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青空学園青春録

あなたの音に憧れて

作者: ひみつ

『先輩はずるいです』

 卒業式の日、後輩から渡された手紙はそんな書き出しだった。これといって仲が悪かったわけではない。それどころか、いい関係を築いてきた後輩だという自負すらある。文句のひとつでもつけたいところだが、生憎と後輩は去ってしまったあとだ。

『私は子供の頃からずっとトランペットに打ち込んできました。それなりの腕前だという自信もあります』

 そういえば、そんなことを言っていた。親が音楽やってる人で楽器をおもちゃ代わりにしてたとか。実際、後輩は見事な腕だったと思う。高校からなんとなく始めた僕なんかより、よっぽど上手いのはまちがいない。

『先輩はずるいです。先輩より上手な人はいっぱいいるはずなのに、先輩の演奏はどうしてあんなにも私を惹きつけるんですか』

 続く文に、首をかしげた。どういうことだろう。僕の演奏など十人並みだ。技術的にもたいしたことができるわけでもないし、ファーストやソロを担当したこともない。後輩はその両方を経験している。うちの部は完全に実力主義なので、上級生だからといって優遇されるわけではないのだ。

『先輩の演奏にずっと憧れていました。技術的には私の方が勝っている自信があって、それでも憧れていました。私と先輩の演奏、何が違うのかずっと考えていました』

 技術で勝っていてもうらやましい、とはどういうことだろうか。スポーツ選手とかであればわかる。いわゆるスター選手というやつだ。数字が何よりも実力を示す世界で、数字以上の人気がある選手は確実に存在する。

『この二年間、ずっと先輩を見ていました。先輩が出す音を聞いていました。でも、なにもわからなかった』

 これはまた、なかなか情熱的だ。慕われている、というと少し違うかもしれないけど、これだけ思われるのはそうそうない。正直、嬉しくないと言えば嘘になる。

『先輩はずるいです。なんで私に真似のできない音楽を奏でることができるんですか』

 音だけの真似ならいくらでもできるだろうに。そもそも僕には彼我のレベル差を感じることはできても、それ以上の違いはわからない。むしろ、彼女の演奏の方を美しいとすら思う。自分にはまだ届かない領域、出せない音、そういう技を駆使して紡ぎ出される音は素晴らしい。

『先輩はずるいです。それだけの才能がありながら、どうして音楽の道を進んでいかないんですか』

 僕は自分に音楽の才があるなんてこれっぽっちも思えなかった。譜読みができるまでに半年かかったし、ロングトーンも真っ先に息切れする。複雑な音色を奏でる指使いも唇運びもできない。ただ、楽しいから音楽をやっていただけだ。後輩に個人練習を付き合ってもらったことも、音出しの基礎をダメ出しされたことも、譜読みのコツを教えてもらったことも、すべてが僕の大切な高校生活の一ページだ。

 かつての練習に思いを馳せながら、手紙を読み進める。

『先輩はずるいです』

 またこの書き出しかと苦笑する。よっぽど僕に対する不満が溜まっていたようだ。いつもなら面と向かって言ってくるはずの後輩がなぜこんな回りくどいことをするのか少し不思議だったが。

『先輩はずるいです。どうして、私より先に卒業するんですか』

 え……。

 慌てて顔を上げる。いや、別に焦る必要はないんだけど。

 いつも個人練習をしていたこの校舎裏に誰かが来たことはほとんどないし、何か悪いことをしているわけでもない。が、

「先輩、そこにいますよね」

 校舎の角を曲がって当の後輩が現れた。僕に手紙を渡したあと友達と一緒に帰ったものだと思っていた。

「まだ終わってないのなら、続き、読んでください」

 僕が何か言う前に彼女は指を突きつけてきた。しかたなく再び紙面に目を落とす。

『先輩はずるいです。いつも一生懸命で、誰よりも楽しそうに演奏して、誰にでも優しくて、生意気言ってばかりの私をかまってくれて、甘やかしてくれて、叱ってくれて、一緒に練習してくれて』

 ……練習に付き合ってもらっていたのは僕の方なんだけどな。

 確かに天才肌で自信家の彼女は若干浮いていたと思う。そのことをいさめもした。でも、彼女はただ怯えていただけだった。周りからの期待や、伸び悩む自分に。だから少しでも力になりたいと思ったのだ。

 そして、最後の一行に目を通す。

『顔を上げてください』

 顔を?

 言われるがまま目線を上げると、そこには涙目になった後輩がいた。

「先輩、ありがとうございました。先輩のおかげで、私はとても楽しかった。自信を持って良い高校生活を送ったと言うことができます」

「そっか、よかったな。僕の方こそありがとう、良い後輩を持って幸せだよ」

 僕の言葉に彼女は一瞬表情を崩した。が、すぐに僕をにらみつけて続ける。

「いやです」

「いやって、なにが」

「後輩じゃ、いやなんです」

 それはどういう、という僕の声は音にならず、彼女の言葉にかき消された。

「好きです、私と付き合ってください」

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