第11話 スーツに着替えてみた。ウケが良かった。
俺は冒険者ギルドに戻ると、そのまま窓口に向かった。
「お疲れ様ですミリアさん。クエスト、終わりました」
「ええええっ、めちゃくちゃ早くないですか!?」
ミリアさんは驚きの声をあげると、ロビーに掛かっている大時計をチラ見した。
「コウさんがクエストを受けたのが朝で……まだお昼前ですよ!? なのに、もうハチの巣を集めきっちゃうなんて……!」
ミリアさんの声はかなり大きいものだったから、ロビーにたむろしていた冒険者たちはみな俺のほうへと視線を向ける。
「また《熊殺し》が何かやったのか?」
「ハチの巣がどうのこうのって聞いたぞ」
「もしかして薬師ギルドのクエスト、あいつが受けたのか?」
「あのクエスト、めちゃくちゃ危険なヤツじゃねえか。すげえな、《熊殺し》……」
「さすが熊の格好をしてるだけのことはあるぜ……」
いや、熊の格好は関係ない……わけでもないか。
クエストを完了できたのは、アーマード・ベア・アーマーのおかげだしな。
ありがとう、《ハチミツ探知S+》。
ありがとう、《ハチ払いの咆哮EX》。
俺が感謝の念を捧げていると、ミリアさんが「コホン」と咳払いして声をかけてくる。
「取り乱しました、ごめんなさい。それではハチの巣をいただけますか?」
「分かった。受け取ってくれ」
俺はアイテムボックスからハチの巣を5つ取り出す。
「ありがとうございます。助かりました。ハチの巣を素材にした薬が不足していて、薬師ギルドも困っていたみたいなんです。もしかしたら後で感謝状が届くかもしれませんね!」
「役に立てたなら幸いだ。……けど、たった5つでいいのか?」
「ええ、十分みたいですよ。それに、取り過ぎるとハチの生態系が狂っちゃいますから」
「たしかにな」
俺は養蜂の専門家じゃないが、乱獲がよろしくないのは感覚的に分かる。
薬師ギルドとしても、クエストを出すのは緊急手段だったのだろう。
「それじゃあ報酬を精算しますね。ハチの巣がひとつ5万コムサで、5つあるので25万コムサになります。大金持ちですね!」
「……冒険者って、こんな簡単に稼げるものなのか?」
「いやいやいやいやいや、コウさんが特別なだけですからね!? 普通のFランクは、その日の宿代も稼げるかどうか怪しいところなんですから」
「そういうものなのか」
「そういうものなんですよう。ようよう」
なんで急にラップ調なんだYO?
……と言いかけたが、俺には似合わないのでやめておく。
「まったく、コウさんはところどころ常識が抜け落ちてますよね」
「山奥から出てきたばかりだからな」
「山育ちにしては物腰が丁寧というか、ふるまいが上品すぎますけどね。じつは貴族の隠し子だったり、亡国の王子様だったりしませんか?」
「ないない」
残念ながら高坂家はごく普通の一般家庭だ。
上品に見えるとしたら、きっと文化の違いというものだろう。
一部の例外を除けば、日本人ってマナーがいいほうだしな。
「ともあれ初クエスト、お疲れさまでした! このまま2つ目のクエストを受けていきますか?」
「いや、まずは昼食にするよ。そろそろいい時間だしな」
ロビーの壁掛け時計を見れば、あと数分で正午になろうとしていた。
周りの冒険者も「昼メシにするか~」「どこ行くよ?」「肉が食いてえ」みたいなことを言いながら、連れ立ってギルドの外へ出ていく。
「ミリアさん、冒険者って普通はどこで食べるものなんだ?」
「大通りに出て左側にある『金の子熊』亭が人気ですね」
「分かった、そこにするよ」
これから食事だというのに鎧を着たままというのも変だろう。
俺はアイテムボックスを開いた。
アーマード・ベア・アーマーを解除し、代わりにスーツを選択する。
着替えは一瞬で終わった。
どうやら【アイテムボックス】スキルはサービス精神が旺盛らしく、スーツの皺や汚れは取り除かれ、クリーニングのあとみたいにパリッとしていた。ありがたい話だ。
「コウさん、それ……」
ミリアさんは、スーツ姿の俺を見ながら絶句していた。
もしかして変だろうか?
いや、でも、ミリアさんの服装はブラウスにタイトスカートでOLっぽいし、他の職員の服装もわりあい現代的だ。
ゲームにたとえるなら「中世風ファンタジー」のドラク○じゃなく、「近代・現代・近未来ごちゃまぜ」のF○やテイル○に近い。
その意味じゃ、俺のスーツは決して浮いていないはずなんだが……
「ミリアさん、俺、おかしい格好してますか?」
「いえっ、そうじゃなくてですね……よく似合ってるというか、さっきの蛮族ファッションとのギャップがヤバいです! わ、どうしよ。なんかドキドキしてきました……」
あわわわわ、とミリアさんは動揺して視線を逸らす。
その頬はまるでリンゴみたいに真っ赤だった。
もしかしてスーツフェチなのだろうか?
確かにそういう女性って多いよな。
「ズルいですよこんなの。若い子だったらコロッといっちゃいますよ……」
いや、ミリアさんもかなり若いような……。
少なくとも俺よりは年下と思う。
――正午の鐘がポーンと鳴ったのは、ちょうどそのタイミングだった。
「私、お昼休みなんで休みますねっ! ではではっ!」
ミリアさんは大慌てで席を立つと、まるで逃げるようにギルドの奥へと引っ込んでいった。
* *
「うう、まだドキドキしてる……」
冒険者ギルドの事務室。
ミリアは自分のデスクに戻ると、はぁ、と熱っぽいため息を吐いた。
眼を閉じれば、コウの姿が浮かんでくる。
アーマード・ベア・アーマーでなく、そのあとの着替えた姿だ。
「ミリア~、ちょっとい~い?」
「ひゃっ!?」
後ろから両肩を掴まれ、ミリアは飛び上がった。
振り向くと、金髪でハデな雰囲気の女性がこちらを覗き込んでいた。
同僚のメルン・ボルンだ。
ミリアとは同い年で21歳、冒険者ギルドで受付嬢をやっている。
今日はたしか午後からのシフトだったはずだ。
「ねえねえ、さっきミリアのところにいた冒険者なんだけどさ、あの人、もしかして元貴族?」
「ええっと……もしかしたら、そう、かも……?」
貧しい貴族家の場合、三男坊や四男坊が実家を出て冒険者になるのはそう珍しくない。
事実、オーネンにも元貴族の冒険者はチラホラと存在するのだ。
「やっぱミリアもそう思う!? やっぱり貴族育ちって上品でいいよね~。クマの剥製を被ってるのはビックリしたけど、着替えたら普通にアリだし、マジメっぽいし、強いし、超優良物件じゃない?」
「ええっと……たぶん、そう、かも……?」
「どしたのミリア、なんか様子がヘンだよ? ……ああ、なるほどなるほど」
メルンは、うんうん、と納得顔で頷いた。
「そっかー、じゃあしかたないなー。あのコウって人は狙わないから安心しなよー。玉の輿は惜しいけど、親友の幸せのほうが大事だしねー」
「メルン、そういうわけじゃなくって……」
「分かってる分かってる。うん、分かってるよー」
メルン・ボルンは婚活女子である。
婚活という戦場を駆ける獰猛な獣だ。
白馬の王子様など信じておらず、自分の魅力ひとつで有望な冒険者を捕まえようとしている。
狙うは玉の輿ただひとつ。
これが自分の生きる道、ガツガツしていると陰口を叩かれても構うものか。
メルンにとってコウは理想的な相手のひとりだった。
しかし、親友の様子を見て、そっとターゲットから外すことにした。
獣は獣なりに友情を大切にしているのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
頑張れそうな気がしてきたので、今日はもう1回更新しようと思います。
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