死に戦ったが、クロムさんは勝手な行動に出て死亡、やむなくオーネンの街まで撤退した。
うわあ。
大嘘ここに極まれり、だ。
3人はアーマード・ベアが出てくるなり逃げてしまったし、なによりクロムさんは生きている。
すべての嘘がダメとは言わないが、保身のために依頼主の生死を偽るのはアウトだろう。
「あっ、クロムさん!?」
そう声をあげたのは、3人の話を聞いていた衛兵だった。
どうやらこちらの存在に気付いたらしい。
「どういうことだ、クロムさんはアーマード・ベアに殺されたはずじゃ……」
「いやいや、私は生きておりますよ」
クロムさんの口調は穏やかだったが、目はまったく笑っていなかった。
「幸い、こちらのコウ様に危ないところを助けていただきましてね」
えっ、ここで俺に話を振るのか。
衛兵だけでなく、野次馬たちからも視線を向けられ、俺は少しばかり居心地の悪さを感じてしまう。
「ど、どうも、コウです。木工職人をやってます」
俺はアイテムボックスから木槍を取り出す。
先端にはアーマード・ベアの生首が突き刺さったままだ。
ちょっとスプラッタだが、討伐の証拠を出しておくべきだろう。
「たしかにアーマード・ベアだな……」
衛兵は驚いているのかして、声が少しばかり震えていた。
「だが、木工職人だと……?」
あ、やっぱりそこに引っ掛かるのか。
周りの野次馬も「そんな木工職人がいるか」「どう見ても蛮族だろ」「つうか、アーマード・ベアを倒すとか何者だ、あの兄ちゃん」なんてことを小声で囁き合っている。
「……まあ、世の中は広いからな。そういう木工職人がいるのかもしれん」
衛兵は、コホン、と咳払いする。
それから3人の青年のほうに向き直って、言った。
「ところでおまえたちの話だと、クロムさんは死んだらしいが、これはどういうことだ?」
「そ、それは……」
「ええっと……」
「うう……」
3人は言い逃れもできずに口籠ってしまう。
気まずい沈黙が漂うなか、クロムさんが言葉を発した。
「彼らはアーマード・ベアが出てくるなり逃げ出してしまいましてな。戦うそぶりすら見せませんでした。これから傭兵ギルドに報告しようと思います」
「なるほど」
衛兵は顎に手を当てて考え込むと、他の衛兵に対して3人を拘束するように命令した。
「クロムさん、うちの兵士をお貸ししましょう。ギルドに連れていく途中で逃げられたら、街全体の治安に関わりますので」
「これはどうも、お気遣いいただきまして申し訳ありませんな」
クロムさんと衛兵が話しているあいだに、他の衛兵らが3人に縄をかけようとする。
だが、そのとき――
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
3人のなかで最も筋肉質な青年が、突如として暴れ始めた。
そいつは衛兵を突き飛ばすと、腰の剣を抜き――俺へと斬りかかってきた!
「テメエがクロムを助けたせいで! 死ねえええええっ!」
そんな無茶苦茶を言われても、困る!
咄嗟に対応できたのは、きっと【器用の極意】のおかげだろう。
俺はアイテムボックスから「ヒキノの椅子」を取り出す。
ひっくり返すように持ち上げ、椅子の裏側でタイミングよく斬撃を受け止めた。
「なっ……!?」
青年はあっけに取られていた。
その隙を、俺は見逃さない。
相手の剣を弾き飛ばすと、そのまま、椅子の“脚”で青年の頭を「コン」と叩いた。
「うっ……!」
たったそれだけで、青年は気を失った。
力なく地面に倒れる。
ふう。
この椅子には《強度強化A+》と《気絶強化S+》が付与されているが、まさかここで役に立つとは思わなかった。
ん……?
冷静になって周りを見回すと、誰も彼もが俺に視線を向けていた。
いや、まあ、荒事をこなしたんだから注目されるのは当然なんだが、なんだこの沈黙、ちょっと怖いぞ。
……などと思っていたら、誰かが大声で叫ぶ。
「やるじゃねえか兄ちゃん! そいつ、たしかBランク傭兵のドクスだろ!?」
「ただの木工職人がBランクをぶちのめしちまいやがった!」
「ドクスのやつ、【剣士】スキル持ちだからっていつも威張り散らしやがって……いい気味だぜ!」
そこからは大騒ぎになった。
この世界の人間はやたらノリがいいようで、俺の胴上げまで始めたのだった。