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第二章 ハンデ戦(6)

 数時間後、俺は理事長室に呼びつけられていた。

 ご丁寧な言葉で体裁を取り繕っていたが、好意的に解釈しても呼びつけられたとしか言いようがない。こちらを生徒かなにかと勘違いした態度だ。しかし渋顔のラウロ理事長の表情から察するに彼にとっても予定外の召集のようだ。どうやらユースティアは約束を果たしてくれたらしい。

 部屋にはラウロ理事長、俺、ジュリエッタ、そして見たことのない眼鏡だけが集っていた。

 眼鏡の人物は三十代と思わる男性。

 ジュリエッタの傍についている点から彼女の縁者、あるいはギルドの関係者なのだろう。印象的だったのは眼鏡男を見るジュリエッタの目だ。控えめに評しても好意的な感情をうかがえない。

 仲良しクラブの感覚で陣営を整えない人物のようだ。

 好き嫌いで人物を選り好みしない器なのか、選り好みをしていられない程に決意を固めているのかはわからない。いずれにしても実力主義に重きを置いているとしたら、案外メリケン的価値の持ち主かもしれないな。


「急な呼び出しですみませんな」

「まったくだ」

 言葉とは裏腹にラウロ理事長の表情は相変わらず渋い。「来なければいいものを」という感情があからさまに出ていた。

「貴方が悪いのですよ。次回の対戦予定も聞かずに姿を消すのですから。おかげで学園がどれほど迷惑したことか」

「文句があるなら不戦敗にでもすれば良かっただろう」

「……そうしたかったがのぉ」

 管理者の紹介状がなかったら、どうなっていたか知れたものではないな。大体、ドゥオの人間は来訪者と結んだ約束を守る気などないのだ。

 外国人への差別や偏見は多かれ少なかれどこでもあるものだが、来訪者に対する差別意識は他所者に対する感情とは少し異なる。未知の知識を持つ来訪者への嫉妬と恐怖。そして、その知識をうまく表現できないことに対する侮蔑の感情が入り乱れていた。

 俺達から見れば彼等の方が未開の野蛮人だが、彼等にしてみればその逆。

 学園は来訪者の入学を認める点からも比較的差別が少ない組織だが、それでも越えがたい壁は存在していた。ラウロ理事長の態度はその典型であろう。前回会ったときは露骨に来訪者蔑視の感情を露わにしなかったが、今日は隠そうともしない。魔術のやり取りで後れを取らないと高をくくっていた相手に手玉に取られて逆上しているのか。あるいは、元々懐いていた感情を表に出すようになっただけか。

 シンイチの奴はさぞ居心地が悪い日々を送っていただろう。

「冒険者ギルドゥオ舐めないで下さい。わたし達は掠め取るような勝利なんて絶対に受け入れません」

「意外な意見だな」

「ジュリエッタを馬鹿にしていますね」

「いや、中々できた考えを持ってるなと感心したよ」

「当然です」

 ジュリエッタはやや自慢げに身体を反らしながら自分の言葉を肯定する。身体を反らしたことで、そこそこふくよかな胸が強調される。思わずアリアと比較してしまい溜息が洩れてしまう。アリアはジュリエッタよりも二歳年上のはずだが、格差社会は世界を超越するらしい。 

「なんですか、そのため息は!」

「他意はない。気にするな」

「あやしいです。大方、わたし達冒険者ギルドゥオ馬鹿にしているのでしょう?!」

「侮辱する意図はない。思うところがあったまでギルド云々は関係ないな」

「本当ですか。その言い訳は信用できませんが」

「君と身内を比較して思わず溜息が出ただけだ」

「……それならばいいのですが」

 微妙に間が空いたのは、言葉通りの意味ではないと直感的に察したためなのだろう。

 女の勘という奴は世界が変わろうとも不変的な存在らしい。

 馬鹿なやり取りではあったが、場の空気は少し打ち解けたようだ。

「早速ですまんが、パトロン決定戦は今から一時間後に行うことになった」

「急だな、おい」

「ワシも気が進まんが仕方ない」

「俺は構わんよ」

「それは助かる」

「ジュリエッタは構います!」

「ジュリエッタ君の気持ちは分かる。だが立会人を務める者が早くしろとせっついてのぉ」

「理事長の権威でなんとかできないのですか?」

「……ワシも孫娘から嫌われてたくないのじゃ」

 職権乱用も甚だしい。

 年寄りが孫に甘いのも世界を超越する法則であり、それが孫娘となれば威力が増すのだろう。

 気持ちは理解できるが教職者の態度として問題があるな。

「大体、今から一時間しかないならハンデ権の話しはどうなるのです?」

「一時間以内に同意が得られれば行使は可能じゃな」

「行使は可能ということでいいのですね」

「いいえ、不可能です。ジュリエッタお嬢様」

 空気と化して眼鏡が口を開く。

 傍観を決め込むつもりかと思ったが流石にそれはないようだ。

「ブルータス、どういうことで一体!」

「ハンデ権は合意した双方に多大な影響を及ぼしますので、口約束というわけにはいきません。正式な書面での合意が必要な上、諸般の手続きが必要です。そこの来訪者が素直に首を縦に振ったとしても、手続きには一時間程度を要します。つまり今回のケースではハンデ権の行使は不可能となりますな」

「貴方がしくじったということですね」

「万全を期すようにとのジュリエッタお嬢様の御指図を実行したまでのこと。万全を期すためには準備というものが必要になります。秘匿物の手配、多数の魔術師を配置、貴重な触媒を準備。これらを全てすればそれはそれは時間がかかりますな」

「おい、何をする気だったのだ」

「必勝を画策したのだよ、来訪者。パトロン決定戦はこちらの準備が整うまで延期する手はずだった。それがまさかラウロ理事長の孫娘であるユースティティ嬢の介入で台無しになるとは思いもよらなかったよ。あんな何を考えているか分からない人物を懐柔できるとはな。このブルータスにも不可能な手腕だったと褒めておこう」

「……ユースティティ先輩は雲のように掴みどころのない人ですからね」

 落ち込むジュリエッタとまったく意に介さないブルータス。詰み筋が見えたと思ったら将棋盤をひっくり返されたような気分なのだろう。少し哀れに思えてきた。

 ブルータスの話しぶりからラウロ理事長も結託していたのだろう。この老人の表情に二人へ対する申し訳ないという感情が表れている。

 ジュリエッタは諦めもせず、ハンデ権を受け入れた場合の見返りについて必死に語り始めた。俺は興味がない振りをしておきながら、あらゆる要求を一つだけ叶える、の「あらゆる」に惹かれて心を動かされたとみえるように演技する。

「――ハンデ権の話し。俺は受けてやってもいいが」

「……本当ですか?」

「勿論、条件がある」

「ジュリエッタお嬢様、ハンデ権を受け入れる人物が要求できる権利は一つまでと決まりがあります。従ってこの来訪者は不当な要求をしようとしています」

「貴方は黙っていなさい、ブルータス。まかべさん要求を聞かせて下さい」

 ブルータスの反応は正しい。しかし、麻人という餌にがっつり喰い付いてしまったジュリエッタは俺の要求を聞くしかない。

「一つ、パトロン決定戦は明日の朝一に開催しろ。召喚時間を無制限にされたら何が出るか想像もしたくないからな。

 二つ、今回は生徒などの観客を入れるな。見せ物になるのは沢山だし、ギルドにとっても都合が良いだろう。

 三つ、ジュリエッタがパトロンになっている来訪者の身柄をこちらに引き渡せ。同郷の人間を悪いようにはしない」

「三つ目の要求をお父様が呑むかの保障できませんよ」

「それは君が解決すべき問題であって俺には関係ない」

「良いではありませんかジュリエッタお嬢様。金食い虫共がいなくなるのですから好都合かと」

「ブルータス! 一言多いです」

「四つ、アレシアのギルドマスターと二人だけで会談をさせろ」

「「!!」」

「折角の機会だ。ギルドマスターと知り合いになるのも悪くないからな」

「少し考える時間を貰えないでしょうか」

「そんな余裕があると思うか?」

「……くっ、分かりました。その条件を受け入れます」


 諸般の手続きで小一時間ほど経過する。

 手続きというものは必要かもしれないが面倒なものだ。もっとも今回は手続きが面倒なために有利に立てたのだから文句を言うのは筋違いか。ユースティティの思惑とは異なる展開に、あとで小言を言われるかもしれないが仕方がないだろう。

 これ以上用がない。

 適当に挨拶をしたのち帰宅するとしよう。アリアに仁王立ちされて迎えられるのは勘弁したいからな。などと考えていたが予想外に呼び止められる。

「過分な申し出を受けて頂き、ギルドゥオ代表して感謝します。ですが、それはそれとしてジュリエッタは絶対に負けませんからね!」

 ジュリエッタは俺を睨みつけると退場していく。

 先日は親の敵のような視線を送られたが、今日は不倶戴天の敵と認識されたようだ。酷く恨まれたものだが、俺は恨まれるようなことをしたのだろうか? 

 印象に残ったのはあの目。

 決意と狂気を感じさせる目だ。

 十代半ばの少女。

 会ってから数日しか経ていない人物にこれほど敵意を受けるほどの付き合いをしたつもりはない。が、あの目には覚えがあった。

 あれはアリアを姪として引き受けてから間もない頃のことだ。止むに止まれぬ諸事情があったとはいえ、俺はこの侵略者、いや新たな同居人をあらゆる意味で持て余していた。年頃の少女といきなり共同生活をする身になってほしい。羨ましいと思うかもしれないがジェネレーションギャップからくる会話の噛み合わない毎日。アリアは学生であるため通常の時間帯で生活をしているが、探偵業である俺は不規則な時間帯で生活していた。おかげで二人の生活時間帯はそれほど重ならならず、同居していれば発生する諸般のトラブルはそれほど発生しなかった。

 アリアはそれが不満らしかった。

 このすれ違いは意図した行為ではなく必然的結果である。なし崩し的に同居人となったアリア。俺から見れば侵入者であるが、それを理由に避けたりはしていない。思春期の少女と生活する煩わしさから意図的に避けていたのでもない。否、正確を期するなら生活時間帯を合わせる努力を意図的に怠ったのは事実だ。

 当時、複数の女性と大人の関係にあり、夜な夜な抜け出しては朝帰りすることが間々あった。爛れた関係だとか自堕落だとか思うかもしれないが、家に帰れないのだ、他にどこに行けばいい。身辺調査で忙しいと誤魔化していたが、それでも女という奴は論理を超える勘を働かせる。例え少女という年齢であったとしても、それは変わらない。

 そんなある日、とうとう何をしているのかを嗅ぎつけられた。

 その夜

 俺はアリアに襲われた。

 性的な意味でではない、文字通り襲撃されたのだ。

 あのときほど死ぬと思った事はない。

 夜通し激しく乱れ合い。

 寝室はお互いの汗と体液と血で酷く汚れ。

 そして、伴に朝日を見た。

 もう一度言っておくが、性的な意味ではない。

 あの日以降、女性達との関係は自粛することを余儀している。先日、スルガヤと交わした言葉は脅しではなく事実に基づく指摘なのだ。

 いずれにしてもジュリエッタのケースはアリアのときと違う。昨日今日会ったばかりの少女にあれほど敵意を向けられる覚えはなかった。女性心理を推理するは難しい。ここはホームズの名言に再び従うとしよう。

 俺はジュリエッタの感情を理解するのは無理と判断し、忘れることにした。


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