第8話 旅先で、タチの悪い魔術師をぶちのめしてみた。
朝、俺は城門のところでアイリスを待っていた。
アイリスは寝坊したらしく、時間ギリギリで駆け込んできたわけだが、なぜか「竜の腕輪」を指につけていた。
理由を訊いてみると、アイリスはこう答えた。
「りゅ、竜の腕輪って《自動サイズ調整A+》が付与されているでしょ? 実際、どこまでサイズが変わるのか気にならない? 気になるわよね? だ、だ、だから実験してたの。ええ、実験よ、実験」
たしかに実験は重要だ。
元ゲーマーとしてその発想にはとても共感できる。
新しいアイテムが手に入ったら、いろいろと試したくなるよな。
ちょっとアイリスの様子がおかしい気もするが、たぶん、遅刻に焦って全力疾走してきたせいだろう。
顔も赤いし、息も荒い。
アイリスは竜の腕輪を指から外すと、あらためて、左の手首に付け直した。
指輪サイズにも腕輪サイズにもなるって、《サイズ調整A+》、ホントに便利だな……。
おっ。
ひとつ、いいことを思いついた。
俺はアイテムボックスから「黒竜の盾」を取り出す。
こちらは《偽装S》が付与されており、その形状を自由に変えられる。
ふだんは腕輪型にしておいて、必要に応じて盾に戻すのはどうだろう?
「……やってみるか」
俺が念じると、盾はすぐさま姿を変える。
それなりのサイズだったはずの盾は、いまや、小さな腕輪となっていた。
デザインは「竜の腕輪」とほとんど同じにしてみた。
違いといえば、ルビーの有無くらいだ。
「これでアイリスとお揃いだな」
しばらくのあいだ一緒に旅をするわけだし、ユニフォーム的なもので連帯感を高めるのもいいだろう。
アイリスからのウケもよく「えへへ……お揃いだねっ」と嬉しそうに喜んでいた。
* *
旅の予定を確認しておこう。
今回の目的地は王都だが、オーネンから陸路で行こうとすれば、途中、いくつもの山々が邪魔をしている。
まずは港町をめざし、そこから船で王都へ向かうのはどうだろう?
アイリスに相談してみると、賛成の返事が返ってきた。
「そのプランで大丈夫よ。山越えを繰り返すのは現実的じゃないもの。……というか、コウってけっこう旅行慣れしてるのね。駆け出しの冒険者って、陸路ばっかり考えて、海路とかあんまり思い浮かばないもの」
それはたぶん、俺が現代日本の出身だからだろう。
学校では遠足やら修学旅行、社会人になってからも出張や出向がつきものだ。
昔の人々は、自分が生まれた村や街から一歩も出ないまま人生を終えることが多かったらしいし、それと比較すれば、俺の旅行経験はものすごく多いのかもしれない。
オーネンからは馬車の定期便があちこちに出ており、俺たちはそのひとつに乗り込む。
魔物やら盗賊やらに襲われることもなく、やがて日が傾きかけたころ、馬車は宿場町へと到着した。
宿場町トゥーエ。
今日はここに一泊し、明日はまた馬車の旅になる。
宿については『ささやく星亭』がオススメだと事前にミリアさんから聞いていたので、そこへ向かうことにした。
三階建ての煉瓦造りで、全体的におしゃれな雰囲気が漂っている。
どうやらアイリスの趣味に合っていたらしく、ちょっと嬉しそうだ。
「コウ、今夜はここに泊まるの?」
「ああ。もし嫌だったら他を探すから言ってくれ」
「ううん! すっごくいい感じ! ……というか、よくこんな素敵なところを知ってるわよね」
「知り合いに教えてもらったんだよ」
俺はそう答えて建物の中へと入る。
受付でおかみさんに部屋があるか尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「ええ、部屋なら空いておりますよ。お二人とも、同じ部屋になさいますか?」
おかみさんの言葉に、なぜかアイリスは戸惑っていた。
「え、ええっと、ど、どうする、コウ?」
「別々でお願いします」
俺は即答した。
さすがに男女同室はよくないだろう。
それに、俺だって気が休まらない。
おかみさんはなぜかクスクスと笑いながらアイリスの肩を叩いていた。
宿は朝食のみとなっており、夜は自分たちで店を探すことになった。
おかみさんによると『銀の牡牛屋』が一番とのことで、そこへ向かってみる。
看板メニューは『トゥーエ牛のとろとろ角煮』で、ためしに注文してみたら、本当にトロトロだった。
煮込まれた角煮が、舌の上でとろけて、脂と旨味が溶け出してくる……。
俺とアイリスは大満足で『銀の牡牛屋』を出た。
「あー、おいしかったー! コウ、これからどうする?」
「明日も早いし、宿に戻るか」
「賛成! 馬車の旅って気付かないあいだに疲れがたまっちゃうし、早く寝た方がいいわよね」
アイリスはとても機嫌がいいらしく、俺の隣を歩きながら「~♪」と鼻歌を歌っている。
酒は飲んでいないが、旅の空気に酔って、陽気になっているのかもしれない。
やがて俺たちは大きな通りに出た。
……宿まであと少しのところで、なにやら、喚き声が聞こえてきた。
何かあったのだろうか?
気になって目を向けてみる。
トラブルは大通りの反対側で起こっていた。
ローブ姿の中年男が2人、酔っぱらった様子のまま銀髪の少女に絡んでいたのだ。
「ひひっ、お嬢ちゃんも魔術師なんだろう? 魔術師どうし、じーっくり朝まで語り合おうじゃないかぁ。宿でねぇ」
「まさか断ったりはしないよねぇ? ぼくたちは2人とも優秀な魔術師なんだよぉ? 逆らったら……わかるよねぇ?」
男たちはニマニマと好色そうな笑みを浮かべ、欲望まみれの視線を少女へと向けていた。
道行く人々は、巻き込まれるのを嫌ってか、遠巻きに眺めつつ早足に通り過ぎるばかりだった。
誰の助けも得られず、銀髪の少女はオロオロと戸惑うことしかできない。
少女は、おそらく14歳か15歳くらいだろう。
かなり幼い印象を受ける。
……放置はしておけないな。
このまま見て見ぬフリで宿に戻れば、きっと、少女がどうなったか心配になって夜も眠れない。
俺の安眠のためにも、ここは介入させてもらう。
正義の味方を気取るつもりはないが、悪いオトナから子供を守るのは、社会人の義務だからな。
「アイリス、ちょっと行ってくる」
「……うん、コウはそういう人よね。わかってる。あたしは何をしたらいい?」
「街の衛兵を呼んでおいてくれ。この手のトラブルは、公権力をうまく使うのがコツだからな」
* *
俺は通りを横切って、少女のほうへと向かう。
少女もこちらに気付いたらしく、探るような視線を向けてくる。
――助けてくださいますか?
そう言いたげな表情だ。
俺は強く頷いた。
言葉はまったく交わしていないが、それで意思疎通は成立したらしい。
少女は意を決したような表情を浮かべると、タタタッ、とこちらに駆け寄ってくる。
「た、助けてくださいっ」
「どうした?」
「あ、あの人たちが、ずっと絡んできて……わたし、怖くって……」
少女は俺の後ろに隠れると、よほど怖かったのか、スーツの裾を掴んだままブルブルと震え始める。
俺が男たちに目を向けると、相手は顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。
「なんだお前は! わ、我々は、魔術師だぞ!? ま、魔法も使えない凡人が出しゃばるんじゃない!」
「そ、そ、その子を渡せ! お、おまえっ! い、いやらしいことをするつもりだろう!」
いやらしいことをするつもりなのは、おまえたちだろう。
……いろいろとツッコミを入れたくなるけども、俺はあえて何も言わない。
酔っ払いとマトモにコミュニケーションなんて取れるわけがないしな。
喋るだけ時間の無駄だ。
いずれアイリスが衛兵を連れてくるだろうし、俺はそれまで少女の盾になっていればいい。
魔術師のほうから手を出してこない限りは、平和的に終わらすつもりだ。
そう、平和的に終わらせるつもりだったのだ。
「わ、私はなぁ! 【火魔法】スキルをランク8まで高めた男だぞ!」
魔術師の片方が、こちらに向けて片手を突き出した。
やや呂律の怪しい声で、呪文を唱える。
「我が魔力よ、この手に集いて敵を燃やし貫け、ファイアアロー!」
すると、ポヒュン、という小さな音ともに火の矢が現れ、俺のほうへと飛来する。
俺はすぐさま「黒竜の盾」を本来の形状に戻した。
《偽装S》を発動させたままだと、《魔力反射S+》が発動しないからだ。
「ははははっ! 盾ごときで魔法が防げるわけがないだろう!」
魔術師は見下したような笑い声をあげる。
さて、それはどうだろうな?
ファイアアローは盾に当たると、180度反転し、魔術師のほうへと向かっていった。
「う、うわああああああっ!?」
ファイアアローは魔術師の頭髪を灰に変え、そのまま空の彼方へと消えていく。
魔術師にとってこれは予想外の事態だったらしく、腰を抜かし、その場に尻餅をついてしまう。
「ひいいいいいっ!? 火、火、火がぁっ!? 火いいいいいいっ!?」
どうやらパニックを起こしたらしく、頭を押さえて叫びまわると、やがて気を失った。
もう1人の男はというと、憤怒の表情でこちらを睨みつけていた。
ただし目の焦点は合っておらず、酒のせいで正常な判断力を失っているのだろう。
「よ、よくも、ぼくたちに逆らったなぁっ!? 闇魔法で吹き飛ばしてやる! ――深淵の暗闇よ、我が敵を灰すら残さず消滅させろ! ダーク・バースト!」
これも盾で弾き返すか?
いいや、闇魔法ならもっと適切な装備がある。
俺はアイテムボックスから「ディアボロス・アーマー」を選択する。
漆黒の鎧がすばやく俺の身体を包んだ。
《暗黒の王S+》が発動し……俺はこの瞬間、最高位の闇魔法使いとなる。
右手を伸ばす。
男がダーク・バーストに使おうとしていた闇の魔力、そのコントロールを奪い取る。
暴発しろ。
闇色の閃光が弾け、男は吹き飛ばされる。
「うわぁぁぁぁっ!?」
いちおう、威力は手加減しておいた。
多少の打撲で済むだろう。
ほどなくしてアイリスが衛兵を連れてきてくれた。
俺はあくまで軽い事情聴取だけで済んだ。
被害者にあたる銀髪の少女がいろいろと証言してくれたからだ。
男たち2人は牢屋に入れられ、王都の魔術師協会へと護送されるらしい。
街中で攻撃魔法を使うのは大きな罪であり、魔術師の法によって厳しく裁かれるとか。
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