第13話 アンデッド使いの男をぶちのめしてみた。遠くに銀髪の少女の姿が……
少し状況を整理しよう。
ニードルタートルを倒したと思ったら、いきなり街のなかに魔物が現れた。
そいつらは「ネクロアース」という魔法によって蘇った存在だった。
すごく簡単に言えば、アンデッド、ということになるのだろう。
アンデッドを操っているのは、目の前にいる痩せた男だ。
黒いローブを被っており、いかにも“悪の魔法使い”といった雰囲気を漂わせている。
男は、驚きのあまり目を見開いていた。
そりゃそうだよな。
百匹近くいたはずのアンデッドが、わずか一瞬で全滅したんだから。
「ど、ど、ど、どういうことだ……っ!? 何者だ、貴様……!」
「通りすがりのFランク冒険者です、どうも」
俺はものすごく雑に挨拶を返しつつ、アイテムボックスから「ヒキノの木槍」を取り出した。
男は右手に水晶玉を持っており、それを魔法の補助に使っていた。
まずはそれを壊させてもらおう。
ヒキノの木槍を、投げつける。
《命中補正S+》と《投擲クリティカルA+》が付与された木槍は、狙いどおり水晶玉に直撃し、粉々に粉砕した。
すると、水晶玉の破片からたくさんの黒い光球が飛び出した。
水晶玉に封じ込められていた魔物の魂だろうか。
……それらはすべて、俺の身体へと吸い込まれた。
どうやら【魂吸収】スキルが発動したらしい。
この状況は男にとって予想外だったらしく、震えた声で悲鳴をあげた。
「た、た、魂を奪い取るだと……!? ありえん! 貴様、わたし以上のアンデッド使いだというのか!?」
「そんなものになった覚えはない」
俺は短く答えつつ、今度は「英雄殺しの大剣」を取り出した。
走る。
男との距離を一気に詰め、大剣を振るう。
「もらった!」
「ひいいいいいいいいっ!?」
男は腰を抜かし、その場に座り込んでしまう。
結果として、俺の斬撃はほとんど空振りに終わった。
男の右手に、浅い傷をつけただけだ。
だが「英雄殺しの大剣」の付与効果……《スキルバインドEX》の発動条件は満たした。
男を【鑑定】してみたら、ちょっと面倒くさそうなスキルがあったからな。
――【闇魔法】、【アンデッド使い】、そして【転移魔法】。
転移魔法がどんなものかは分からないが、逃げられたら厄介だ。
そこで先手を打つために、《スキルバインドEX》で封印したというわけだ。
この男は、もう、ただの痩せたオッサンでしかない。
俺があらためて男に視線を向けると、たったそれだけのことで、男はひどく怯えてしまった。
「わああああああっ! く、来るなっ! 来るな! そ、そうだっ! 我が主から授かった転移魔法で……!」
どうやら男は逃げるつもりらしい。
すでに【転移魔法】スキルは封じているが、わざわざ教えるつもりはない。
「――我が身を遠く彼方へ、空間を越えて運び去りたまえ、テレポートトラベル!」
当然ながら、魔法は発動しない。
男の詠唱は、むなしく空に響くばかりだった。
「な、な、なぜだっ!? 貴様、何をした!?」
「敵にわざわざ手の内を教えるわけがないだろう。常識で考えろ」
俺は「ヒキノの椅子」を取り出し、男の頭をコツン、と軽く叩いた。
「うっ」
この椅子には《気絶強化S+》が付与されている。
男は気を失い、その場に倒れ込んだ。
ふう。
これで一件落着、か?
念のため【エネミーレーダー】や【エネミーレーダー・収束】を発動させるが、魔物の反応はない。
どうやら戦闘終了のようだ。
「ふう」
一息ついたところで、ふと、さっきネクロアースで蘇らせたニードルタートルと目があった。
「お疲れさん、ありがとな」
「きゅい!」
俺がネクロアースを解除すると、ニードルタートルはやけに可愛らしい鳴き声をあげて、土へと還った。
その魂は天に昇……らず、俺の体内に戻ってくる。
土のあるところなら、いつでもどこでも何度でも召喚できるらしい。
他の魂もまとめてネクロアースで復活させたら、不死身の軍団ができそうだな。
世界征服だって可能かもしれない。
まあ、やらないけどな。
世界なんて面倒くさい。
俺は気ままに生きていたいんだ。
* *
男のもたらした被害は、ごく小さなものだった。
魔物が暴れ始めてすぐの時点で、俺が駆けつけたからだ。
やっぱり早期発見・早期対応は大事だな。
被害といえば、ダークボアのせいで軽い怪我を負った人が数名だけ。
魔物の中にはブラックゴートもいたが、こちらは、酒場のメニュー表やチラシをもしゃもしゃと食べていただけだった。
……本当に紙を食べるのが好きなんだな、黒ヤギさん。
アンデッドになっても好物は好物のままらしい。
* *
ほどなくして衛兵が駆けつけたので、犯人の男を引き渡す。
男はいまだ気絶したままだ。
衛兵は、男をロープで縛りあげると、俺に向かって深々と頭を下げた。
「街を守っていただきありがとうございます! しかし、まさかニードルタートルを一撃で倒すとは……! どんな大魔法を使ったのですか?」
「ダーク・バーストだ」
「《竜殺し》殿、それはたしか最下級の攻撃魔法では……?」
「ああ。でも、ダーク・バーストで倒した」
「なんと……! 剣だけでなく、魔法においても超一流なのですな……!」
衛兵は「おお!」と感嘆のため息を洩らした。
そのときだった。
俺と衛兵は道のまんなかで話していたのだが、ふと、遠くに人影が見えた。
小柄な、銀髪の少女。
リリィ・ルーナリア。
王都の魔法学院に通う14歳で、以前、ロリコン魔術師に絡まれたところを俺が助けた。
お礼に「月見花のしおり」を貰っている。
花言葉は「あなたを忘れない」「永遠の愛」「深い感謝」で、おそらく「深い感謝」の意味だ。
リリィはいま、用事があってトゥーエの街に滞在しているはずだ。
それなのに、どうしてスリエの街にいるんだろう?
……などと思っていたら、リリィと目が合った、ような気がした。
リリィはピクッと身を震わせると、横の路地へと駆け込んでしまう。
いったいどうしたんだ?
これがアニメやマンガだったら「まあいいや」と放置するところだ。
そして後になって「あのときリリィを捕まえて話を聞いておけば……!」みたいな展開になる。
俺は詳しいんだ。
現実とフィクションは区別すべきだろうが、これは放置するとマズいやつだ。
ブラック企業の社畜としていくつもの炎上案件に関わってきたカンがそう告げている。
俺はアイテムボックスを開き、衣装をチェンジした。
ディアボロス・アーマーが消え、代わりに、フェンリル生地のスーツが俺の身体を包んだ。
衛兵に「事件の関係者かもしれない子を捕まえてきます」と言い残し、《神速の加護S》を発動させた。
リリィを追いかける。
向こうはそこまで足が速くないらしく、狭い路地に入ってすぐの場所で追いつくことができた。
この日のリリィは銀髪をふたつのリボンでまとめていた。
いわゆるツインテ―ルの髪型で、走るたび、ゆらゆらと揺れている。
俺はリリィの右手を掴んだ。
ぐい、と引いて、こちらを向かせる。
それでも逃げようとしたので、壁にドンと手をついて、退路を塞いだ。
俺のほうがずっと背が高いので、ちょうど見下ろすような形になる。
「……リリィ、どうしてここにいる?」
「あ、うぅ……」
リリィは顔を真っ赤にしていた。
おそらく全力疾走で息が上がっているのだろう。
「答えてくれるまで逃がすつもりはない。……君は、あの男について何か知っているのか?」
「ええ、と、その……」
リリィは上目遣いでこちらを見上げてくる。
その瞳は、すこし、潤んでいた。
「は、話す……話すから、すこし、待って、ください。……ドキドキして、心臓が、爆発しそう」
そう長い距離は走っていないのに、ずいぶんと辛そうだ。
リリィ、体力ないんだな……。
本年は大変お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
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では、よいお年を!




