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第二章 ハンデ戦(5)

 本日、晴天なり。

 放射冷却現象に気温が上昇するため暑気がキツイ一日となるでしょう。などと天気予報士なら回答するだろう。そんな天気であったが、俺は学園内にいくつか存在する食堂のテラス席に座っていた。クーラーならぬ冷気の魔術で快適な室温に保たれている店内に座ればいいのだが、生憎昼時ということもあり席が空いていなかった。

 誰も座りたがらないテラス席で腰をかけながら、昨日スルガヤから聞きだした内容を頭の中で整理する。いや、座っていたというべきか。いまは向かいの席に白亜の石像みたいな少女が座っている。

 誰かわからない?

 彼女はアマデオとの試合の際に立会人を務めていた少女だ。その容姿と感情を込めない口調が印象的な人物だったいえば思い出してくれるだろうか。

「真壁、話して」

「俺の名は真壁征志郎。年齢二十八歳独身。職業探偵」

「話題を逸らさない」

「逸らすもなにも会話すら成立していなかったと思うが」

「うるさい」

 さきほどからこんな感じだ。彼女とは立会人として一度会っただけの縁なのだが、薄い縁など気にせず向かい席に座っている。

 もちろん断りなどなしだ。

 女性から詰問される構図は喫茶店なら店員の注意を惹く程度で済むのだが、困ったことにここは若人が集うエレン魔法士学園。美少女からテラス席で詰問される構図は噂好きの学生の注目を集めやすい。それが昼食時となれば尚更だ。事実注目されていたのだが彼等は彼女が放った冷気を浴びて逃げ去っている。昼食を台無しにされた学生諸子には同情を禁じ得ない。

 暑気のきつい本日。

 冷房様様の過ごしやすい気温にしてくれたことは感謝するが、代わりに彼女のプレッシャーも大幅増量していた。昼食は食堂にとって書き入れ時。こんな時間に営業妨害をするなど店から追い出された上で出入り禁止にされしかるべきだと思うのだが、店員は一人として近寄って来なかった。明らかに異常な反応。多分、初めてではないのだ。明らかに異常な事態だが彼女はそんな事などお構いなしである。中々肝の据わった女性だなと心の中で見当違いの称賛をしてしまう。

 正直、こういう女性は嫌いではない。

 彼女の不満を解消すればいいのだがコミ症気味の少女の内心を図るのは難しい。ホームズ先生曰く「女性の行動を予想するのは難しい。大騒ぎとしたと思ったらその原因がヘヤピン一つだったということもある」とはよく言ったものだ。

「なにか話して」

「仕方がない。規約違反だが宇宙について語ってやろう。火星と木星の間に存在する小惑星帯は、ウーヌスにおいてアステロイドベルトと呼ばれている。総数何百万とも言われる巨大な岩石の集団と考えればイメージしやすいだろう。原始宇宙の名残を残すともいわれる巨大な岩石群は太陽系成立以来変化がないらしい」

「なに、それ?」

「アステイドベルトの存在は魔術の世界でも論議の的になりやすい。例えば隕石招来により地上に落下している物体はどこからきているか。俺個人は巨大な雹の塊だと想像しているが、アステイドベルトから飛来していると主張する一派がウーヌスには存在する。もっともそいつらの目的は巨大隕石を地球に落下させるのではなく、月に次ぐ第二の衛星として地球に呼びよせる点にあるとか。月の満ち欠けはマナにも大きく影響を与えるため、同じような存在をもう一つ増やせばより多くのマナを行使できると考えているらしい。計画の名はセカンド・ルーナ・プロジェクト。火星探査を計画するNASAも一枚噛んでいる国際規模のプロジェクトだ。万が一、軌道がズレて落下してきたらどのように始末付ける気なのだろうな」

「真壁、ティアを知らない知識で誤魔化そうとして?」

「規約違反を犯してウーヌスの知識を披露した見返りがその返答とは頂けんな。馬鹿にするもなにも何を話せというのだ」

 小さく溜息をつかれる。

 そんなことも分からないの?

 そんなふうに言いたげ表情だ。いっそ諦めて席を立ってくれれば助かるのだが梃子でも動く気がないらしい。

「昨日、なにをしていた?」

「何故話さなければいけないのだ。その理由くらいは教えてくれてもいいだろう」

「ティアはあれから毎日ここで真壁を待っていた」

「約束した覚えはないのだが」

「待っていた」

「いつ約束したというのだ」

「――待っていた」

 約束はしていないらしい。

 どうしたものかと思いながらテーブルに置かれたマグカップに口をつける。マグカップの内容物は意外にも暖かかった。冷気で冷やされたものとばかり思っていたが、いつの間にか店員が差し替えたのだろう。辺りに視線を移すと厨房に退避している叔母さん達の懇願する視線と目が合う。

 致し方ない。

 女性の頼みに応えるのが紳士の務めだとマイヤーから常日頃注意されている。

 マグカップ一杯分の恩義には答えなければいけないだろう。

 それが彼女の望む返答かは疑問があるが、そこまでは責任をもてないが。


 昨夜はスルガヤの屋敷に深夜までいた。

 アリアを一人だけにしておくのは保護者として問題あるが致し方ない。

 アリアは誰?

 恋人?

 よしてくれ、同居する姪だ。

 嘘。

 嘘はついていない。少なくとも法的には。

 分かった。

 わかればいい。

 とにかくだ。保護者として義務はマイヤーを先に帰しているので最低限果たしている。深夜まで長居したのはハンデ権に関するスルガヤの話しが取り留めもなかったからだ。あまりに長いので「今夜は泊まらせてくれ」と頼んだのだが、屋敷中に響き渡るほど号泣されたときは流石に参ったよ。

 人は歳をとると涙もろくなるものらしい。

 仕方なく家に帰るとアリアが玄関で仁王立ちして待っていた。怒っていたがどこか嬉しそうなのはマイヤーがフォローしたからだろう。

 これ以上はプライベートにあたるので語るまい。

 まあ、色々大変だったとだけ言わせてもらおう。

 さてスルガヤが語った内容は残念ながら断片的だった。スルガヤは魔術が扱えないのだから文句は言うまい。

 要約と次のような内容になる。

 ハンデ権は両者が対等に戦わない代わりに、ハンデを背負う側にメリットをもたらすシステムらしい。そのメリットとはあらゆる要求を一つだけ叶えるというもの。あらゆるといっても個人が叶え得る範囲に限定される。世界を崩壊させろとか、死んだ人間を生き返らせろとかは個人の手に余るから論外。核爆弾の起爆コードゥオ調べろとか、死者の生き写しのようなホムンクロスを製作しろとも無茶な要求だが、ハンデ権を行使する人間は金持ちや権力者なのだから実現自体可能かもしれない。経費はかかるだろうし要求を実現したときに破滅するかもしれないが、そんなことはお構いなしだ。

 ハンデ権は法外な要求を可能にする。そのためスルガヤによると約束を反故された例もあるらしい。その防止策として公文書への署名を求められる。違反者には個人のみならず一族郎党に至るまで、魔法士の助力を受けることのできない制裁を受けているとのこと。

 過去形ではない、現在進行形でだ。

 俺には魔法士の助力を得られないことによる不利益性を理解しにくのだが、魔術刻印による本人確認が不可能になるらしい。ドゥオにおいて魔術刻印とは印鑑も同じということを鑑みれば、商取引や諸般の手続きが不可能になるだろう。これでは社会的な抹殺されたといっても言い過ぎではない。制裁を受けた一族がどうなったかは知らないし知りたくもないが、無残な生活を強いられているとは思う。

 しかもその制裁はいまも継続しているらしい。

 見せしめとはいえ、一世紀も制裁を継続しているとは惨いことをするものだ。


「――以上だ」

「真壁、ひとでなし」

「ひとでなしは酷いな」

「悪党」

「探偵は阿漕な商売なんだよ」

「クズ」

「わかったわかった。俺はひとでなしのクズの悪党だよ」

「……でも許す」

「意外な返答だな。『来訪者なんか消えていなくなれ』と罵倒されると思ったが」

「ティアは来訪者という理由で差別しない」

「差別しないのと許すのとは百光年ほど違いがあるぞ」

「真壁は昨日なにをしていたのか正直に話した。だから許す」

「それどうも」

 彼女の心理がいま一つ理解できない。

 気分次第で暑気と一緒に野次馬を吹き飛ばす女性だ。気に食わない人物と判断されれば何をしだすか予想も出ない。我が身にそれが起きていないということは、気に入られたと解釈してもいいのだろうか。

「真壁、ハンデ権受け入れたらだめ」

 彼女の発言は相変わらず脈絡がない。

 かくあれ、かくあれかし。

 今かくあれどの部分が省略されると会話が続けにくい。個性といえば個性なのだが友人が出来にくい個性である。

「スルガヤは拒否するなと警告していたが」

「受け入れたら真壁が死ぬ」

「君はなぜそう断言できるのだ」

「ティアは君じゃない。ティアの名前はユースティア」

 頬を膨らませて、彼女は――いやユースティアは抗議する。

 彫像みたいな美術品が意外な側面を見せたため不思議な愛嬌を感じた。そういえば「君の名は?」とか「勝てたら聞くのが楽しみだ」などと会話を交わした気がする。ユースティアが本気にしたとしたら機嫌を損ねていたのも致し方ないだろう。

「拒否するのも手だが、それを口実にしてパトロンの資格を放棄したと認識されるのは困る」

「それはない、と思う」

「ラウロ理事長は俺が麻人のパトロンになるのを好ましく思っていない。阻止するためならルールをねじ曲げるくらいやりかねない」

「うん、御爺様ならやる」

「御爺様って、君はラウロ理事長の孫娘なのか?」

「ティアの名前はユースティア。いい加減覚える」

「すまんすまん」

 似ても似つかない二人の容姿に軽いショックを受ける。

 こちらの動揺を気にせずユースティアはデザートを注文し始めた。それも一つや二つじゃない。傍若無人とはまさこれ。女性がこの手の行動をとるときは、大抵支払いは男性持ちなのは経験則で知っている。いやな経験則だが、おかけで心構えはできるようになった。

 ツケは効くのだろうか? 

 こちらの不安を無視してユースティアの前に置かれた皿はマリオの無限増殖のように増えていく。スーパーモデルがほぞを噛むような体型をしているくせに、どこに入っているのだろう。

 匠が創り上げた美術工芸品のような姿は完成されているが故に人間味を持たないはずなのだが、目の前に陣取る少女は袈裟斬りでもするように俺の貧弱な想像力を破壊していく。

「真壁、Aセット追加」

「まだ食うのか」

「悪い?」

「味わって喰え。やけ食いみたいな態度はお百姓さんに失礼だ」

「……わかった」

「そんなに美味いか?」

「そこそこ」

 彼女が食べていたのはパンケーキの出来そこない。

 パン種こそケチってしないがシロップはおろか蜂蜜すらかけられていなかった。トッピングに添えてあるにはジャムだけ。このジャムが癖物なのだ。以前興味本位で口にしたことがある。思い出したくもない記憶だ。ウーヌスの食品が糖度を増すように品種改良されている。そのことを嫌というほど思い知らされた。

 ユースティアは喉に詰まったらしく彼女は胸を叩きだす。必死に胸を叩いているが成長しすぎた女性の象徴が邪魔してうまく気管を叩けていない。

「慌てるな、水でも飲め」

「――」 

 苦しそうに手を差し出す彼女に水が入った木の器を差し出す。

「一気に飲むな。少しずつ飲まないとかえって苦しいぞ」

「――うん」

 手のかかる女だ。

 妙に素直なときがあるのもアリアに似ている。二人の容姿は甲乙つけがたいが女性として成長では甲と丙といったところか。どちらが丙かはあえて言うまい。

 喉のつまりから解放された彼女はメニューを開く。

「まだ食うか? 食べすぎは美容に悪いぞ」

「……うん」

「理解してくれて助かる」

「――真壁。支払って」

「何故、俺がそこまでしなければいけない」

「払ってくれたら真壁に協力してもいい?」

 何故疑問形。

 女性の心理は理解しがたい。

「ハンデ権を使用しての立会人はティアにしかできない。だからティアが今日やると言えば今日パトロン決定戦が行われる。ギルドに時間は与えない。真壁が生き残れる唯一の方法」

「勝つ方法とは言わないのか」

「ティアは真壁の実力を知らない。でもギルドの本気は知っている。それだけの話し」

「OKOK。だが条件はそれだけではないだろう?」

「アマデオとの試合でなにをやっていたのか教える」

「ラウロ理事長も言っていただろう。錬度の問題だと」

「嘘吐き」

「何故嘘だと思う」

「真壁と同じことをティアにはできない。ティアにできないなら誰にもできない。できないなら理由がある」

「大した自身だよ」

「ティアは事実を言ったまで」

「理屈を教えるのは構わないが実践できるかは保証しない」

「構わない」

「マナに対する認識の違いから語らないといけないな。マナとは魔術を行使するための最も基本的な触媒、簡単にいえば燃料のようなものだ。根本的に異なるのはマナをどのように取り入れているか。こちらの国ドゥオでは大気中に含まれる大量のマナを随時取り入れることで外燃機関のように魔術を行使している。外燃機関方式の欠点を一つ上げるとすれば一々外からマナを取り入れるため詠唱速度が劣る点。個人の錬度でカバーできるとしても限界がある。一方、俺の国ウーヌスではマナが気薄なため自身の持つマナを内燃機関のように利用する事で魔術の行使を可能としている。外部から無尽蔵にマナを取り入れられないから出力は劣るが発動は段違いに早い。

 例えるならマナ不足のため燃費を気にして効率の良いエンジンを開発した日本車ウーヌスに対して、燃費を無視したパワー重視の外車ドゥオ。ドゥオでは某国の車番組さながらに「POWWWEEER!!!」と叫びながら無駄に強力な魔術を行使している。どちらが魔術を発展させられるかといえば車と違い後者に軍配が上がる。何故ならば魔術を行使できる程マナを個人が内包する例は稀なのだ。

 そんなわけでウーヌスにおいて魔術は衰退の一途を辿っている。来訪者が魔術を行使できないのも道理なのだ」

「分かった」

 あえてドゥオには存在しないエンジンという概念を用いて説明している。それ以上説明する気がないというこちらの意図は伝わったようだ。 

「理解してもらえて助かる」

「違う。真壁が何を話しているのか分からないのが分かった。分からないなら調べればいい」

「分かった分かった。生き残れたら実験でも検査でも気の済むまですればいい」

「……交渉成立」

 目を爛々とさせる表情は知的好奇心を刺激されたマッドサイエンティストのようだ。関わらないに越したことがないのだが、生憎と他に協力者のあてがない。

 俺は胸ポケットに入れている黒塗りのシガレットケースから煙草一本取り出す。

 込み上げてくる不満は言葉にせず煙と一緒に吐き出すとしよう。


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