第4話 遠慮なく伯爵を吹っ飛ばしてみた。
前半はセレンティーナ(伯爵の娘)視点です。
後半(☆マーク)からコウ視点に戻ります。
私ことセレンティーナ・ディ・メイヤードは、これまで多くの男性から求婚されてきた。
どうやら私の外見というのは男性にとって魅力的らしく、王都の舞踏会などで言い寄られたことも一度や二度ではない。
そのたびに「自分より弱い男に嫁ぐつもりはない」「私に勝てたなら結婚を考える」という条件を突きつけ、剣ひとつで求婚者たちを打ち破ってきた。
私は、女としてドレスで着飾るより、剣士として戦場を駆け回りたい。
父上や王都にいる兄上たちもその生き方を認めてくれているし、19歳の今日まで男性というものにはまったく興味を持っていなかった。
だが――
「儂は貴殿のことが気に入った。大いに気に入った。……もしよければ、うちの娘と婚約せんか? なかなかの美人と評判だぞ?」
父上がそんな提案をしたとき、コウ殿はすぐさま「遠慮します」と断ってきた。
いままで私はずっと縁談を断る側だったから、コウ殿の反応はとても新鮮に感じられた。
冗談めかした会話とはいえ、縁談を断られるのは初めての体験だったのだ。
そのあともコウ殿は私に対してほとんど興味を示さなかった。
まるで空気のような扱いだった、と言ってもいい。
貴族家の若い男性たちが鬱陶しいくらいにアプローチしてくるのとは大違いだ。
(なるほど、これが英雄というものか……)
私なりにそう納得しつつ、コウ殿の横顔をぼーっと見詰めていた。
おかげで、コウ殿と父上が何を話し合っていたのかあんまり覚えていなかった。
申し訳ない。
古代遺跡がどうのこうの、くらいは聞こえたような。
* *
ギルド地下の訓練場でコウ殿の剣技を見せてもらったあと、ここで父上の妙なクセが出た。
「コウ殿、よければ一度、手合わせ願えんか? 勝てるとは思えんが、貴殿の実力というものを見せてほしい」
父上は、相手が強者と見れば勝負を挑まずにいられなくなる。
どうやら今回もその悪いクセが出てきてしまったらしい。
普通に考えれば、コウ殿の圧勝だろう。
だが父上には今日まで重ねてきた実戦経験があるし、【猛将】という強力なスキルを持っている。
【猛将】を発動させると、3分間、身体能力に大きなブーストがかかる。
どのくらいのブーストかといえば、鋼鉄の城門をその拳で砕くほどだ。
スキルの使いようによっては、父上が勝つ可能性が……まあ、ないわけではない、かもしれない。
コウ殿と父上の戦いは、場所を移して行われることになった。
オーネンの街の中心部にある噴水広場だ。
当然ながら、街中からギャラリーが押し寄せてくる。
もともとオーネンの人々はノリが良くて陽気だが、魔物の群れのせいで緊張を強いられていたことへの反動もあってか、たちまちお祭り騒ぎになった。
そんななかで、父上は剣を手に取ると、コウ殿に対してこのように告げた。
「コウ殿、儂が領主だからといって遠慮することはないぞ」
「全力を出していい、ということですか?」
「うむ! コウ殿のすべてをぶつけてくれ!」
「分かりました。本気で行きます。よろしくお願いします」
コウ殿は深く頭を下げた。
強いだけでなく、礼儀も正しい。
私としては好感の持てる態度だ。
なんだか嬉しくなって、うんうん、と頷いていると、ギャラリーたちの話が聞こえてくる。
「なんだなんだ、何があった?」
「領主さまと《竜殺し》が戦うらしいぜ!」
「マジかよ、《竜殺し》が《領主殺し》になっちまうのか!」
「いやいや、さすがの《竜殺し》も手加減するだろ?」
「けど、《竜殺し》のやつ、冒険者ギルドの登録試験で試験官をボコボコにしたって噂だぜ」
「それなら耳に挟んだことがあるぞ。なんでも、ハンマーで殴り飛ばして、相手を壁にブチ込んだとか」
「……なあ、《竜殺し》のやつが持ってるのって、ハンマーだよな」
住民のひとりが言ったとおり、コウは木製の大きなハンマーを構えていた。
あんなもので殴られれば、いくら父上であろうと大怪我を負ってしまう。
……止めるべきか?
不安に思って父上のほうを見ると、ちょっと顔が引き攣っていた。
☆ ☆
俺に対してメイヤード伯爵は「領主だからと言って遠慮することはない」と言った。
だったら、接待プレイなんてのはもってのほかだろう。
全身全霊をぶつけさせてもらう。
試合の審判は、ギルドマスターのジタンさんだった。
戦いが始まる前に、ルールの確認をしてくれる。
「試合開始前のスキル発動は禁止とします。試合終了の条件は、どちらかが武器を落とすか、『まいった』と言った場合です。なお、こちらで危険と判断したときは止めに入るかもしれません。コウくん、領主様、よろしいですか?」
俺は頷いて答える。
「ああ、問題ない」
「……うむ」
メイヤード伯爵はすこし緊張しているのか、やけに口数が少なかった。
「では……はじめ!」
ジタンさんの掛け声と同時に、俺はスーツの付与効果のひとつ、《神速の加護S》を発動させる。
風よりも早く疾走し、一瞬でメイヤード伯爵に肉薄した。
メイヤード伯爵はなにやらスキルを発動させようとしていたが、こちらの方がずっと早い。
「はああああああああああああっ!」
俺は、下からすくいあげるようにハンマーを振り抜いた。
手応え、あり。
メイヤード伯爵の巨体はロケットのように垂直方向へと打ち上げられる。
「儂が、飛ぶ……!?」
いちおう言っておくと、このハンマーは「ヒキノの大槌」だ。
《手加減S+》が付与されているもので、どれだけボコボコにしてもダメージは発生しない。
とはいえ、街中で考えなしに相手を吹っ飛せば、建物を壊して二次被害につながってしまう。
そこでメイヤード伯爵には、ほぼ真上に飛んでもらうことにした。
やがてメイヤード伯爵の巨体は、重力に引かれて自由落下を始める。
自由落下って言うけど、落ちてる本人にできることはないから、言葉ほど自由じゃないよな。
「ぬおおおおおおおおっ!?」
メイヤード伯爵が落ちてくるところを、両腕で器用にキャッチする。
なお、落下の衝撃はすべてスーツの《物理ダメージ遮断A》が消してくれた。
「……そ、そこまで!」
審判のジタンさんが声を張り上げると、ギャラリーたちは喝采をあげた。
メイヤード伯爵はこの結果に大満足だったらしく、「空の旅は素晴らしかったぞ!」と嬉しそうに語っていた。謝礼として報奨金を1億ほど上乗せしてくれるらしい。
それはとてもありがたい話なのだが、ひとつ、予想外のことがあった。
俺とメイヤード伯爵の試合には多くのギャラリーたちが詰めかけていた。
おかげで俺の顔がオーネンの人々に知られ、街を歩けば「《竜殺し》の兄ちゃんじゃねえか! 握手してくれよ!」とか「《竜殺し》! メシならうちの店で食っていきな! タダにしておくぜ!」などと、やたら声を掛けられるようになってしまったのだ。
嫌われてるよりは好かれている方がいいのだが、さすがにちょっと照れくさい。
ミリアさんに相談してみたら「ほとぼりが冷めるまで、王都にでも行ってみたらどうでしょう? ……わたしも、王都のギルド本部に呼ばれてますし」と言われた。
それもアリだな。
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