第15話 傭兵ギルドの支部長をぶちのめしてみた。
傭兵ギルドの支部長は、裏で、アンデッド使いと繋がっていた。
「我が主」とやらの復活のため、街を混乱に陥れ、生贄を集めようとしていたらしい。
「傭兵ギルドの支部長を締め上げるか」
俺がポソッと呟くと、詰所の衛兵たちは震え上がった。
「支部長、終わったな……」
「イヤミな奴とは思っていたが、《竜殺し》を敵に回すなんて同情するぜ……」
「支部長さん、安らかに眠れよ……」
なぜか詰所にはお通夜ムードが漂い始める。
いやいや。
べつに支部長を殺すつもりはないぞ。
平和的かつ紳士的にお話しするつもりだ。
……なお、相手が手を出してきた場合は例外とする。
さて、具体的にはどうやって支部長を捕まえようか。
近くの衛兵に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「相手は傭兵ギルドの支部長ですし、我々の独断だけでは動けません。領主様に報告して、許可を頂いてからになります」
うーん。
正規の手段だと、ちょっと手間がかかりすぎるな。
モタモタしていると、支部長が逃げてしまうかもしれない。
衛兵も同じことを考えていたらしく、小さくため息をついた。
「街中で剣を抜いたとか、魔法を使ったとか、いわゆる現行犯でしたら独断で逮捕できるのですが……」
なるほどな。
現状、いちばん適切な方法は「別件逮捕」になるのだろう。
詐欺や窃盗などの小さな罪で逮捕し、そのついでに、大きな罪の取調べを行う……というものだ。
傭兵ギルドの支部長が、酒に酔って大暴れでもしてくれないだろうか。
……そんなことを考えていたら、予想外の情報が飛び込んでくる。
街の見回りに出ていた衛兵のひとりが、詰所に駆け込んでくるなり、こう叫んだのだ。
「大変だ! 西門の近くで、傭兵ギルドの連中と、街の住民が睨み合いになってるぞ!」
* *
傭兵ギルドの支部長は、部下数名を連れ、ひそかにスリエの街から逃げ出そうとしていたらしい。
だが、西門のところで住民たちに見つかり、足止めを食らっているようだ。
俺はすぐに【空間跳躍】を発動させた。
空間を捻じ曲げ、西門へとワープする。
西門では、いまだに睨み合いが続いていた。
街から逃げようとする傭兵ギルドの支部長と、西門を塞ぐように立ちはだかる街の人々。
街の人々はみな厳しい表情を浮かべ、傭兵ギルドの支部長を睨みつけている。
「街が大変なときだってのに、自分だけ逃げだそうってのか!?」
「街を守るのが傭兵ギルドの仕事じゃねえのか!?」
「ニードルタートルを暴れさせた責任を取れ!」
傭兵ギルドが独断でニードルタートルを攻撃した件については、すでに街の人々も知っているようだ。
「くっ……」
傭兵ギルドの支部長は、あぶらぎった中年の男だった。
部下数名を連れているという話だったが、まわりには誰もいない。
どこに行ったのだろう?
視線を彷徨わせてみれば、傭兵と思しきゴロツキどもが地面に倒れていた。
その近くには、なぜか、アイリスの姿があった。
赤髪を風になびかせ、深紅の槍を構えている。
ふむ。
ちょっと状況を推測してみよう。
支部長の部下たちは、西門を強行突破するため、街の人々に襲い掛かったのだろう。
しかし、そこに居合わせたアイリスによって全員まとめて撃退された……といった感じか。
そういやアイリスってAランク冒険者だったっけ。
一緒に戦ったことはないけど、たぶん、それなり以上に強いのだろう。
……アイリスは俺の視線を感じ取ったらしく、こちらを向くと、「あっ!」と声をあげた。
「コウ! 来てくれたのね!」
それがきっかけになって、街の人々も俺の存在に気付いた。
「《竜殺し》だ! 《竜殺し》が来てくれたぞ!」
「ニードルタートルを倒してくれてありがとよ! 感謝してるぜ!」
「ニードルタートルだけじゃねえ! 街に魔物が現れた時も、すぐに片付けてくれたんだ!」
「まるでこの街の守護神だな……!」
「きっと傭兵ギルドの支部長を成敗しに来たんだぜ……! ゴクリ……!」
成敗か。
まあ、あまり間違っていない。
俺は人々の視線を浴びながら、場の中心へと向かっていく。
アイリスの前に立ち、太っちょの支部長を見据える。
少し、挑発してみるか。
相手が怒って剣でも抜いてくれれば、拘束の大義名分が立つ。
あとは衛兵の詰所に連れて行って、すべてを白状させればいい。
まさに別件逮捕だな。
「はじめまして、傭兵ギルドの支部長さん」
俺はわざとらしいくらいに礼儀正しい態度で頭を下げる。
「俺はコウ・コウサカ、通りすがりのFランク冒険者だ」
「……ふんっ、Fランクごときがワシに何の用事だ!」
支部長はその肥満体を震わせて、激しい怒声をあげた。
これなら、簡単に暴発させられそうだ。
「そこをどけ、ゴミクズが! ワシは傭兵ギルドの支部長まで登り詰めた男だぞ!」
「……さっき、アンデッド使いがなにもかも白状したよ」
俺は、支部長のセリフに被せるように、やや大きめの声でそう告げた。
「ニードルタートルを刺激し、街にパニックを引き起こす。その隙にアンデッドを暴れさせ、『我が主』への生贄を集める。……そういう話らしいな」
「……っ!」
どうやら図星だったようだ。
支部長は眼を逸らして黙り込んでしまう。
「何もかも正直に話すなら、手荒なマネはしない。衛兵の詰所まで来てくれ」
「こ、こ、断るっ! 貴様のような若造の言うことなど、誰が聞くものかっ! ……死ねぇ!」
支部長は、護身用だろうか、腰に長剣を下げていた。
素早く抜き放つと、俺の首めがけて斬りかかってくる。
狙い通りの展開だな。
支部長は、街の人々が見ているなかで剣を抜いた。
現行犯で逮捕されても言い逃れはできないだろう。
俺はバックステップで攻撃をかわすと、アイテムボックスから「ヒキノの木剣」を取り出す。
支部長は、狂ったような笑い声をあげる。
「くはははははっ! 舐めるなよ若造が! この剣はミスリル製の高級品だ! 木剣ごときで勝てると思うな」
「……それはどうだろうな」
支部長はこちらの心臓を狙って、ねじるように長剣を突き出してきた。
俺はそれを、下から打ち払う。
否、斬り払う。
ヒキノの木剣には《斬撃強化A》が付与されている。
その効果が【器用の極意】によって100%引き出され、物理現象を超越した。
火花が散り、耳をつんざくような金属音が撒き散らされ……支部長の剣は、横腹からヘシ折れる。
支部長の顔が、驚愕に、染まる。
「バカなっ……!」
「俺もそう思うよ」
木剣で金属剣を叩き折る。
普通に考えれば、ありえない現象だ。
「少し、手荒に行くぞ」
今後の取り調べを円滑に行うためにも、ここは支部長の心を徹底的に折っておこう。
俺はアイテムボックスを開き、武器を「ヒキノの大槌」に変更した。
巨大なハンマーが現れる。
もちろん《手加減S+》が付与されているものだ。
「ひとつ」
ハンマーで、支部長の肥満体をぶん殴る。
支部長はまるでボーリングの球のように地面を転がっていく。
「ふたつ」
下からすくいあげるように、殴りあげる。
支部長の巨体は、くるくると回りながら天空を舞った。
「みっつ!」
支部長の身体が落ちてくるのに合わせて、最後のフルスイング。
真横に弾き飛ばされた巨体は、近くの木にぶち当たって、動きを止めた。
俺は告げる。
「このハンマーには《手加減S+》が付与されている。だから傷ひとつなく済んだが、次は本気でやるかもしれない。……衛兵の詰所に来て、洗いざらい、すべてを吐いてくれ。手荒なマネは嫌いじゃないんだ」
あ、間違えた。
手荒なマネは“好きじゃない”と言いたかったのに、うっかり、逆の言葉を口にしていた。
困ったな。
これじゃまるで俺が真正のサディストじゃないか。
だが、それが予想外の効果を発揮した。
支部長はブルブルブルと震え上がると、その場に頭をこすりつけて懇願してきた。
「ひ、ひいいいいいいっ! すみませんっ! すみませんっ! 言う通りにしますから、痛いのはやめてくださいっ! うわあああああっ!」
詰所の衛兵たちが駆けつけたのは、ちょうどそのタイミングだった。
俺は、念のため「英雄殺しの大剣」で支部長のスキルをすべて封印すると、身柄を衛兵へと引き渡した。
そうして状況に一段落がついたところで、街の人々がワッと押し寄せてきた。
「スカッとしたぜ! ありがとうな、《竜殺し》!」
「木剣でミスリルを斬るとか、マジで信じられねえ……! すげえもん見ちまった……!」
「あんたはこの街の英雄だよ! 感謝してるぜ!」
人々は熱狂のあまり俺を担ぎ上げると、胴上げを繰り返した。
そのあいだに支部長の取り調べは終わり、俺は新たな情報を手に入れる。
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