第17話 軽い気持ちで褒めてみたら、想像以上の効果だった。
「冒険者としてもケタ外れに強いのに、そのうえ凄腕の薬師だなんて。とんでもない才能のカタマリね……」
アイリスは驚きに目を丸くしていた。
「もしかして、クマの鎧も自分で作ったの?」
「アーマード・ベア・アーマーのことか? ああ、もちろんだ」
「すごいわ……。あなたってすごいクマなのね」
「熊じゃない。人間だ」
「ああ、ごめんなさい。少しお酒が回ってきたみたい。あまり強くないのよ」
アイリスの頬はかすかに赤らんでいる。
最初に話しかけてきた時はちょっと堅そうな印象だったが、いまは少しばかり隙のある雰囲気になっている。
俺がもう少し若ければ「このまま飲ませ続けてワンチャン!」みたいな邪念を抱いていたかもしれない。盛りの付いたイヌか。ワンチャンだけに。
冗談はさておき、アイリスが酒に強くないのはちょっと意外だった。
彼女は竜人族なわけだが、竜といえば酒飲みのイメージがある。
ほら、日本神話のヤマタノオロチとか、酒好きなのを逆手に取られて暗殺されてるわけだしな。
「本題に入りましょうか」
アイリスは、コホン、と咳払いすると赤色の長い髪をかきあげた。
「実は、あなたのヒールポーションを3つほど譲ってほしいの」
「どうして3つなんだ?」
「保存用、観賞用、そしてその予備よ」
「……回復には使わないのか?」
「もしものときは分からないけれど、基本的にはコレクション目的ね。昔話でも、竜は自分の巣に宝物をどっさり集めるものでしょう?」
「竜としての習性、ってことか」
「ええ。習性といえば習性みたいなものね。もちろんタダでよこせなんて言わない。値段は貴方が好きにつけてちょうだい。竜族の名誉にかけて、正々堂々、言い値で買い取らせてもらうわ」
どこがどう正々堂々なのかよく分からないが、やたら堂々としていて格好いい。
さすが竜、というべきところだろうか。
俺はしばらく考えたあと、提案に乗ることにした。
「分かった。3つだな」
「ありがとう。それで、私はいくら支払えばいいのかしら?」
「お金じゃなく、別のもので払ってもらっていいか?」
「もしかしてカラダとか? もしかしてあたしに一目惚れでもした?」
アイリスはいたずらっぽく上目遣いで囁いてくる。
その呂律は少しばかり怪しい。
あまり飲んでいないように見えるが、酔っぱらっているのだろうか?
はてさて、どう答えたものやら。
俺はそんなに女性慣れしていないので、こういうときの模範解答が分からない。
まあ、気取った受け答えなんか俺には似合わないし、ほぼ確実にスベる。
ここは無難な応対を心掛けよう。
……何をどう言えば「無難な応対」になるか分からないから困ってるんだけどな。
「そういうわけじゃない」
まずは正直に告げておく。
だが、これだけでは突き放したような印象になってしまうので、言葉を付け足した。
「けど、その赤い眼は綺麗だと思う。まるでルビーみたいだ」
どうして宝石の名前を出したのかといえば、さっきアイリスが「竜は宝を集めるもの」と言っていたからだ。
宝石というのはまさに“宝”なわけだし、竜人への褒め言葉としてはピッタリのはずだ。
……というわけで、俺としては軽い気持ちでアイリスのことを褒めたわけだが、反応は思ってもみないものだった。
アイリスはその頬も耳も真っ赤にすると、恥ずかしそうに俯いてしまう。
「えっと、ル、ルビーみたい、って、意味分かって言ってる、のよね?」
「……意味って、どういうことだ?」
「わ、わ、分からずに言ってたのね。だ、だ、だったらいいわ!」
アイリスは慌てたような早口でまくしたてると、間を繋ぐように、コップの中身を飲み干した。
ワインだかビールだかは知らないが、たしかお酒が入っていたはずだ。
そんな一気に飲んで大丈夫だろうか?
「うう、なんだかドキドキしてきた……なんなのよ、もう……」
それはたぶんアルコールを一気飲みしたせいだと思う。
「あのね、コウ。竜人の女性を褒めるときに宝石でたとえるのは、求婚みたいなものよ。……これくらい誰でも知ってる常識と思うんだけど」
「すまない。山奥で暮らしていたせいで一般常識には疎いんだ」
「だったら仕方ないけど……うぅ……」
アイリスはまだ照れくさいのか、俺のほうを見てはすぐ目を逸らしてしまう。
「そ、それでっ、ヒールポーションの対価として、何をどう払えばいいの?」
「さっきも言ったが、俺の本業はあくまで生産職だ。街の外へ素材採集に行くこともあるだろうし、そのときに護衛を頼めないか?」
「そんなことでいいの?」
「ああ。俺には重要なことだ」
ロンリーウルフの群れに襲われた経験を考えると、魔物への備えはできるだけ多いほうがいい。
今日はなんとか一人で切り抜けられたが、二人のほうがもっと安全だろう。
しかもアイリスはランクA、実力は疑うべくもない。
「あたしはその条件で構わないわ。あなたが、どんな素材でなにを作るのかも興味あるし」
「ありがとう。じゃあ、さっそく明日から頼む。集合は……朝の10時に城門のあたりでいいか?」
「ええ。よろしくね」
「こっちこそよろしくな」
アイリスは右手をぐーに握って軽く掲げた。
俺もそれに応じて、コツン、と拳を合わせる。
なんかいいな、こういうの。
まるで映画かマンガみたいだ。
「それじゃあ、話もまとまったし、あたしは帰るわ。またね」
アイリスはそう言って席から立ち上がり……ふらっ、と姿勢を崩した。
俺は咄嗟にその身体を受け止める。
腕に受け止めた感覚は思ったより軽く、いい香りがした。
「ご、ごめんなさい。ちょっと、飲み過ぎたみたい」
「……だろうな」
おそらく、さっきの一気飲みがトドメになったのだろう。
アイリスの眼はどこか焦点が合っておらず、とろん、としている。
これだけなら可愛らしいのだが、アイリスの顔色はみるみるうちに蒼褪めていく。
なんだかリバースしそうな気配さえあった。
これを放置するのは男としてまずいだろう。
俺はアイテムボックスから解毒ポーションを取り出した。
もちろんこれも最高級の品質で、しかも《おいしいA+》の効果が付与されている。
「これを飲め。たぶん、効くはずだ」
「あ、ありがとう……。恩に着るわ……」
アイリスは解毒ポーションを受け取ると、瓶を傾けて、こくこくと飲み始める。
効果はすぐに出た。
顔色はみるみるうちに良くなり、とろんとした目つきもハッキリする。
「お、おいしい……! おいしい、これ! まるで高級なブドウジュースみたい。後味も最高よ。すっきりした酸味と、果実のような甘味がほどよくマッチして、薫りのハーモニーを奏でているわ!」
まるでグルメリポートみたいな感想を述べると、アイリスはさらにこう言った。
「ねえ、これも譲ってちょうだい! 観賞用と保存用を1本ずつと、味見用に100本くらい!」
べつに構わないが、102本分の代金はどうするつもりなのだろう?
護衛で払ってもらうとしたら、ものすごく長い付き合いになるような気がしないこともない。
まあ、アイリスは眺めていると面白いタイプの人間(?)なので、別に嫌じゃないけどな。
* *
ちなみに後で教えてもらった話だが、ふだん、アイリスはほとんど酒を飲まないらしい。
どうしてこの日飲んでいたのかといえば――
「さすがのあたしも、面識のない男性にいきなり話しかける勇気はないわ。でもヒールポーションは欲しいし、お酒の力を借りて話しかけたの」
ということらしい。
その結果、酔いつぶれそうになっていたわけだが、もしかするとこれはドジっ子というやつだろうか?
指摘するとアイリスは「もうっ……!」と恥ずかしそうにむくれてしまった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
本来は明日の更新分でしたが、我慢しきれず投稿してしまいました。
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