第10話 冒険者ギルドで情報を集めてみた。
俺たちはスリエの街で1泊したが、翌日、強力な魔物とやらが現れたせいで馬車の運行が止まってしまった。
このまま事態が過ぎ去るのを待つか、強行突破するか。
まずは判断材料が欲しいところだ。
俺とアイリスはそれぞれ、手分けして情報収集にあたることにした。
「俺は冒険者ギルドに行ってみる。アイリスはどうする?」
「あたしは……そうね、集会場に行ってみるわ」
集会場?
初めて聞く言葉だ。
いったい何の集会場だろう?
「コウはあんまり意識してないけど、あたしって、竜人族なのよね」
アイリスは自分の耳の上からピンと伸びる竜角を指さした。
「竜人族の集会場ってことか?」
「竜人だけじゃなくって、エルフやドワーフ、獣人なんかも来るわ。どんな街にも必ずひとつ、亜人の集会場みたいなものがあるの。少数派どうし助け合いましょう、ってことね。表に出ないような情報やアイテムが出回ったりもするから、それなりに役立つのよ」
要するに“裏のルート”というやつだろう。
ちょっと中二心がくすぐられる話だ。
「集会場のことって、部外者の俺に明かしてもいいのか?」
「教えるだけなら大丈夫よ。さすがに集会場には入れないけどね。……どうしても行ってみたいなら、方法がないわけじゃない、けど」
変装でもすればいいのだろうか?
……などと考えていたら、予想外の答えがアイリスから返ってきた。
「ええと、あたしの恋人ってことで招待するとか、そういうのならギリギリセーフになるん、だけど……あはは、冗談、冗談だから気にしないで、うん……」
アイリスは自分の冗談に照れてしまったのか、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
なんだこのこそばゆい空気。
道行く奥様が「初々しいわぁ……」とため息をついて通り過ぎていった。
アイリスはやがてパッと顔を上げると、「あ、あたし、そろそろ行ってくる! コウも情報収集、頑張って!」と早口で言い、裏路地のほうへと走っていった。
……えーっと。
「とりあえず、冒険者ギルドに行くか」
俺は歩き始める。
この街……スリエは、ちょっとした観光地だったりする。
スリエそのものはごく平凡な宿場町だが、周辺には大昔の戦場跡などが残っており、観光ツアーが定期的に催されている。
たとえるなら関ヶ原みたいなものだろうか。
大通りは観光客が多いものの、みな、不安の表情を浮かべている。
きっと魔物のせいだろう。
馬車が止まったことはすでに知られているらしく、あちこちで噂になっていた。
「定期便が止まるほどの魔物って……ヤバいんじゃねえのか?」
「メイヤード伯爵領は治安がいいって聞いてたのに……」
「伯爵領だけじゃねえ、王国のあっちこっちで魔物がらみの事件が起こってるみたいだぜ」
「オーネンのほうでも魔物の群れが出たんだって? しかも、黒い竜が出たとか」
「それなら知ってるわ。《竜殺し》って人が退治したみたいよ。はぁ、この街に来て、魔物をやっつけてくれないかしら……。やっつけてくれたら、うちの店でいっぱいサービスしてあげるのに」
《竜殺し》ですどうもどうも。
……名乗り出るつもりはないけどな。
やがて冒険者ギルドに到着した。
ギルドの建物は2階建てだが、横に広く、食堂が併設されている。
窓口は3つあり、2つはすでに埋まっていた。
残り1つのところには、茶髪で小柄な受付嬢が座っていた。
「すみません、いいですか?」
「はいっ! クエストの発注ですね!」
受付嬢は満面の笑みを浮かべて……不思議なことを言った。
発注?
「わたし、新人ですけど観察力と推理力には自信があるんです。お兄さん、すっごく高そうな服を着てますよね」
受付嬢の言う通り、いまの俺はスーツを着ている。
もちろんフェンリル生地のものだ。
「冒険者がそんな上等なものを着てるわけがないですし、お兄さん、どこかの大商会の若旦那ですね。期日までに荷物を港町まで運びたい、けれど魔物のせいで街から出られない。いちかばちか、高ランクの冒険者を雇って強行突破! みたいなことを考えてたりしません?」
「いや、俺は冒険者なんだが……」
どうやら服装のせいで誤解させてしまったらしい。
俺はアイテムボックスを開き、ディアボロス・アーマーを選択する。
スーツが消え、代わりに、漆黒の鎧とマントが現れる。
どうだろう、これで少しは冒険者らしい雰囲気になっただろうか。
受付嬢を見れば、ポカン、とした表情でフリーズしていた。
「えっ……? えっ? や、やば、鎧、めっちゃアリなんですけど……」
受付嬢の口から、そんな呟きが漏れる。
丁寧語が崩れているが、これが素なのかもしれない。
「そ、そのっ、ぎ、ぎ、ギルドカード、見せてもらって、いい、です?」
「ああ、確認してくれ」
俺はギルドカードを取り出し、受付嬢に手渡す。
受付嬢はそれを銀色の箱に通して確認し……目を丸くした。
「……Fランク!? そんな魔王みたいな鎧なのに、駆け出しのFランクなんですか!?」
その声はとても大きく、ロビー中に響き渡った。
ロビーには冒険者たちの姿も多く、一斉に視線が向けられる。
「あの兄ちゃん、Fランクなのか。駆け出しなら親切にしてやらねえとな」
「新人のくせに上等な鎧じゃねえか。防具をきっちり揃えるヤツは伸びる。有望株だな」
「無名のうちにパーティに誘っておくか……?」
なんだか好き放題言われてるが、まあ、どうせ外野の意見だ。
放っておけばいい。
俺が肩をすくめていると、再び、受付嬢が大声をあげた。
「討伐履歴、ダークボア2208匹、ロンリーウルフのオスが1812匹、メスが2463匹、ブラックゴート2028匹、パンチラビット2184匹……なにこれ、ありえないんですけど!?」
受付嬢はよほど驚いているのだろう、口調が素に戻っていた。
「それに、極滅の黒竜って……。まさか、オーネンの《竜殺し》……!?」
「ああ」
俺は頷いた。
ここまで騒がれてしまったら、わざわざ正体を隠す必要もない。
むしろ素性を明かしたほうが情報収集もスムーズに進むだろう。
受付嬢は「ひゃああああああ!」と声をあげながら席を立った。
それから、ものすごい勢いで頭を下げ始める。
「し、し、失礼しましたっ! ぼ、ぼ、冒険者ギルドへようこそっ! え、ええっと! わたし新人なので、と、とりあえずギルドマスターを呼んできます! 困ったときは上に丸投げしろって、先輩も言ってました!」
俺は魔物の情報が知りたいだけで、ギルドマスターまで引っ張り出さなくてもいいのにな。
……とは思ったものの、受付嬢はすでにギルドの奥へと全力ダッシュしていた。
元気のいい新人だ。
Fランクとか《竜殺し》とか、個人情報を叫びまくるのはどうかと思うが、そのあたりはきっと「先輩」からお説教コースだろう。
隣の窓口で受付嬢をやっているお姉さんが「先輩」らしく、ものすごく険しい表情を浮かべていた。
ほどなくしてギルドマスターがやってきて、俺は魔物についての資料を手に入れた。
なるほど。
これはなんというか……いろいろと試せそうな魔物だ。
俺が資料を読み終えたのとほぼ同じタイミングで、ギルド職員のひとりがロビーに駆け込んでくる。
「た、大変です! れ、例の魔物が! 街に近付いています!」
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