第二章 ハンデ戦(2)
僕、葛宮麻人はエレンの街の大通りを歩いていた。
人口三万五千人の街にしてはエレンの街の大通りはかなり大きい。
古の朱雀大路や札幌の大通公園程ではないけれど、エレンの人口には不相応な広さだと思う。それでも往来する人達と肩が触れ合ったりするのは市が開かれているから。
スリをするには絶好の機会だろうね。しないけど。
冒険者ギルドゥオ後にして大通りを歩いているのは、ジュリエッタとアマデオとブルータスさんの打ち合わせの邪魔をしないため。一応気を使ったんだよ。いや、本当は僕もあの場に留まりたかったけど。でもブルータスさんが許してくれなかったんだよね。厳しい口調ではなかったけれど反論を許さない意思を僕は感じた。
ジュリエッタは渋ったけど、居心地が悪くなる前に僕は部屋を後にしていた。結論が決まっているなら波風をたてない方が良いに決まっている。部屋を後にするとき、アマデオが「暇つぶしに大通りにある屋台でも行きたまえ。今日は市が開かれているから色々と面白いよ」と声をかけてくれた。
たしかに面白いことになっているかもしれない。
なんでって?
だって僕をつけまわしている尾行が人波にもまれているし。
多分、ギルドのまわし者だと思う。
尾行は十メートル後方にいるけれど僕を完全見失っている。
尾行しているのは男が一人だけ。その男も大通りに入る前に入れ替わったばかり。冒険者ギルドから大通りまでは三キロ程度の距離だけど、ここにくるまで僕は何度も通りを曲がっていた。その度に尾行が入れ替わり立ち替わりして追ってきた。アマデオが市に行けと教えてくれなかったら巻けなかったと思う。
随分念を入れているけど、僕は彼等の尾行が始まったときから気付いていた。
人の注目を浴びるのが日常な僕は人の視線に敏感な体質だったりする。その体質はドゥオに来てからも治らないみたい。「強健な身体に健全な魂があるよう願うべき」とはよく言ったもので、この体質はどこまでも追いかけてくる。もっとも今回は助かっているけど。
今日は市が開かれているので往来が多い。
さっきギルドに行く途中に食べそこなった串焼き屋。
ガラス球を宝石と偽って売る行商人。
二羽の鶏が激しくぶつかり合う闘鶏。
なかでも一番人が集まっていたのは等身大の人間がアクロバティクな動きをする人形劇。気になったので内容を聞いたのだけど、どうやらエレンの街の創世神話みたいだった。
内容はこんな感じ。
昔、エレンの街を襲いかかった蛮族がいた。
蛮族の王は美しい歌姫を差し出せ。従うなら良し従わぬのなら三日三晩エレンの街を略奪と蹂躙をすると宣言する。
しかし勇敢な市民達はその要求をはねつけた。
勇敢な決断かもしれない。
しかし対価は大きかった。大きすぎた。怒った王はなりふり構わぬ総攻撃をかけて陥落させた。そして宣言通りに、三日三晩、略奪と蹂躙を欲しいにままにしたのだ。
故郷を失った歌姫は激しい後悔と悲しみのあまり炎に身を投げた。
炎は巨大な竜巻となり、最後には人型の巨人になる。
炎の巨人。
エレンの巨人の二つ名でも語られる巨人は、歌姫と市民の怒りを代弁するかのように蛮族へ復讐をする。今は滅びた旧エレンの物語のようで、哀しくも勇ましい物語は子供達には大人気のようだね。
TVはもちろんラジオすらないドゥオにおいて、演劇や闘鶏は最大の娯楽なんだろう。
最たるものが演習場で行われたあの試合。
ボクシングの試合でも死者は出るけど、人の生き死を娯楽にしているあれはまったく別物。共感したくないけど魔物が跋扈する世界では必要な鍛練と割り切るしかないんだろうね。
あっちこっちの見せ物に首を突っ込んでいる間に、別の尾行が僕に近付いてきた。さっきの男がどこに行ったかはわからない。僕は見せ物小屋から離れて大通りの人混みに移動する。肩が触れ合うほどの人混みでは身長の小さな僕は埋没する。身体的コンプレックスもところ変われば有利になるな。嬉しいけど嬉しくない。さすがに尾行を振り切ることはできないけれど、そこまでは期待していなから問題ないや。
人混みから後ろの様子をもう一度うかがう。
大丈夫、僕を見失った。
大きく深呼吸して呼吸を整えると、ジャケットの裏ポケットに入れておいた無線機の電源をONにした。ジュリエッタンにはチョーカーと偽って答えたそれは咽喉マイクなのだ。首輪のように装着する咽喉マイクに巻き付けたイヤホンを耳に装着する。
「こちらアルファ、こちらアルファ。マイクどうぞ」
「こちら真壁。麻人どうかしたか?」
「こちらアルファ。雰囲気くらい楽しませて下さい。どうさ」
「こちら真壁。無線通信の傍受ができない連中相手に、フォネティックコードゥオ使用する意味などあるのか?」
「こちらアルファ。気分の問題ですよ」
辺りが騒々しいのも雰囲気を台無しにしている。
本当はスパイ映画みたいにカフェのテラスで接触したかったけれど、それでは目立ちすぎるので妥協するしないね。