第一章 パトロン(11)
演習場での見世物を終えた俺に教師や生徒が集まってくる。が、こいつらには用はない。適当にあしらいつつ麻人の前に辿り着く。麻人の脇にはが定位置かのようにジュリエッタが座っていた。
心なしかジュリエッタの顔が赤い。
何かしたのかという俺の問いに麻人は何かされましたと応える。
麻人の返答にジュリエッタの顔が益々赤くなっていく。
なるほど、確かに何かをされたのだろう。
少しからかってやるかと思ったところでポケットに入れたスマホが震えだす。取りだして確認するとアリアからの呼び出しらしい。
「麻人、悪いがアリアから呼び出された。後のことは自分で何とかしろ」
「次の日程がまだ決まっていませんよ」
「決まり次第、お前から連絡してくれ。お嬢さん、それで構わないよな」
呼ばれたことで我に返ったジュリエッタから思いっきり睨みつけつられた。今日会ったばかりの人物、しかも少女に恨まれる覚えはないのだが。まあ、いい。無関心より憎悪の対象の方がまだマシ。どうでもよい存在と認識される事ほど不愉快なことはないからだ。
事務所に戻るとバスルームで軽くシャワーを浴びて汗を洗い流す。
アリアは汗臭さを嫌う。
以前、『征志朗、汗臭い』と呟かれた。洗い方が足りなかったのか使用していたボディーシャンプーが悪いのかは分からないが、あの年頃の女性にあのような目で見られるのは精神的に堪えた。
以来、アリアと合う前にシャワーを浴びる習慣がついてしまった。
シャワーを浴びていると誰かが所長室に入ってきた。いまは移動して黒いレザーのソファーに座って待ち構えている。恐らくアリアだ。シャワーを浴びている途中だが依頼人を待たせるのはエチケット違反だろう。致し方あるまい、十分程度で切り上げて所長室に戻ることにした。
所長室に戻るとアリアがソファーに座っていた。
「征志朗! 貴方、私の忠告を無視してまた無茶をしましたね」
アリアはソファーから立ちあがると後ろに振り返る。抗議の言葉を続けようとするが二の句を継げず硬直する。
その間、約三十秒。
硬直するアリアを無視して冷蔵庫から飲み物を取り出すと、彼女に向かって炭酸飲料を放り投げた。三百五十ミリリットルの赤い缶ジュースは放物線を描き、アリアの小さな手に収まる。
赤い缶ジュースを手にしたアリアは、俺の姿を三度見直してから大人しくソファーに座る。厳密には目を背けながらだったが三度確認していたのは事実。スラックスこそ履いているが上半身裸の男性の姿をガン見するのは年頃の女性としてはどうなのだろう。名目上とはいえ叔父として、彼女の将来に僅かばかりの不安を覚えずにはいられない。
アリアはソファーに大人しく座っている。先程まで抗議の声を上げていた人物とは思えない。ほどだ。視線は泳いでおり赤い缶ジュースを握る両手は覚束ない。
予想外の展開に思考が追いついていないってところか。
よく見るとアリアにしては珍しく身だしなみが整っていない。学校から走って帰って来たのだろうか。
「調査中に呼び戻すとは余程の用件だろうな」
「依頼人は探偵に途中経過の報告を聞く権利があります」
「もっともな言い分だが目を背けながら話されても説得力に欠けるな」
「はやく服を着なさい、服を。マイヤー、マイヤーはいないの?!」
マイヤーなら奥で忍び笑いをしている。
普段悪意のない老執事を演じきっているが、あの爺さんには時々このような真似をする悪い癖があった。マイヤーにも困ったものだ。「ただいま参ります」と応えてから、きっちり三十秒後に上着を用意したマイヤーがやって来た。
渡された服を着用しているとアリアと目が合う。目を逸らしながらも時折覗き見られている。男性が同様の行為をしたら「痴漢、変態、変質者」呼ばわりだ。男とは損な生き物である。
「別に見るのは構わないが」
俺の問いかけに「見ていませんから!」と返答して背を向ける。
「ひゃっ!」
背を向けているのでわからないが、先ほど渡した炭酸飲料が勢いよく噴き出したのだろう。結果、俺が着替え終えると同時にアリアがバスルームに向かうことになった。
相変わらず彼女の行動は予測しがたい。
女性の風呂は長い。
それが少女と言える年齢だとしても、だ。この前提に立てばアリアは少女でなく一人の女性であると言えるのかもしれない。などと埒もない事を考えながら俺は窓から外の風景を見ていた。
窓に写るのはエレンの夕闇と夕焼けに染まるコンクリートジャングル。
いつみても不思議な光景だ。
我が探偵事務所が入居するビルディングを、来訪者探索の広告塔に使えないかと提案したのは俺だった。あのときのアリアの唖然とした表情はいまでも忘れられない。予想外の提案に唖然としたのか反対の声が上がらなかったのは最初だけで、「なんて事を言い出すの、この人は!」と猛反対された。
来訪者には教会から出生証明書は付与されない。
存在すれど実在を認めず。
それが来訪者に与えられた待遇なのだ。
来訪者の特徴といえば黒い瞳と黒い髪毛。あとは名前くらい。いずれもドゥオの人間にはないものだった。特徴があるのは助かるがドゥオへの落下地点が分からないため調査は難航した。落下時点で調査を開始できればば把握できれば別だろうが現状は後手に回ってる。このような状況で人探しをするなど不可能に近い。探すことは探す。だが、相手からやってくるように仕向けるのは有効な手だった。
相手に己の存在を知らしめるには巨大な建造物が有効である。
世界には巨大な建造物が点在している。それは歴史上の権力者達が己の権勢を知らしめるために有効だと理解していたからだ。そのひそみに倣うのも手であろう。幸い俺は真壁ガーデンタワーのオーナーであり、この建造物を転移さえ得すればよく、一から巨大建造物を造る必要性はなかった。
地上四五階、高さ二〇一メートルもの巨大建造物はドゥオに存在しないため嫌でも目立つ。しかも来訪者なら誰でもウーヌスの建造物だと誰でも認識できた。
乗り越えるべき課題は多かった。
ウーヌス側から無関係な人物は移動させてはいけない。そんな事態は論外だ。なにより重要だったのは、ビルディングの存在を認識可能なのが来訪者だけに限定しなくて行けない点。ドゥオの住民から日照権について提起されるだけなら些事な問題だか、侵略行為と認識されるのは避けなければいけなかった。
それらの技術的問題はアリアの方で解決してくれた。
断っておくが丸投げでは決してない。
役割分担だ。
「いつ見ても幻想的風景ですよね。征志朗の無茶な要求もたまには役に立つものです」
一時間以上バスルームから出てこなかったアリアがようやく上がってきた。女性の風呂が長いのは方程式のようなものだから仕方がない。人を呼び出しておいて長風呂をするのは誠実な態度と言えないが、女生とはそういうものだ。。
不満は煙草で誤魔化す。
シャンプーの香りをさせたアリアはちゃっかり隣りへ座る。濡れた上着はぶかぶかの白いワイシャツに替わっていた。ぶかぶかなのは男性用の衣類をアリア愛用しているのでなく、俺のワイシャツを勝手に着ているため。
時々、アリアはこのような態度を取る。
俺は基本黒以外の衣類を持たない主義だがワイシャツは白を愛用している。正確には「全身黒ずくめにしないでワイシャツくらいは白にしなさい」とアリアに指摘されたためだ。それがまさか自分も着用するためだったとは予想もしなかった。
アリアの銀髪はまだ乾ききっていない。
風呂上がりの女性は別の顔を見せるものらしいく年不相応な妙な色っぽさを感じさせた。
「今回はどんな苦情を申し立てる気だ。生憎、俺も忙しいから簡潔に頼む」
「ムードがないですね、征志朗。こういうときはもっと気を使うものですよ」
「悪かったな」
一時間も待たされて気分を害したとは口にしないし、してはいけない。
適当に相槌を打つと棚からブッカーズを取り出す。
コルクを抜きショットグラスに注ぐ。
アルコール度数六十度を超える液体は深い香り立ち込めた。実に香しい香りだと思うのだが、むせるような香りをアリアはお気に召さない。
「お酒なんか飲まないで私の話を真面目に聞きなさい。私は今回の件を詰問しに来たのです」
「悪いが発言の意図が理解できない。依頼なら忠実にこなしていると思うが?」
これ以上苦情を言われては酒が不味くなる。氷など入れずストレートのまま一気に飲み干すと、熱い液体が咽喉を伝い体内に入ってきた。やはりブッカーズは旨い。「飲むなと言っているでしょう!」との抗議を聞き入れるわけにはいかない。酒は友。ショットグラスに注いだ友を裏切るのは道義にもとる。
抗議の声を上げていたアリアだったが、諦めたのか途中から五月蠅く言わなくなった。アリアが妥協したのだから、こちらも二杯目は諦めるとしよう。
グラスを机に置くと、彼女は用件を口にする。
「くどいようですが、本当に学園へ葛宮麻人を送り込む必要があったのですが? 来訪者を確保している人物との接触目的があるとしても一時的な入学で済ませて、麻人は迅速に帰還させるべきではないでしょうか」
「意外に麻人のことを気にかけているのだな。俺はてっきり毛嫌っているかと思っていたが」
「それとこれとは別です」
「嫌っているのは否定しないか。そこまで嫌われるとは麻人も哀れな奴だな」
「麻人のことなんてどうでもいいです!」
「自分の発言を否定しているぞ」
「征志朗叔父様はアリアを馬鹿にしているのですね。そうですね、そうにきまっています!」
遊びすぎたのか酷く睨み付けられた。その顔で睨まれても怖くはないが、依頼人には誠実であるべきだろう。からかうのはこのくらいするか。
「与えられた条件から最善の手段を選択したまでだ。あいつ以上の囮はそういないし、実際予想通りに囮にかかった。予定通りに事が進んでいるのになにが不満なのだ?」
「麻人達は犠牲者です。道具として扱っていい存在ではありません」
「その話しは充分したが」
「話しをしたか、しないかの問題ではありません!」
理性ではなく感情の問題らしい。論理性に欠ける議論は疲れるが、未成年の不満を聞くのも保護者の義務なのだろう。適当に聞きながしながらアリアの感情が落ち着くのを待つとしよう。
「――というわけで、麻人達を道具のように使うのは控えて下さい」
「善処しよう」
「わかればいいのです、征志朗」
「囮云々は置いておくとして。麻人の希望が魔術学校への進学である以上、一時的な入学で済ませて迅速に帰還させるという提案の実現不可能だ。いままでは魔術学校がどこにあるか分からないでやり過ごしてきたが、学園都市エレンでシンイチを保護したことで問題の先送りは不可能になった。先送りが不可能である以上、利用しない手はあるまい」
「でもでも」
「麻人が卒業まで学園に通学すると決まってわけではないさ。あいつも魔術学校への進学を希望しているだけで卒業や永住までは要求していない。多少の寄り道するくらい意地になってまで反対する事とは思えないが」
「……年齢を重ねないのはウーヌスにある肉体だけです。精神は確実に年を重ねています」
「その話は聞いていなかった。だが、精神の寿命は何歳なのかなど知りようもない」
アルツハイマー型認知症が精神の寿命なのかは意見の分かれるところだが、この点を指摘すると話しがこじれるので口にしなかった。
「このままではいつかウーヌスの肉体とドゥオの精神で時間軸にブレが生じてしまいます。帰還してからの生活に支障が生じてからでは遅いのですよ」
「……アリア」
いつになく真剣な表情で名前を呼んだので彼女は動揺する。
「時間に軸はない」
「はい?」
「時間軸というものは時間経過を図式化したときに用いる表現方法であって――」
「いまは言葉の意味や宇宙観について話しをしているのではありません!」
議論を横路に導こうとしている意図に気付いたアリアが切れる。
聞くに堪えない猛抗議が十分以上続いたが、麻人の件について俺が話しを聞く意思がないと悟ったのかようやく大人しくなった。冷静に考えて俺達は麻人の要求を受け入れるしか選択肢がなく、この件について議論をするだけ無駄なのだ。
アリアは喋り続けて喉が枯れてきたのだろう。炭酸飲料を一気飲みする。綺麗な顔をして豪快な飲みっぷりだが、それはそれで絵になるというのは面白い。
喉の渇きを潤すことで少しは気を落ち着けたのだろう。彼女のいうところの詰問を再開する。
「麻人の件は保留するとして、学園での戦闘の件について詰問させて下さい」
「詰問しているのに『させて下さい』と了解を求めるのは妙な話だ。そこは詰問を続けますと断言すべきだ」
「一々細かな点を突っ込まないで下さい」
「ところで学園での戦闘をしていた時間帯は、アリアはウーヌスの学校で授業を受けていた時間だと思うが」
「……そうですけれど」
「そうですけれど、ではない。保護者として言わせてもらうが学生の本分は学業にある」
「話しを反らさないで下さい。私は学生である前に管理者です。そして管理者である以上、私には責任があります」
「いいや違う。君は管理者である前に未成年の学生だ。未成年だから保護者が必要なので君の保護者にもなったし同居も認めた。そのときに仮の身分だとしても学生として学業をおろそかにしないと誓ったよな」
「でもでも」
「君はその誓約を破った」
「……ごめんなさい」
アリアは涙目になりながら何度も頭を下げた。
正直心が痛まないでもないが、保護者という立場を笠に着て主導権を握り直す。
「説教はこのくらいにしておこう。麻人の件を保留するとして、他に聞きたいことがあるのではないか?」
「――シンイチさんが望まれたのは教育だと報告者にありますが、アマデオさんに対する征志朗の対応は少しやりすぎだったと思います」
「一番手っ取り早い方法を選択した結果だ」
「でもでも公衆の面前で叩きのめさなくても」
「舞台が整ってしまったのだから仕方があるまい。アマデオはシンイチが評価するだけあって悪い奴でないようだったが、話しあって分かるならシンイチも苦労はしないさ。自分の型はこれだと信念のように思いこんでいる相手に理屈で語っても百害あって一理はない。男と男が自分を信じ全力でぶつかり合って相手が言わんとしたことが分かるケースもある」
「男と男だなんて響き、女には分からないと差別されてみたいで好きじゃありません」
「好みで物事を考えるな」
「私の好みは別にしても、公衆の面前で騎士が恥をかかされたのなら逆恨みをするのではないですか?」
「それはないだろうな」
「どうして言い切れるのです」
「ドゥオの文化レベルはウーヌスと比較して十世紀程度の差が存在する理解しているな?」
「はい」
「十一世紀初頭の騎士はまだ貴族化していないのさ。この時代市民が騎士に成り上がるのが可能であり、騎士道が神格化されるのは後の話しだ。別の階級からの移動が可能ということは思考に固定化してということも意味する。それに十、十一世紀なら馬上試合が盛んに行われている。公衆の面前で負けるくらい耐性がついているだろうさ」
「騎士同士ならその理屈は分かりますよ」
「重要なことは型を変える事と型を崩すという意味は似ているようで本質的に異なるという点だった。問題はアマデオが学生としては強すぎるため、学園の教師でも本人が理解できるように教える事が出来なかったのさ。アマデオに理解させるためには、五、六分程度スパーリングに付き合ってやった。ただ、それだけの単純な話だ」
「――本当ですか。私には意図的にいたぶったようにしか観えませんでしたよ」
「だから観ていたんだな」
「悪いですか! ええ、征志朗が心配で心配で観ていたんですよ!」
部妙な空気が流れる。
俺達二人はどのように会話を繋げるか分からないまま五秒ほど時間が過ぎた。
沈黙に耐えきれなくなったアリアは、顔を真っ赤にしながらも何事もなかったように会話を継続する。
「……初歩的な魔術とはいえ、征志朗の熟練度を見せることはないでしょう」
「……他の魔術では威力が足りないか殺しかねない。第一魔術の行使をしなかったら今度は俺が殺される。素手で剣士とやり合うなど武侠ものでよくみかけるシチュエーションだが、かなりの実力差がなければ命に関わる。依頼とはいえ命のやり取りだ、そこまでサービスしてやる義理はないな」
「異世界が無意識に拉致した者達が魔術に長けた集団だと誤解されたら、まだ救出していない方々に危険が及びかねない点も考慮して欲しかったです」
「ドゥオでは来訪者と呼ぶらしいぞ」
「一々、人の話しに突っ込まないで下さい!」
「来訪者が魔術に長けていないのも、シンイチを除けば優れた人材はほとんど輩出していないのも動かし難い事実だ。麻人で三人目になるが絶対数が少ない以上、この認識は簡単には覆りはしないさ」
「分かりました、この件も良しとしましょう。ですが、紅茶や煙草のような嗜好品を大量に持ち出すのは止めて下さい」
痛い指摘だ。仮に世界間レベルで税関が存在していたとしたら、安くない額の関税を徴収される程度には俺は嗜好品を持ち込んでいた。
「調査に必要な物資の持ち込みは君自身が認めているが?」
事務机から契約書を取り出し、物品の持ち出しに関する項目を指差す。アリアは詐欺師に騙されたかのような顔をして俺を睨みつける。
「活動資金なら充分支払われています!」
「ウーヌスで使用可能な貨幣で、だろう。調査対象が存在する世界で使用不可能な貨幣を渡されてどうしろというのだ」
「そんなことは私の知ったことではありません!」
「仮に博打で儲けるとしても元手がなければ話しにならん。仕方がないから世界を跨ぐ貿易商人の顔を持つだけだ。ドゥオとウーヌスの間には税関が存在しない以上、法は犯していないのだからなにも問題はあるまい」
「問題ありまくりです! どこのどなたが世界を跨いで密貿易をするなんて考えるのですか!」
「時代のパイオニアはいつの世も批判されるものだな」
「恰好良い台詞で誤魔化さないで下さい!!!」
嗜好品というものはどこでも需要がある。それはドゥオも例外ではない。
ウーヌスとドゥオに文化レベルで十世紀ほどの格差がある。それはつまり嗜好品の品質や品揃えにも相当の格差が存在することも意味していた。。おかげで持ち込みさえすればかなりの利ざやが得られた。貿易品として適当な品物は薬物や医療品みたいに社会構造へ影響を品物であり、塩のように国による専売が行われておらず、工芸品より手軽で装飾品より安価に入手化の可能な代物。この前提に立つと嗜好品は手っ取り早く利益を得るには旨みがある商品だった。
ボストン茶会事件などの歴史的事件が起きたのも道理である。
「でもでも。今日征志朗が持ち出したケーキは私が予約してやっと購入したものです。それを勝手に持ち出して交渉の材料にするのはあんまりです」
思わぬ方向から非難され、俺は答えに窮する。
そうなのかとマイヤーに視線を送ると、「アリア様の仰るとおりです」と返答が返ってくる。
「管理者たるものがケーキ一つで騒ぐのはどうかと思うが」
「……酷いです、征志朗」
涙目で訴えられた。
マイヤーの非難の視線も背中から感じる。
正直、こればかりは言い逃れがきかない。俺に非があると認めるしかないだろう。なにより女性から拗ねられたままでいられるのは男として格好がつかなかった。その理由がケーキの持ち出しとあっては尚更だ。
「アリア、悪かった」
いままで拗ねていたのが嘘のように満面の笑みを浮かべるとアリアは要求を並べ始めた。
俺には理解できない単語が羅列されていく。
要約すると「明日は学校が休みだから一日付き合え」と仰っておられる。
「では、行きましょうか征志朗叔父様」
よほど嬉しかったのか、アリアは返答を待たず俺の腕を掴んで立たせようとする。「その格好で外に出るのは勧めない」と指摘をすると慌てて奥の部屋に飛んで行く。
落ち着きのないことだ。
マイヤーからは「征志朗様。男性として女性に恥をかかせてはいけません」と釘を刺され、財布と先程アリアが並べ立てたリストを手渡された。
進むも死、引くも死。
最初からマイヤーとアリアは組んでいたのかもしれない。
そう思いながらも、久しぶりにウーヌスを歩くのも悪くないかもしれないと思う自分がいた。