第16話 リリィから事情を聞いてみた。おせわスライムが怒った!
傭兵ギルドの支部長……メダ・デルマの証言はやたらと長かったので、重要な点だけコンパクトに説明する。
メダ・デルマは『古代賢者の息吹』という地下組織のメンバーらしい。
目的は「我が主」とやらを蘇らせること。
「我が主」は古代の魔術師で、肉体を失ったものの、魂だけになって生き続けている。
そいつが復活すれば、組織のメンバーは永遠の命を約束されるとかなんとか。
組織のメンバーはいずれも夢のなかで「我が主」の言葉を聞き、導かれるようにして『古代賢者の息吹』という組織に加わったそうだ。
……取り調べにあたった衛兵は、困ったような表情を浮かべていた。
「《竜殺し》殿はどう思います? 正直、私はメダの証言が信じられません……」
「取調室には、嘘発見の魔道具があったよな。反応はあったのか?」
「いいえ」
衛兵は首を振る。
「嘘発見の魔道具は、ピクリとも反応しませんでした」
「だったら、メダの証言を信じてみてもいいんじゃないか?」
そもそもの話、ここは剣と魔法のファンタジー世界だ。
邪悪な存在が夢に現れるとか、そいつが人間に悪事を働かせるとか……むしろテンプレの展開じゃないだろうか。
俺自身、異世界転移というフィクションじみた経験をしているわけだしな。
「……分かりました」
衛兵はしばらく考え込んだあと、やけに晴れやかな表情で頷いた。
「他ならぬ《竜殺し》殿の言葉ですし、私もメダの証言を信じてみようと思います。メダの証言を信じる、竜殺し殿を信じます」
「お、おう……」
衛兵から向けられる、信頼と尊敬のまなざしが照れくさい。
他の衛兵たちも、なんだか俺にはやたら好意的だ。
まあ、街の治安維持にものすごく貢献してるもんな。
ニードルタートルを討伐したり。
アンデッド使いを倒したり。
メダを捕まえたり。
我ながら頑張ってると思う。
報奨金も出るらしいので楽しみだ。
* *
衛兵の詰所を出ると、夕方になっていた。
俺はアイリスと合流し、ここまでの情報を共有する。
「『古代賢者の息吹』ねえ……。どこかで名前だけは聞いたような気がするけど……」
アイリスはうーん、と考え込む。
そのあと、俺にこう提案した。
「ちょっと集会場で調べてくるわ。亜人の情報屋なら心当たりがあるの」
「わかった、頼む。俺はすこし街を離れる」
俺はアイリスと別れたあと、【空間跳躍】を発動させた。
行き先は……古代遺跡。
リリィに話を訊くためだ。
俺のカンだが、たぶん、リリィも『古代賢者の息吹』に関わっている。
そんな気がした。
古代遺跡の居住区にワープすると、すぐにおせわスライムがやってきた。
「マスターさん! 待ってたよ! こっちこっち!」
いったい何があったのだろう?
俺はスライムのあとを追いかける。
辿り着いたのは、住宅地から少し離れた場所だった。
全面ガラス張りの、お洒落なレストランが建っている。
店には『おいしいれすとらん すらいむきっちん』と、ふにゃふにゃした字で書かれている。
スライムたちが頑張って書いたのだろうか。
「マスターさん、中で待っててね! あの女の子をつれてくるよ!」
「わかった」
俺は窓際の席に座った。
ほどなくして、大勢のスライムがわっしょいわっしょいとリリィを乗せてやってきた。
リリィは、なぜかドレス姿だった。
リボンとフリルで一杯の、黒いゴシックロリータ。
首元から肩口にかけては布に覆われておらず、素肌が露わになっている。
白い首筋がまぶしい。
リリィは、少し恥ずかしそうに尋ねてくる。
「スライムちゃんが……これを着てみたら、って……。どう、ですか……?」
「似合ってると思うぞ」
リリィのはかない雰囲気に、細めのドレスがよくマッチしている。
どこに出しても恥ずかしくない美少女だ。
街を歩けば、きっと人々の眼を釘付けにするだろう。
「あ、ありがとう、ございます……。コウさんに褒めてもらえると、すごく、嬉しいです……」
リリィは照れているらしく、顔を真っ赤にして俯いた。
その姿はいつまでも眺めていたくなるほど可愛らしいものだったが、時間は有限だ。
俺はここまでの情報をすべてリリィに話した。
アンデッド使いのこと、傭兵ギルドの支部長のこと、そして『古代賢者の息吹』のこと。
俺が話を終えると、リリィは驚きに目を丸くしていた。
「すごい……。こんな短時間で『古代賢者の息吹』に辿り着くなんて、普通ならありえないです。コウさん、いったい何者なんですか……?」
「29歳、通りすがりのおっさんだよ」
「29歳はおっさんじゃないと思います……」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
リリィは気遣いのできる子のようだ。
「お世辞とかじゃなくって、その、頼りになるお兄さん、かな、って……」
「ありがとう。頼りにされてるなら、期待に応えないとな」
俺はコホン、と咳払いをしてからリリィに尋ねる。
「正直に答えてくれ。リリィ、君は『古代賢者の息吹』の関係者か?」
「……はい」
リリィは、真剣な表情で頷いた。
「『古代賢者の息吹』が崇めている『我が主』の子孫……それが、わたし、です」
それからリリィは、自分の身の上について詳しく話し始めた。
リリィは裕福な貿易商の家に生まれたが、妾の子であり、周囲からはひどく冷遇されていた。
魔法の才能があったため王都の魔法学院に進学したが、実家を追い出されるような形だったらしい。
それはさておき、王都に来て半年が経ったころ、奇妙な夢を見たという。
古代の魔術師――いわゆる『我が主』が話しかけてきたのだ。
「その人は言いました。『おまえは私の子孫だ。復活に手を貸せ』『愚民の魂を捧げろ、そうすれば願いを何でも叶えてやる』って……」
当初、リリィは夢の内容をまったく信じていなかった。
しかし、ほどなくして『古代賢者の息吹』のメンバーが周囲に現れた。
リリィを組織に引っ張り込もうと、あの手この手で勧誘を始めたらしい。
誘拐されかけたこともあり、リリィは魔法学院の教師たちに相談を持ち掛けた。
だが、返ってきた反応はあまりにも冷たいものだった。
『我々の仕事はあくまで魔法を教えることだ』
『研究で忙しいんだから厄介事を持ってくるな』
『古代の魔術師? その子孫が君? 妄想もほどほどにしたまえ』
『君、魔法は得意みたいだけど、常識はないみたいだね。古代の魔術師がいまも魂だけになって生き続けているとか、普通はありえないから』
『あー、はいはい。君くらいの年齢に多いんだよ、前世とか転生とか、よくわかんない設定にハマる子ってさ』
リリィはこのあと、王都の衛兵にも話を持っていったという。
だが、すぐに門前払いを食らい……決意を固めた。
「誰も助けてくれないなら、わたしひとりでも戦おう、って思ったんです」
リリィは実家で冷遇されていたが、毎月、それなりの仕送りだけは貰っていたらしい。
それを使って王都を飛び出すと、トゥーエの街へと向かった。
何のために?
『古代賢者の息吹』を止め、『我が主』の復活を阻むためだ。
どうやら『我が主』の復活は目前に迫っており、リリィが得た情報によると、トゥーエかスリエのあたりで重大な儀式が行われるらしい。
「これで、わたしの話は終わりです。……信じられないですよね。古代の魔術師が蘇ろうとしている、なんて」
「いや、普通に信じてるんだが」
「……えっ」
「そもそも、ここは古代遺跡だぞ。おせわスライムだって古代文明の遺産だ」
俺が《竜殺し》と呼ばれるようになったきっかけだって、1000年ぶりに復活した「極滅の黒竜」を倒したからだ。
「少なくとも、俺はリリィの話を信じる。……というか、子供が困ってるなら、大人として手を貸すのが当然だろう。それが常識だ」
「……子供扱い、しないでください」
リリィはちょっと拗ねたように呟く。
だが、その表情はどこか嬉しそうだった。
「でも、ありがとうございます。わたしの話を、信じてくれて。コウさんに言って、よかった……。ううっ、ぐすっ」
リリィはこれまで、どれだけの大人から突き放されてきたのだろう。
よほど安心したらしく、ポロポロと涙をこぼし始めた。
やがてリリィが泣き止んだあと、俺はひとつ質問をした。
古代の魔術師……『我が主』について、他に知っていることはないか、と。
リリィは答える。
「前に、夢のなかで一度だけこう名乗ってました。『大賢者メビウス』って」
大賢者メビウス。
どこかで聞いたことがあるな。
そう思っていたら、おせわスライムたちが集まってきた。
「大賢者メビウス!」
「そのひと、知ってる!」
「ぼくたちのおかーさんの、ライバル!」
「おかーさんに魔法勝負を挑んで、いつも負けてたひと!」
「あいつだけはゆるさないぞ!」
「はじめはいい人っぽかったけど、ぼくたちの兄弟をかってに改造したり、誘拐して実験につかってたんだ!」
「ここから少し離れたところに、別の遺跡があるよ!」
「大賢者メビウスは、そこでいろいろ研究してたから、資料が残ってるはずだよ!」
「マスターさん! あいつが蘇ったなら、ボコボコにしてほしいぞ!」
「ぶーぶー!」
スライムたちはものすごく怒っていた。
どんな外道だったんだ、大賢者メビウス……。
まあいい。
「別の遺跡」とやらに行って、大賢者メビウスのことを調べてみよう。
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