第2話 いろんな人に感謝されてみた。領主まで駆けつけた。
翌朝の目覚めは爽快だった。
これにはちょっとしたタネがある。
「パンチラビットの毛皮」から【創造】できるレシピのひとつに「うさみみパジャマ」というのがあり、昨夜はこれを着て眠ったのだ。
付与効果は《安眠A》《睡眠効果上昇A+》《快適S+》の3つ。
おかげで昨日の疲れはまったく残っておらず、気持ちよく起きることができた。
とはいえ世の中そうそう甘くない。
ひとつだけ大きな問題があった。
「29歳のおっさんがうさみみのパジャマで寝るのって、ちょっと変態チックだよな……」
俺は部屋の鏡の前に立ち、自分の姿をあらためて眺める。
変態というか、売れないお笑い芸人みたいな雰囲気が漂っている。悲しい。
「……着替えるか」
俺はパジャマを脱ぐと、手早く身支度を整えた。
着るのはもちろんフェンリル生地のスーツだ。
部屋を出て、宿のロビーに降りると、見知った顔に出会った。
メガネの優男……考古学者にして公爵家の四男坊であるレリック・ディ・ヒューバーグだ。
どうしてこんなところにいるんだろう……って、そういや俺と同じく『静かな月亭』に泊まってるんだったな。
「コウさん、おはようございます!」
レリックは俺の姿を見るなり、パタパタとこちらに駆け寄ってきた。
まるで親犬を探していた子犬のような勢いだ。
「コウさんの活躍、聞きましたよ! 魔物の群れをひとりで全滅させて、しかも、竜まで討伐したそうじゃないですか! すごいなあ! すごいなあ! これ、勲章ものですよ! もしかしたら叙爵されて貴族になっちゃうかもしれませんよ!」
レリックは興奮のあまり、ロビーじゅうに響き渡るほどの大きな声を出していた。
おかげでロビーにいた他の客にも丸聞こえだったわけだが、それが思わぬ結果をもたらした。
「……もしや、貴方が噂の《竜殺し》殿ですかな?」
声を掛けてきたのは、シルクハットを被った初老の紳士だった。
《熊殺し》ではなく《竜殺し》と呼ばれたが、たぶん、昨日の話がすでに広まっているのだろう。
「このたびは街を救ってくださりありがとうございます。いやはや、魔物の群れが現れたと聞いたときは死を覚悟しましたが、《竜殺し》殿がいてくださって本当によかった。……ああ、申し遅れました。わたくし、ダイス・ムーブと申します。王都を中心にあちこちでカジノを営んでおりますが、このたび、オーネンにも進出したところだったのですよ。招待状を用意しますので、ぜひとも遊びにいらしてください」
ダイスさんはシルクハットを脱ぐと、ぺこり、と丁寧に一礼した。
……それがきっかけになり、ロビーにいた他の客までもがゾロゾロと俺のところにやってきた。
「ありがとうございます、《竜殺し》さん!」
「まさか旅先でこんな事件が起こると思っていなくってね。本当に助かったよ。ありがとう」
「自分は王都でレストランを経営している者です。お礼と言ってはなんですが、一度、うちの店でご馳走させてください」
『静かな月亭』は高級宿だけあってか、客も上流階級が中心だった。
そんな人々が次から次へと俺のところにやってきては、感謝の念を伝えてくる。
ブラック企業で奴隷のように働かされていたころとは大違いだ。
うちの会社、「感謝」って概念が存在しなかったからな……。
* *
ロビーでの感謝ラッシュが終わったあと、俺は冒険者ギルドに向かうことにした。
昨日の戦いについてギルド職員たちが徹夜で報告書をまとめているはずなので、それを当事者の立場からチェックするためだ。
レリックも冒険者ギルドの近くに用事があるらしく、途中まで一緒に行くことになった。
昨夜のうちに安全宣言が出ていたおかげか、オーネンの街はいつもどおりの活気を取り戻していた。
「みんな元気だな……」
俺は呟かずにいられなかった。
ここが日本だったら、第二、第三の群れを警戒して、街はいまも静まり返っていただろう。
それに比べると、異世界の人々はずいぶん楽観的だ。
隣でレリックがこんなことを言う。
「まあ、いつ魔物に襲われるか分からない世の中ですからね。図太くなけりゃ生きていけませんよ。というか、度胸ならコウさんも大概ですよね」
「いや、俺はむしろ臆病なほうなんだが……」
「あははっ! やだなあ、コウさんったら。臆病な人は、たったひとりで魔物の群れに挑んだりしませんって!」
レリックは楽しそうに笑い声をあげる。
出会ってまだ日が浅いというのに、ずいぶんと懐かれたものだ。
「きっとコウさんのことだから、ここの領主にはめちゃくちゃ気に入られますよ。メイヤード伯爵っていうんですけど、英雄譚とかその手の話が大好きな人ですし」
そんな話をしているうちに、俺たちは冒険者ギルドに辿り着く。
レリックと別れてギルドの建物に入ると、窓口のところにミリアさんの姿を見つけた。
どうやら応対中のようだ。
ミリアさんの前には、立派な身なりをした大柄の中年男性と、鎧姿の若い女性が立っている。
一見すると、貴族とその護衛、といった雰囲気だ。
女性は長い金髪をポニーテールのようにまとめていて、その横顔は綺麗に整っていた。
他の窓口が開いていないので、俺はこの2人の後ろに並ぶ。
すると、ミリアさんが俺に気付いて声をあげた。
「あっ、コウさん!」
それにつられて、大柄な中年男性がこちらを振り向いた。
「ほほう、貴殿がかの《竜殺し》か!」
男性は顔の左側に深い傷跡があり、左眼を眼帯で覆っていた。
立派な口髭とあいまって、戦国武将のような風格だ。
「儂はランドルフ・ディ・メイヤード、つまりはこのメイヤード伯爵領の領主をやっている。……コウ殿の活躍はすでに聞いた。貴殿がいなければ多くの命が失われていただろう、心から感謝する」
男性……メイヤード伯爵はスッと右手を差し出した。
俺もそれに答えて右手で握手する。
メイヤード伯爵は満足げに頷くと、こんなことを言い出した。
「コウ殿は『極滅の黒竜』なる魔物を倒したと聞いている。もしよければ、その死体を見せてはくれんだろうか」
「わかりました。ただ、ここは狭すぎるので外に出ましょうか」
俺は右手でメイヤード伯爵と握手したまま【空間跳躍】を発動させる。
行き先は、街からすこし離れた草原にした。
「コウ殿、これはいったい……?」
メイヤード伯爵はいきなりの瞬間移動に驚いていた。
まあ、そりゃそうだよな。
事前にちょっと説明しておくべきだったかもしれない。
「俺のスキルで移動したんです。それじゃあ、死体を出しますよ」
俺はアイテムボックスから「極滅の黒竜の死体」を取り出した。
全長は50メートルほどだろうか、なかなかにデカい。
「コウ殿はこのような怪物をたったひとりで倒したというのか……! 素晴らしい……!」
メイヤード伯爵は感極まったのか、震えながら涙を流していた。
評価されるのは嬉しいが、ここまで大きなリアクションを取られると、さすがに戸惑ってしまう。
ともあれメイヤード伯爵も満足したようなので、死体をアイテムボックスに収納し、ふたたび【空間跳躍】で冒険者ギルドの窓口に戻る。
「ありがとう、コウ殿。貴殿の活躍ぶりはよく理解できた。……ところで、ひとつ相談があるのだが」
「ええと、なんでしょう?」
俺が尋ね返すと、メイヤード伯爵はとんでもないことを言い出した。
「儂は貴殿のことが気に入った。大いに気に入った。……もしよければ、うちの娘と婚約せんか? なかなかの美人と評判だぞ?」
俺は「遠慮します」と即答した。
* *
貴族とは仲良くしておきたいが、自分が貴族になろうとは思わない。
メイヤード伯爵の不興を買うかもしれないが、人生には、きっぱりNOを言うべき時がある。
それが今だと感じていた。
さて。
俺の返答に対して、メイヤード伯爵はどう反応したかというと……
「ガハハハハハハ! さすがだな、コウ殿!」
予想外の大・大・大絶賛だった。
「相手が権力者であろうと、媚びず、流されず、自分の意志を曲げずに伝える。やはり英雄はこうでなくてはな! いやはや、ますます気に入った! ……ちなみに、後ろにいるのが儂の娘だ」
メイヤード伯爵の後ろ。
そこには護衛の女騎士が立っている。
もしかして、護衛ではなく娘さんだったのだろうか。
「セレンティーナ・ディ・メイヤードだ。なんというか、わたしの父が迷惑をかけて申し訳ない……」
セレンティーナは、困ったような表情で頭を下げた。
まさか婚約話の相手がここにいるとは思っていなかったので、ちょっと気まずい。
向こうもそれを察してかこんなことを口にした。
「婚約のことは気にしないでくれ。むしろコウ殿が婚約話に飛びつくような人間でなくてよかった。その態度には好感が持てる。……ああいや、いまのは男女どうこうではなく、一般的な意味でだな…………」
セレンティーナは自分で自分の言葉に照れてしまったのか、あわあわと視線を逸らしてしまう。
なんだか不思議な子だなと思いながらその姿を眺めていると、後ろの窓口にいるミリアさんと眼が合った。
ミリアさんはなぜか安心したような表情を浮かべていた。
そのあと、俺たちはギルドの奥に場所を移し、戦いの事後処理について話し合うことになった。
いろいろと褒美がもらえるらしい。
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