エピローグ アイリスとディナーを食べてみた。
「一軒だけ開いてる店を知ってるわ。よかったら、一緒に行かない? 一杯くらいは奢るわよ、英雄さん」
アイリスは映画やドラマみたいに気取ったセリフで声をかけてきたわけだが、結果はなんというか、まあ、うん。
彼女がうっかりさんなのを再認識する結果となった。
「うそ……、さっき通りかかったときはまだ開いてたのに……」
アイリスに案内されて向かったのは小さな個人経営の居酒屋だった。
だが、店のドアは鍵がかかっており、店内の明かりはすっかり落ちている。
人の気配もしないし、今日はもう閉店してしまったのだろう。
「ど、どうしよう……。他に開いてる店なんて思い当たらないし、ええっと……」
アイリスはすっかりパニックを起こしている。
一方、俺はというと解決策を思いついてしまった。
「アイリス、古代遺跡に行くぞ」
「えっ、急にどうしたの?」
「遺跡には食料生産エリアがある。おせわスライムに頼めば、料理もしてくれるはずだ」
正直、俺の空腹はそろそろ限界だった。
アイリスの右手の甲に触れると、すぐに【空間跳躍】を発動させた。
食料生産エリアは巨大な農場となっている。
遺跡の再稼働はどんどん進んでいるらしく、昼間よりも田畑は広がり、果樹園なども作られていた。
ちょうど近くを一匹のスライムが通りかかったので、声を掛けてみる。
「ちょっといいか?」
「あっ、マスターさん! こんばんは! ……あれ? 女のひとを連れてるってことは、デートかな?」
「デ、デデデ、デート!?」
すぐ隣で、アイリスが動揺した声をあげる。
「べ、べ、別にあたしたちそういう関係じゃなくて、えっと、その……」
「ただの冒険者仲間だ」
俺はきっぱりと断言して、話を進めることにした。
いまは腹が減ってるんだ。
米なら大歓迎だがラブコメはいらない。
「そんなことより、夜遅くに申し訳ないが、何か食べるものはないか?」
「マスターさん、それなら耳寄り情報があるよ!」
スライムの頭部から、ぴょこん、と兎のような耳が飛び出した。
「居住エリアにレストランができたから、そこにいくといいよ! 24時間営業だよ!」
* *
居住エリアの住居は、昼に比べるとさらに40軒ほど増えていた。
これで合計50軒を超えたことになる。
家ばかりが増えて住民がゼロなのは寂しすぎるので、今後、きっかけがあれば居住者を募るのもアリかもしれない。……遺跡に住みたいなんて奇特な人間がいるかどうか微妙なところだが。
住宅地からすこし離れたところに、そのレストランはポツンと立っていた。
全面ガラス張りでお洒落な雰囲気を醸し出している。
中に入ると、コックの帽子をかぶったスライムが俺たちを出迎えた。
「いらっしゃいませ、マスターさん! おねえさん! こちらへどうぞ!」
スライムに案内され、窓側の席に座る。
テーブルにはメニューが置いてあり、品数はかなりのものだった。
何を食べようか迷っていると、向かいの席のアイリスと目が合う。
アイリスはどこか落ち着かない様子でそわそわしている。
「あのね、コウ。あたし、こんな高級そうなお店に来るの、初めてなんだけど……」
「いや、そこまで緊張しなくていいと思うぞ」
たしかに店構えは高級感に溢れているが、従業員はみんなスライムだ。
耳を澄ませばキッチンから「マスターさんがお客さんだよ!」「がんばろー!」「おー!」などと、スライムの可愛らしい声が聞こえてくる。
やがて一匹のスライムが注文を取りに来たので、俺は『温野菜のオリーブオイル和え』『古代風トマトドリア(大盛)』『おせわスライムのぷるぷるアイス』を頼んだ。
アイリスも空腹だったらしく、俺と同じものを頼んでいた。
結論から言うと、料理はどれも絶品だった。
俺もアイリスもひたすらガツガツと食べ続け、気が付くと皿がからっぽになっていた。
言葉を忘れるほどのおいしさ、というやつだ。
さすがにアイリスも緊張がほぐれてきたのか、食後はとても穏やかな雰囲気だった。
「あー、おなかいっぱい。コウ、素敵な店に連れてきてくれてありがとう。……それから、ごめんなさい。本当はあたしがお店に案内するはずだったのに」
「気にしなくていい。誰だってミスはある。……もし気にしてるなら、俺がやらかした時にでもフォローしてくれればいい」
「コウが失敗するなんて想像もつかないわ。今日だって、ひとりで魔物の群れを倒しちゃったじゃない」
「……うっかり山の頂上を吹き飛ばしたけどな」
「コウがその気になれば、すぐに元通りにできるんじゃない?」
「それは過大評価だ」
たぶん。
今夜はこのあと、ダークボアやら黒竜やらを解体して【創造】する予定だが、その結果、山を元通りにするアイテムが出てくる可能性だってあるしな。
「ところでコウ、あなた、竜とも戦ってたわよね」
「見てたのか?」
「あたしはAランク冒険者だから、いちばん山に近い場所に配置されたの。それに、竜人って人間よりもずっと眼がいいのよ。知らなかったでしょ」
アイリスはちょっと誇らしげに自分の眼を指差したあと……急に、真剣な表情に変わった。
「オーネンの街を守ってくれて、ありがとう。本当に感謝しているわ。コウがいなかったら、きっと、あたしも他の人たちもみんな死んでいたはずよ。あなたは命の恩人ね」
それからアイリスは、右手でそっと髪をかきあげた。
右耳の上から伸びる細い竜角が、かすかに揺れる。
それはアイリスが竜人であることの証だ。
「それから、竜の末裔のひとりとしても感謝させてちょうだい。あの黒竜を止めてくれてありがとう。……彼は、きっと、生きていてはいけない存在だったから」
「……彼?」
あの黒竜はどうやらオスだったらしい。
というかアイリスはなぜ黒竜の性別が分かるのだろう。
俺が首をかしげていると、アイリスがすぐに答えてくれた。
「あたし自身もうまく言えないけど、竜は竜同士、通じるものがあるの。あの黒竜は狂気に呑まれ、破壊と殺戮を繰り返すだけの怪物に成り果てていた。……もしあの黒竜にわずかでも正気が残っていれば、誇り高き竜族のひとりとして、一刻も早い死を望んでいたでしょうね。黒竜自身も、貴方に感謝しているはずよ」
* *
レストランを出たあと、俺たちは【空間跳躍】でオーネンの街に戻った。
もう0時を回って物騒だったので、アイリスを家まで送っていくことにした。
「あたし、Aランク冒険者なんだけど。そのへんの男には負けないわよ」
「強い弱いは関係ない。アイリスが心配だから送っていくんだ」
「……ああもう、普段は冷たいくせに、こういうときだけ女の子扱いするんだから…………」
「何か言ったか?」
「別に! 何も!」
「深夜に大声を出すな」
俺がしーっと自分の口元に指をあてて注意すると、アイリスはそっぽを向いてしまった。
ずいぶんと子供っぽい反応だが、たぶん、深夜のテンションが原因だろう。
会社で働いていたころ、徹夜中にいきなり幼児退行を起こす上司もいたしな。
アイリスの家はギルドから少し離れた住宅街にあった。
Bランク以上の冒険者は、ギルドを通して賃貸の家を借りることができるらしい。
「コウ、送ってくれてありがとうね」
「ああ、また明日な」
俺がそう口にすると、アイリスはとても嬉しそうに頷いた。
「うん、また明日! 明日こそ、あの居酒屋に連れて行くから!」
これにで第1章完結とします。
第2章は明日から開始です。魔物の群れや黒竜関連の【創造】からスタートします。
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