第3話 やり手の商人と知り合いになった。
アーマード・ベアは今まさに商人へと噛みつこうとしていた。
俺はヒキノの木槍を握り、狙いを定め、助走をつけて……投げつける!
槍はまるでミサイルのような速度でアーマード・ベアへと向かい、その頭を横合いからブチ抜いた!
その衝撃でアーマード・ベアの頭部は身体から離れる。
首のもげた身体はそのまま地面にドサリと倒れた。
「……よしっ」
仕留めた。
我ながら見事に決まったので、思わず、小さくガッツポーズをする。
生き物を殺したことによる動揺はほとんどなかった。
それよりも、商人を無事に助けることができて本当によかった。
商人はしばらくのあいだ戸惑っていたが、やがて俺の存在に気付くと、大きく頭を下げてから手を振ってきた。
こちらが手を振り返すと、商人はタタタッと駆け寄ってくる。
「いやあ、助かりました! ありがとうございます、ありがとうございます!」
商人は何度も何度も頭を下げると、俺の手を握ってブンブン振り回していた。
ちょっと気恥ずかしいが、感謝されるのって、悪くないな。
* *
アーマード・ベアを倒したことで俺のレベルは大きく上がっていた。
具体的には、レベル1からレベル8へ。
おかげでHPは50から130に、MPは1000から1800になり、さらにはスキルも追加された。
【魂吸収】という物騒な名前だが、なかなか面白い効果を持っている。
『魂吸収:ランクEX
倒した魔物の魂を【創造】素材としてストックできる』
そういうわけで、いま、俺のアイテムボックスには「アーマード・ベアの魂」がストックされている。
『アーマード・ベアの魂
説明:アーマード・ベアの魂。肉体を失っても、その魂は闘争を求めている』
いずれ機会を見て、【創造】の素材に使ってみようと思う。
……なんだか、血を求めてやまない魔剣が生まれそうな気がするけどな。
さて、俺が助けた小太りの商人だが、名前はクロムさんと言うらしい。
「このたびは助けていただきありがとうございます。申し遅れましたが、私はクロム、見てのとおり商人をやっております」
「自分はコウと言います。ええと……」
ううむ、どう自己紹介したものだろうか。
正直に「異世界から来ました」と告げても大丈夫なのか?
異世界召喚が当たり前の世界ならいいんだが、そうじゃないなら、トラブルを招く可能性も高い。
困って視線を逸らすと、ちょうど、アーマード・ベアを倒すのに使った木槍が目に入った。
俺は、地面に転がったままの木槍を手に取ると、その穂先に刺さったアーマード・ベアの頭を高く掲げてこう自己紹介した。
「見ての通り、木工職人をやっています」
「いや……まったく職人には見えないのですが……」
ですよねー。
俺も無理があると思った。
獲物の首を掲げてみせるとか、どこの蛮族だよ、と自分で自分にツッコミたい。
とはいえいまさら撤回するのも微妙なので、俺はアイテムボックスから「ヒキノのテーブル」を取り出した。
「これも俺の作品です。クロムさんの目から見てどうですか?」
「何もないところからテーブルが……? いや、それよりもこのテーブル、ぬぬっ……!」
クロムさんの表情がにわかに引き締まる。
先程までは「人の良さそうな小太りの男性」という印象だったが、いまは鋭い眼光でテーブルを観察している。
いかにも「やり手の商人」といった雰囲気だ。
「このテーブルは素晴らしい出来ですな……。ヒキノ材のぬくもりを生かしつつ、断面を美しく仕上げている。貴族家に調度品として売り込めば、たちまち注文が殺到するでしょう」
ほう、これはいいことを聞いた。
渡る世間はカネばかり、という言葉がある……かどうかは不明だが、見知らぬ土地で生きていくにあたって最大の障害は「どうやってお金を稼ぐか?」だろう。
俺の場合、【創造】のおかげで食うには困らなさそうだ。
「コウ様、もし他にも作品があるのなら見せて頂けませんか?」
「構いませんよ。ただ、種類も数も多いので……」
「おお、そうですか。でしたらこの先のオーネンという街に私の屋敷がありますので、そこで拝見させてください」
というわけで、俺はクロムさんに連れられ、街へ向かうことになった。
移動手段は荷馬車……といきたいところだが、アーマード・ベアに襲撃されたとき、護衛だけじゃなく御者も馬も逃げてしまっていた。
「こうなっては仕方ありませんな。歩くとしましょう」
「荷物はいいんですか?」
馬車にはかなりの荷物が載っている。
クロムさんは商人だというし、おそらく、前の街で仕入れた商品などだろう。
「商品は惜しいですが、運びようがありませんからな。アーマード・ベアに襲われて生き残っただけでも儲けもの、ということにしておきましょう。なにせ、Aランクのモンスターですしな」
Aランクというのがどれくらい強いかは不明だが、話の流れからするに、かなり強いモンスターなのだろう。
まあ、そもそも熊って時点でヤバいのは確定だ。
現代日本でも、一般人が熊に出くわしたら死亡フラグだしな。
俺がひとりで納得していると、クロムさんは最低限の荷物だけ持って馬車を離れた。
とはいえ商品を置いていくことには抵抗があるらしく、表情はあまり明るいものじゃない。
「クロムさん、もしよければですけど、俺のアイテムボックスで運びましょうか?」
「おお、コウ様はやはりアイテムボックス持ちでしたか。先程はテーブルをどこから出したのか不思議でしたが、やはり、そういうことだったのですね。……とはいえ、さすがにこの荷物は多すぎるでしょう」
「あ、大丈夫です。容量、無制限なので」
「容量無制限!?」
クロムさんは目を丸くする。
この驚きぶりから考えるに、普通のアイテムボックスは容量制限がなされているようだ。
俺は荷物に手を触れると、「収納」と頭の中で唱えた。
すると、一瞬にして荷馬車はその場から消え去っていた。
荷物も、馬車も、まるごとだ。
脳内でアイテムボックスのリストを開くと「預かりもの」欄が増えており、そこには「クロムさんの荷馬車」というアイコンが追加されていた。
「無事に収納できたみたいです」
「なんと……」
クロムさんは驚きすぎて言葉もないらしく、しばらくの間、まばたきを繰り返していた。
「アイテムボックスといえば、どれだけ頑張ってもテーブルを二、三個ほどが容量の限界と聞いています。コウ様はいったい何者なのですか……?」
「ええと……ふつうの木工職人、かな?」
「一撃でアーマード・ベアを倒したり、容量無制限のアイテムボックスを持っているのが普通なら、世界はきっと木工職人に支配されていますよ」
なるほど。
またひとつ重要な情報を手に入れてしまった。
やはり、俺の能力はこの世界の常識に当てはめると規格外であるようだ。
俺はアーマード・ベアの死体と、戦いに使った木槍をアイテムボックスに回収すると、あらためてクロムさんに話しかけた。
ひとつ、思いついたことがあったのだ。
「クロムさん、実は俺、山奥でずっと修行してたんです。だから世間の常識とかそういうの、全然わからなくって……」
「ああ、なるほど……」
クロムさんは納得したようにうなずいた。
どうやら信じてくれたらしい。
よし。
しばらくのあいだは「人里離れた山に籠っていたので常識に疎い職人」という設定で情報収集に努めよう。
俺はクロムさんと一緒に街道をゆっくり歩きながら、この世界の一般的な知識について色々と教えてもらった。
この世界には「スキル」という概念が存在する。
イメージとしては、ゲームに出てくるものを想定してくれればいい。
同じ分野でもスキルのありなしで大きく実力が異なる。
たとえば【鍛冶】スキルを持つ人間は、普通の人間が10年かけて辿り着く地点に、たった1年で到達するという。
スキルの取得条件ははっきりしておらず、生まれつき備わっているものもあれば、後天的に身につくものもあるらしい。
一人の人間が持つスキルの数は1~3個ほどで、多くとも5個とのこと。
なお、俺のスキルは【魂吸収】を含めて11個であり、人類の上限値を突破している。
いったいどうなってるんだ。
他にもいろいろとクロムさんに教えてもらっているうち、城壁に囲まれた街が見えてきた。
クロムさんの言っていた、オーネンの街だろう。
ファンタジーっぽい世界なのだから、やはりエルフや獣人なんかもいるのだろうか。
なんだかちょっとワクワクしてきたぞ。