第30話 戦闘終了を報告してみた。
俺は黒竜を倒した。
けれど、戦いはまだ終わっちゃいない。
魔物はまだ少しだけ残っている。
「一匹残らず、駆除しておかないとな」
仕上げで手を抜くと、思わぬきっかけで大惨事になる。
たとえば、この戦いで仲間を失った魔物が復讐心でパワーアップを果たしてオーネンを壊滅させる……みたいな展開があるかもしれない。
悪いフラグは前もって潰しておくべきだ。
俺は【エネミーレーダー】や【エネミーレーダー・収束】で魔物の居場所を突き止めては、一匹一匹、きっちりと討伐していった。
「……これで、ラストだな」
最後の1匹を倒し終えたとき、夕陽はほとんど沈みかかっていた。
すでに星がキラキラと輝き始めている。
よし、帰ろう。
俺は【空間跳躍】を発動させる。
行き先は、冒険者ギルドのロビーだ。
ギルドのロビーは作戦会議室のような光景に変わっていた。
中央に机が固められ、その上にオーネン周辺の地図が広がっている。
職員たちは忙しそうにあちこちを駆けまわり、ギルドマスターは難しそうな顔でなにやら考え込んでいる。
……誰も彼もが自分のことで精一杯になっており、俺がいきなり現れたことに誰も気付かなかった。
いや、一人だけがすぐに気付いた。
「あっ、コウさん!」
ミリアさんだ。
俺を見つけると、パタパタと駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか!? 怪我はないですか? 竜が出たって報告もありますし、わたし、心配で……!」
ミリアさんの眼は潤んでいて、いまにも泣き出しそうだ。
俺のことをここまで気にかけてくれるなんて、本当にいい人だ。
ミリアさんが声をあげたことで、他の職員たちも俺の存在に気付いた。
ギルドマスターのジタンさんもこちらへ近付いてくる。
「コウくん、状況を教えてもらっていいかね?」
「魔物はすべて討伐しました。ひとまず、危機は去ったはずです」
「すべて、だと……!?」
ジタンさんはよほど驚いているのかして、眼をカッと見開いていた。
「まさか、こんなにも早く全滅させるとは……。疑うわけではないが、討伐履歴を見せてもらっていいかね……?」
「もちろんです。どうぞ」
俺がギルドカードを手渡すと、ジタンさんは職員に命じてあの銀色の箱を持ってこさせる。
横の溝にカードを通すと、半透明のパネルが空中に浮かび上がった。
パネルには俺が今回倒した魔物がまとめられており、合計討伐数まで計算されている。
それによると、俺はこの短時間で1万匹近い魔物を倒したらしい。
「……信じられん」
ジタンさんは愕然としていた。
「だが、ギルドカードにエラーがあるとは思えん。……凄まじい戦果だな、コウくん」
「ありがとうございます。念のため、他の冒険者に見回りをしてもらってください。討ち漏らしがあったら大変ですから」
魔物が残っていないことは【エネミーレーダー】や【エネミーレーダー・収束】で確認したが、世の中、どこにどんな見落としが潜んでいるか分からない。
ダブルチェックはすごく大事――社会人としての常識だ。
俺の提案に、ジタンさんは快く頷いた。
「分かった。すぐに手配しよう。……しかし君は謙虚だな。ふつうの冒険者なら『自分の活躍を疑うのか!?』と怒り狂ってもおかしくないというのに」
「疑うもなにも、口頭の報告をそのまま信じるほうが組織として問題あると思いますが……」
とくに今回は街の存亡がかかっているのだから、情報の裏を取ろうとするのは普通だろう。
俺としては当然のことを言っただけだ。
……だが、ジタンさんの反応は予想外なくらい好意的なものだった。
「素晴らしい」
ジタンさんは感嘆のため息を漏らす。
「冒険者には腕自慢が多いが、組織運営を理解できる者はほとんどおらん。……コウくん、冒険者ギルドの運営に興味はないか?」
まさかのスカウトだった。
逆に考えると、どれだけ脳筋が多いんだ、冒険者ギルド……。
答えはもちろん最初から決まっている。
「申し訳ありません。俺はただの職人なので……」
「ただの職人が古代兵器を修理して、1万匹近い魔物を倒したりはせんよ。……まあいい。返事はすぐにとは言わん。考えるだけ考えておいてくれ」
「分かりました」
考えるだけ考えておいて、そのままにしておこう。
考えはしたのだから不義理は働いていない、はず。
「ところでコウくん、討伐履歴の『極滅の黒竜』という魔物は聞いたこともないが――」
ジタンさんがそう尋ねかけた時だった。
外からギルドの職員が駆け込んできて、大声で叫んだ。
「大変だ! 北の山がごっそり削れてるぞ!」
その場のすべての視線が、俺に集まった。
ごめんなさい。
俺がやりました。
魔物を倒すためだったんです、許してください。
* *
その後、他の冒険者たちにより魔物の全滅が確認され、午後10時頃にひとまずの安全宣言が出された。
とはいえ魔物というのは繁殖で増えるだけでなく、魔素の濃いところに自然発生もする。
魔物の群れがいきなり現れる可能性もゼロではないため、警戒はしばらく続くようだ。
「疲れた……」
俺はフラフラになりながら冒険者ギルドを出た。
時間はもう午後11時を回っている。
こんな遅くまで何をしていたかというと、今回の戦いについての証言だ。
冒険者ギルドとしては報告書を作って上層部や領主に見せる必要があるらしい。
職員さんたちはこれから徹夜で俺の証言をまとめて、第一報を作成するんだとか。
身体を壊さないくらいに頑張ってほしい。
なお、証言では『極滅の黒竜』のこともきちんと説明しておいた。
職員さんたちが半信半疑だったので、街の外に連れて行き、アイテムボックスから死体を取り出したら腰を抜かしていた。
驚かせて悪いが、報告・連絡・相談は欠かせないからな。許してくれ。
ともあれ、今日のやるべきことはすべて終わりだ。
今まで夕食抜きだったため、ひどく腹が減っている。
このままじゃ寝れそうにない。
どこか、店にでも入って食事にしよう。
……と思ったが、『金の子熊亭』も、その周りの店も、すべて閉まっていた。
まあ、当然だよな。
ついさっきまで非常事態宣言が出てたわけだし、いつ魔物が襲ってくるか分からない状況下で店なんて開けていられないだろう。
「こうなったら、魔物の肉でも食べるか?」
魔物を解体すれば、生肉のひとつやふたつ手に入るかもしれない。
どこかで火を借りてこんがり焼けば、ひとまずの食事にはなるだろう。
それはそれで面白いかもしれない、と考えたとき、後ろから声を掛けられた。
「コウ、お疲れさま。……もしかして、開いている店でも探しているの?」
ぱっちりとした真紅の瞳が、俺を見ていた。
アイリスだ。
アイリスノート・ファフニル。
魔物の群れと戦っているあいだは別行動だったから、およそ7時間ぶりの再会になる。
「一軒だけ開いてる店を知ってるわ。よかったら、一緒に行かない? 一杯くらいは奢るわよ、英雄さん」
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