第10話 ナンパ男を追い払ってみた。
採集クエストの依頼書を持って、ふたたびミリアさんのところに戻る。
「この依頼を受けたいんだが、いいか?」
「ええと、ハチの巣の採集ですね。ランクは不問ですけど、窓口にて要相談、と。ふむふむ」
ミリアさんは小さく頷くと、机の下からゴソゴソと何かを取り出した。
それは透明な水晶玉だった。
「このクエストはちょっと特殊でして、ランク不問の代わりに、ちょっとした質問に答えてもらうことになっています。回答はこの水晶玉を通して録音されますのであしからず、です」
「分かった。始めてくれ」
「ありがとうございます。嘘をつかずに答えてくださいね。ひとつめ、コウさんはこの採集クエストをこなすにあたり、適切なスキルなどを持っていますか?」
「持っている。アーマード・ベア・アーマーには《ハチミツ探知S+》が付与されてるんだ」
「アーマード・ベアはハチミツが大好きですもんね。納得です」
やっぱりハチミツ好きなのか、アーマード・ベア……。
鎧になってもハチミツを探しているとか、どれだけ大好物なんだ。
「では、ふたつめの質問です。このクエストではハチの大群に襲われる危険性があります。その際、適切なスキルなどを持っていますか?」
「持っている。《ハチ払いの咆哮EX》という付与効果だ」
「たしかにアーマード・ベアは『がおーっ!』と吼えてハチを追い払いますよね」
ミリアさんは両手をあげてクマのモノマネをした。
ちょっと可愛らしい。
「質問は以上になります。《ハチミツ探知S+》に《ハチ払いの咆哮EX》なんて、このクエストにピッタリですね!」
「ああ、俺もそう思う。成果を期待しててくれ」
「いってらっしゃい、精霊の加護がありますように!」
ミリアさんは右手をブンブンと振って、俺を送り出してくれる。
大きめの胸が気前よく揺れていた。
そういえば「精霊の加護」と言っていたが、この世界には精霊が実在するのだろうか。
いるとすれば、きっとゲームに出てくるような神秘的な存在に違いない。
* *
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
怪獣のような咆哮が、俺の喉から放たれる。
その途端、こちらに向かっていたハチの大群はUターンして逃げ去っていった。
《ハチ払いの咆哮EX》、すごい効果だな。
俺は悠々とハチの巣に近付き、アイテムボックスに回収する。
ちなみにアイテムボックスは非生物しか回収できない。
ハチの巣に残っていたわずかなハチは、アイテムボックスから弾かれて地面に落ちた。
「ほら、お前らもあっちいけ。しっ、しっ」
俺は右手に持ったヒキノの剣で、逃げ遅れたハチを追い払う。
この剣には《虫よけB+》が付与されており、そのおかげか、残りのハチもどこかへ飛び去って行った。
「これでハチの巣は5つ、クエスト達成だな」
俺はいま、街の南に広がる森林地帯を訪れている。
魔物に出会うこともなく、《ハチミツ探知S+》のおかげでクエストはすんなりと終わった。
ついでに【創造】用の素材採集もやっておこうか。
……いや、やめておこう。
俺はまだ新人の冒険者だ。
慣れないうちからアレコレと手を出すのは失敗フラグ、思わぬミスを招きかねない。
少なくとも今回に関しては、寄り道せずにまっすぐ帰るとしよう。
俺は脳内に地図を呼び出し、オーネンのほうへと歩き始める。
その矢先のことだった。
「……ん?」
話し声が、聞こえたような気がした。
アーマード・ベア・アーマーには《聴力強化C》が付与されているが、そのおかげだろうか、すこし耳を澄ますだけで遠くの会話もハッキリと聞き取ることができた。
――だからさぁ、オレが護衛してやるって言ってんの。女の子2人で冒険者やるとか無茶っしょ? わかる?
――け、け、結構ですっ! わたしたちには構わないでくださいっ!
――今後の活躍をお祈り申し上げます。さようなら。
若い男が1人と、女の子が2人か。
女の子は2人とも整った外見をしている。
片方はピンク色の髪でふわふわした髪の可愛らしい系、もう片方は長いストレートの蒼髪でクールな無表情系だった。
どちらも露骨に鬱陶しそうな表情を浮かべているものの、男はしつこく食い下がっていた。
――いや、断るとか意味分かんないんだけど? オレ、傭兵ギルドでランクCよ? ぶっちゃけ、キミたちと組むメリットなんかないほど強いワケ。なのに声をかけてるんだからさ、感謝して当然じゃない? いい加減にしないと、ちょっと痛い目に遭わせるよ? ここ、森の中だから誰も助けに来ないよ?
明らかに脈なしだというのに、男はまったく諦めようとしない。
それどころか危険な気配まで漂わせはじめた。
昨日のドクスといい傭兵はロクデナシばかりの気がする。
というか、これ、助けに入ったほうがいいんじゃないか?
少しだけ真面目に考えてみる。
日本で社畜をやっていたころなら、きっと見て見ぬフリだった。
俺に仲裁できるかどうか分からないし、むしろ余計なトラブルを起こすかもしれない。
だったら関わらないほうがずっとマシ。
……そんなふうに結論付け、足早にその場を去っていたはずだ。
今はどうだろう?
異世界に転移した際、強力なスキルを手に入れた。
便利な装備だってたくさんある。
それなのに女の子たちを見捨てるのは……ちょっと、後味が悪すぎる。
今からやることは、俺がスッキリした気分で初クエストを終えるための自己満足だ。
よって女の子たちの感謝は求めない。
それじゃあ始めよう。
俺はこっそりと歩みを進め、男の背後へと忍び寄る。
――で、どうすんの? オレ、顔いい方だし、ホントは嬉しいんでしょ。正直になりなよ。……断ったらどうなるか分かるよな?
男は喋るのに夢中すぎて、俺にはまったく気付いていない。
もし気付かれたら「ヒキノの大槌」で殴り飛ばすか「ヒキノの椅子」で気絶させるつもりだったが、この調子なら手を汚さずに解決できそうだ。
手を伸ばせば男に触れられるほどの距離まで近付いた。
そのタイミングで、女の子2人と眼が合った。
「くま……?」
「クマ……?」
女の子2人は、俺の格好を見るなり、同じことを呟いた。
残念、クマじゃない。
クマの剥製みたいな鎧を着た、駆け出しのFランク冒険者だ。
「は? クマ? 何言ってんの?」
ランクCの自称イケメン傭兵は、真後ろにいる俺にまったく気づいていなかった。
「そんなウソで気を逸らそうたって、オレが釣られ――」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「ひいいいいいいいいいいっ!?」
俺は《ハチ払いの咆哮EX》を発動させ、男のすぐ目の前で大きく吼えた。
「た、た、た、助けてくれええええええええっ!」
男は悲鳴をあげると、ものすごい勢いで逃げ出してしまう。
《ハチ払いの咆哮EX》は、ハチだけではなく、ナンパ男を追い払うこともできるらしい。
ミッションコンプリート。
ナイスだ、俺。
「……くまじゃなくて、男の人?」
「……でも、クマみたいに吼えてた。蛮族?」
女の子2人は、いきなりの急展開についていけないらしい。
どちらも戸惑いの表情を浮かべていた。
「じゃ、お疲れ」
俺はそんな2人をスルーして街へ戻ることにした。
別に感謝されたいわけじゃないし、女の子のほうだって、クマの格好をした29歳おっさんに話しかけられても困るだろう。
一難去ってまた一難というか、ナンパ去ってまたナンパ……みたいに思われても嫌だしな。
本日3回目の投稿ですが、あと1回くらい頑張りたいと思います。
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