第一章 パトロン(6)
「麻人、無粋な真似はやめておけ。彼らは君を買ってくれているのだ。その彼らにお前は説法でもする気か?」
自由民権運動の活動家よろしく、麻人の奴は人権・権利・自由について大演説を始める気らしい。麻人にしてみれば自分を無視して話しが進むことに我慢がしきれなくなった、というところか。気持ちは分からんでもないが、ここは我慢してもらうしかない。
「麻人、難しく考えるな。ようは郷に入りは郷に従えだ」
「……それはそうですが」
「来訪者にしては物分かりがよい方で助かりますよ。あの方が紹介状を書かれるだけはありますな」
感情を爆発させそうになった麻人を落ち着かせたことに対して、ラウロ理事長が感謝の言葉をかけてくる。仕えるモノなんでも使う。それが例え来訪者だとしても、か。偏見と差別意識の塊のような人物ではなく合理主義的精神の持ち主らしい。あるいは年の甲なのだろう。門戸を閉ざさないだけましだが、組みやすい人物ではないだろう。
「複数の人物がパトロンに名乗り出たときは魔術による戦いで権利者を決める。そうですよね、ラウロ理事長」
「その通りですな」
「ですが、僕は……」
「麻人、俺が負けるとでも思っているのか?」
頭に血が上った麻人もようやく事態を飲みこんだのか、顔を真っ赤にしてソファーに座りこむ。
「自分が路傍の石のように評価されるのは聞き捨てならないな」
「貴様の気分など知ったことか」
侮辱されたと受け取ったのだろう、アマデオが立ち上がる。
アマデオ・カティリナー。
シンイチが語っていた学生でありながら現役の騎士か。なんでも名前の前に、『あの』と称号を冠しているとか。『あの』がなにを意味するのか詳しいことは聞いていないが、名誉称号がなにかなのだろう。適度に礼節を弁えつつ相手を侮辱する術をこの年齢で身に付けている点は評価に値する。もしかしたら貴族共相手に学んだかもしれない。
シンイチによれば剣と魔法を組み合わせた戦闘を主とし、速度を重視するスタイルからレイピアを装備しているとか。単純な魔力勝負ではトップクラスには劣るが、そのスタイルから魔力を放つ暇を相手に与えず勝利している。
シンイチも一目を置いていた生徒であり、教師でも彼に勝利するのは困難らしい。
姿勢をみただけでも実力の一端が垣間見れる。
学生とは場数の差が違うのだろう。実績に裏打ちされた自負心が感じ取れる。戦い方に限っては学者であるシンイチの忠告を聞かなかったのも無理があるまい。
「随分自信があるようだが、来訪者の君がなにを根拠に勝ると思うのやら」
一々説明するのも面倒だったから鼻で笑ってやったが、アマデオの感情に油を注ぐだけだった。ちなみに脇では、「私を無視しないで下さい」と主張するジュリエッタもいるが、いまは見なかったことにしておく。
「来訪者が魔力に劣る傾向があるのは事実だ。そのことについて議論をするつもりはないが、俺なら大丈夫と太鼓判を押した人物がいたものでな」
「誰です。根拠のない保障をした無責任な方は?」
「そいつはお前が教えを請うていた教師だよ」
「まさかシンイチ教授の知り合いだったのか?」
「そのシンイチが言った、いや保証したんだよ。『お前では俺に勝てない』と」
「――確かにあの方は優れた教師であったがあくまで学者。第一、他の来訪者にあの方のように優れた魔法士はいなかった」
本当のところシンイチはそのような保障などしてなかった。「まあ、大丈夫でしょう。貴方なら出来るはずです」と根拠の薄い保障はしただけ。
シンイチの名を出したのが効いたのか、アマデオはこれ以上の抗議をしてこなかった。
「俺にしてみたらそこのお嬢さんの方が脅威だ。なにせ彼女の札は伏せられたままだからな」
「私の名前はジュリエッタです、ちゃんと覚えて下さい。」
抗議はしているがアマデオより買われている事実に満更でもないようだ。
当然だ。
ジュリエッはアレシアに拠点を置く冒険者ギルドの長の一人娘なのだ。その気になったら何が飛び出すか知れたものではない。
冒険者ギルドは全国規模の組織というわけではない。
有力各都市に拠点を置いているが、未だ大陸規模での統合がされておらず群雄割拠の体をなしている。アレシアはその中でも有力なギルドの1つであり、その勢力圏にエレンも含まれていた。彼女が迅速に動くことが出来たのも、このような背景があってのこと。冒険者ギルドには歴戦の兵が登録されており、噂では未知の魔術や秘宝が秘匿されているとか。
ジュリエッタをアマデオ以上に警戒するに十分な事情があった。
底が見えない組織と渡り合うのは危険が伴う。
可能ならば父親の方と直接話しをしたかったのだ、俺のような怪しげな人物ととVIPが接触できるはずもなかった。来訪者なら尚更。このような茶番でも用意しなければ引きずりだせないだろう。
「そこまで見下されたのは久しぶりだな。いいでしょう、今からパトロン決定戦に入りたいですが構わないですよね?」
「いいでしょう。生徒には良い刺激となるでしょうし許可します」
アマデオの問いにラウロ理事長が即答する。
キンコーン、カンコーン。
どこかで鐘楼が鳴り、同時に足音や人の話し声が聞こえて始めた。
ラウロ理事長の返答に満足したのかアマデオの表情は少し和らぐ。アマデオは準備があるらしく俺より先に理事長室を退出していく。
「美味しいお茶とお菓子ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ粗末なものしか用意できず申し訳ありません」
「そんなことはありません」
アマデオはマイヤーに対して長幼の序とお茶の礼を忘れなかった。それなりに挑発していたつもりだが冷静を失わないあたり、意外と好青年なのかもしれない。シンイチが気にかけたのも分かった気がする。
俺もアマデオに続いて退出すべきだが重要な頼みごとをされていたのを思い出した。
「ラウロ理事長、シンイチから預かっていました辞表届だ」
マイヤーの奴は「今頃提出されるのは少し遅いのでは」と、非難の視線を送ってくるが気にしてはいけない。
ラウロ理事長は手渡された辞表届を調べ始めた。
呪文を唱えると書面に辞表届に魔法陣と紋章のあいのこような図形が浮かび上がる。数度繰り返して同じ結果がなったので納得したのだろう。それ以上、呪文を唱えようとはしなかった。
書面に浮かび上がったのは魔術による封印「魔力痕」。ドゥオでは印鑑などの代わりにしようされる技術だ。魔力の痕跡は指紋のように個人ごとに異なる。この性質を利用して印鑑登録に似たシステムがドゥオでは運用されていた。上の方のであるアリアの紹介状はあるが来訪者である俺の信用度などゴミ以下だ。ゴミ以下の信頼度しかない人物が手渡した辞表届を受理するほど、魔力痕を用いた署名システムの信頼性は高いらしい。
これも魔法士が各都市で重用される一因なのだろう。
「確かにシンイチ教授の魔力痕ようですな。もしかしたら数年後に復職されるかと思っていましたが、急に辞職されるとは残念ですな。魔法士や魔術師を極めた者には変わり者が多いですから、何の前触れもなく姿が見えなくなったかと思うと何年もしてから姿を現すことも間々あります。シンイチ教授も、そのうちちょっこり帰ってくるのではないかと思っていたのですがな」
「無事受理されて安心した。本来はシンイチが直接渡すべきなのだが、急に故郷へと帰らなければいけなくなったもので」
「それは残念なことですな」
「まったくだ」
「――ところでシンイチ教授はどのように帰られたのですかな」
「徒歩だ」
「未知の大魔術で送り込むのに帰りは徒歩ですか。来訪者の事情は分かりませんが過酷なことをされますな」
「徒歩5分の距離に迎えの馬車は必要あるまい」
「……はあ」
ラウロは呆れた顔で俺を見る。
もう少しマシな冗談を言え、とでも思っているのだろう。あるいは来訪者特有の大言壮語が始まったかと理解したか。俺としてはこれ以上ないくらい率直に返答したのだがな。
「正直なところ言いますが、貴方のような人物がパトロンになるのは当校としては反対ですな」
「妥当な意見だな」
「貴方にご賛同頂けますと話しが早くて助かりますな」
「来訪者である俺の信用度はゴミみたいなものだ。取り繕っても仕方あるまい」
「――とは言えシンイチ教授が太鼓判を押し、上の方が紹介状を書かれたのも事実。こうなるとかえって貴方の実力が見たくなってきますな」
「回りくどいな。恥をかかない程度には戦ってみせろと言ったらどうだ?」
「これでも教育者の端くれ。生徒の前ではそのような暴言は口も避けても言えませんな」
「それは言っているのと同義だと思うがな」
乾いた笑いを交わす俺達。
居心地悪そうにしているジュリエッタと麻人、「我が主には困ったものです」と言いたげなマイヤーの三人もこの部屋にいるが、俺達がそれを気にすることはなかった。