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第一章 パトロン(8)

 学園の連中は巨大怪獣とでも喧嘩をする気なのか。

 これが演習場を目にしたときの率直な印象だった。

 日常的に魔術を行使する以上、一定規模の施設が必要になるのは理解できる。だが、東京ドームと同規模の施設を建造する必要性が果たしてあるのだろうか。学園は軍事施設や戦略級魔術の研究機関ではないとシンイチと語っていたが、外部への影響を遮蔽しなければいけない程の魔術を学生が使用できるとは思えない。いや、学生と侮るのは正しくはないだろう。第二世界ドゥオにおいて十六歳は成人。彼等を学生と侮るのは間違っているだろう。

 気分を落ち着けるために一服でもするか。スーツからマッチを取り出すと口に咥えた煙草に火を点けた。二酸化炭素とニコチンがドゥオの空気を汚染する。

 演習場の前で煙草を吸っていると校舎から出てきた生徒達が俺の前を通り過ぎていく。煙草が珍しいのか、それとも煙草を吸っている来訪者が珍しいのかしらないが、通り過ぎていく生徒達は物珍しそうな視線を送ってくる。もっとも誰ひとり声をかけてこない。

 生徒達はどいつも年不相応な顔をしていた。

 大人の顔をした子供。

 ウーヌスでも似たような顔はみないでもない。生きることに必死な人間の目だ。俺の国にあれほどの目をした少年はどれだけいるだろう。一見するとエレンは安定した都市に見えるが、その実は危険と隣り合わせなのかもしれない。

 ドゥオは魔物や竜といった化け物が跋扈する世界だ。

 そんなことすら忘れて彼等を学生如きと侮っていた自分に気付く、

 笑えるじゃないか。

 俺も平和ボケしてるらしい。

 生徒達はすべからず演習場に移動していく。パトロン決定戦が見世物になると聞いていないが致し方あるまい。若人はこの手のイベントに飢えている。仮に報道管制を敷いたところで聞きつけるに決まっている。不満はあるが郷に入りて郷に従うしかあるまい。

 煙草休憩を切り上げ演習場に移動する。

 入場口を潜ると同時に学生らしき女性から演習場の中央に連れて行かれた。しのごもなく連れて行かれたので、なにかに腹を立てているのか思ったが違うらしい。どうやら元々口数が少ない女性なのだろう。

「パトロン決定戦のルールを説明。使用する魔術に制限はなし。相手を死亡させたパトロンとしての資格を一年間停止。装備される武装、魔力を帯びた品の制限はなし。相手に対する攻撃は魔力による攻撃に限定される」

 彼女は女性が感情を一斉交えないままルールを説明する。クールな美人と受け取るか白亜の石像が喋っていると解釈するか悩むところだ。

「確認したい点が幾つかある」

「許す」

「対戦相手を死亡させた場合は失格という理解なのか?」

「失格?」

「パトロンとしての資格を一年間停止の罰則がある。ペナルティーを科されるならその行為は、違反ということで失格が妥当だろうと思うが」

「その解釈は間違い。ペナルティーはある。ただそれだけ」

「反則勝ち、か」

 魔力を帯びてさえいれば何をしてもよいらしい。いや、魔力を帯びない得物で闘ったとしても失格にならないと受け取るべきだろう。勝利こそが全て。総合格闘技を標榜している連中がしり込みするほど馬鹿げたルールだ。制限がほとんどないということは、案外戦略級魔術を発動させる馬鹿がいるのかもしれない。演習場とはよく言ったものだ。しかも対戦相手を死亡させてもパトロン資格の一年間停止のデメリットしかない。合意の上とはいえ、その事実を目の前の女性はこともなげに口にする。

 理解していたつもりだったが、ドゥオにおいて命とは安い品物なのだと再認識させられた。

 女生徒とルールについて確認しているといつの間にかアマデオが現れた。

 動きやすさを重視した軽装備。得物は腰に差したレイピア一本とマンゴーシュ。他には確認できないがダガ―の一つくらいは隠し持っていたとしても不思議ではない。騎士がそのような真似をするのか疑問だが、パトロン決定戦はお行儀のよい馬上試合ではないのだ。

 待たせているアマデオを無視して女生徒は「他には?」と聞いてくる。空気を読まないのか読む気がないのかは分からないが、来訪者にもフェアに接してくる点は好感が持てる。

「最後に一つ。魔力による攻撃は素手や武器に魔力を付与する事も想定しているのだよな」

「その理解であってる」

 アマデオの眉が少し動いた。

 動きやすさを重視するため軽装備にしているがレイピアを脇に差した奴にすれば、自分のスタイルを確認されているようで面白くはないのだろう。

「おい、来訪者」

「真壁だ」

「スタイルに文句を言うのは筋違いかもしれないが本気でその姿で闘うなのか?」

 俺の服装は理事長室にいたときと変わりがなく黒のスーツとスラックス。さすがに革靴では不利なのでボクシングシューズに履き替え、両手には赤いボクシンググローブをはめている。一方、アマデオは金属製のブレストプレートを装備。これでは文句の一つも言いたくなるか。

「仮に負けたとしても準備不足だったなどと言い訳などしないさ」

「手にはめている得物はなんだね? それでは呪文印は結べまい」

「ボクシンググローブは立派な武器だ」

 両手にはめているのは愛用するメキシコ製の赤いボクシンググローブ。多くの世界チャンピオンを輩出しているメーカーの製品は柔らかい上、手によく馴染みパンチの威力が乗りやすい。

「金属ではなく布製の得物を選ぶ意図が自分には理解できんな」

 両拳を当てファイティングポーズをとる。

 大方、ボクシンググローブが拳を痛めないための器具とでも勘違いしているのだろう。アマデオの指摘は分からないでもない。ドゥオはおろかウーヌスにおいても、このスタイルで闘う魔術士は俺くらいなのだ。

 アマデオはまだなにか言いたげだったが、審判役らしい先ほどの女生徒の一瞥で大人しくなる。女生徒は俺達二人になにかを説明しているが、左から右にやり過ごし詳しくは聞いていない。

 彼女の話に興味がないので周囲に意識を向けていると、観客として演習場に入場している生徒数達のブーイングを浴びていることに気付いた。御世辞にも上品とはいえない罵声も交じっていたが、相手のホームでの試合と理解すれば気にならなかった。

 生徒の数はおおよそ千人。

 東京ドームを千人で使用するとか、どんなブルジョアだ。

 特等席と思われるところに白髭のラウロ理事長が座っていた。表情までは見えなかったが、「不様に負けろ来訪者」とでも思っているのだろう。

 ラウロ理事長を見つめていたら、ようやく説明を続けていた女生徒の話しが終わる。

「――以上で説明を終わり」

「すまない。重要な点を聞き忘れた」

「人の話を聞かない人にこれ以上話したくない」

「重要なことだ」

「分かった。許す」

「君の名は?」

 この返答を予想していなかったのか、感情に揺らぎがなかった女生徒に僅かな変化がみえた。

「――勝てたら教えてもいい」

「そいつは楽しみだ」

 馬鹿げた見世物の報酬としては悪くない。


 俺達は五メートル程度距離を取って試合開始を待つ。

 アマデオは左手でレイピアを抜いて中段に構えた。

 奴が手にしたことでレイピアが青白く光る。

 右手は空いたままで腰に差したマンゴーシュは使用しないらしい。マンゴーシュは敵の攻撃を受け流すには有効な武器だが、それでは左手がふさがってしまう。パトロン決定戦では攻撃方法が魔力を帯びた攻撃に限定されている。マンゴーシュを腰に差したままならば片手が空くため、状況に応じた魔術の使用が可能。

 これがシンイチの指摘していた構えか。

 器用な上に慎重な構えだ。

 青白く光っているレイピアは恐らく既に魔力を帯びている。現状では奴自体の特性なのか、武器自体の特性なのかは判断できない。攻撃手段が魔力を付与されていることに限定されている以上、攻撃にはなんらかの魔術を必要とする。結果、詠唱速度の差が大きな要素を占めるが、アマデオのスタイルはその問題点を克服していた。中々の試合巧者だ。

 一方、俺の方は右足を前に出して構えをとる。

 ボクシングでいうところのサウスポースタイル。

 アマデオの勝利を確信している生徒達は俺のスタイルになにも感じなかったが、対峙しているアマデオや一部の教師達の瞳は変わる。もっとも策を用意せずにやって来たのではないな、という程度の変化ではあったが。

 右足を前に出す形は右構え。

 左足を前に出す形を左構え。

 一概には言えないが右利きの人物は左構えをとり、左利きの人物は右構えをとる傾向がある。ウーヌス、ドゥオいずれの世界においても右利きが多数。つまり左構えの人間が多いということを意味した。結果、右構えと相対したときやり難さを感じるという現象が発生する。

 レイピアの構えは右足を前に出している右構え。

 レイピア使いと相対したときやり難さを感じるのはこのためだ。ところが俺が右構えであるサウスポースタイルを取ったことにより右構えの利点は相殺された。

 両者が同じ構えの場合、間合いの差が重要になってくる。

 アマデオのリーチは目測で百七十センチ。

 俺のリーチは百八十センチ。

 リーチだけみれば俺の方が大きく上回っているが、アマデオは装備するレイピアの長さ百四十センチほどある。対するこちらは素手も同然。プラスアルファがあるため間合いという要素は、アマデオに有利にみえた。


「始め!」

 アマデオは素早く踏み込み、自分の間合いに移動する。

 俺はアマデオに対して右に移動する。

 詠唱いらずのアマデオの攻撃は早い。

 移動とほぼ同時に連続突きを放ってきた。

 互いの距離は三メートル。

 こちらの射程外からとは悪くない選択だ。

 だが、その選択は読めていた。

 パァシィィィンンンン!!!!

 アマデオの顔が大きく歪む。

 射程外と思われた位置から放たれた右ジャブがアマデオの顔にクリーンヒット。アマデオの踏み込みが速かったこととジャブとのタイミングが噛み合う。カウンター気味に決まったことでアマデオの足が一瞬止まる。一方こちらの動きは止まらない。

『加速』

「なっ」

 拳の射程を延ばすために発動させた強化の呪文は無詠唱だったが、加速の呪文までも無詠唱とはいかなかった。移動速度を加速させたことでアマデオとの間合いを一気につめる。驚き表情を浮かべるアマデオの表情が観察できるほど接近した。残像を残すほどの加速で身体が前のめりなる。否。意図的に前のめりにしたのだ。勢いそのままに打ち下ろし気味の右フックをアマデオの側頭部に叩きこむ。

 やったか?

 右拳がヒットする直前にアマデオの左が光る。グローブ越しに鉄かなにかに当たったような感触が伝わる。耐久の呪文印を結んだか。かなり強烈な一撃のはずだがアマデオの身体は崩れない。

 俺は勢い余りすぎて左に倒れかけたが左足で体重を支える。

 ガリッッッ!

 踏みしめすぎたため地面が削れ土埃があがる。そのまま立ち上がり左ボディブローを放つ。

「ぐはっ」

 アマデオの呪文印も今度は間に合わない。

 端正な顔が苦悶の表情で歪む。

 それでもアマデオは倒れない。

 一度で駄目なら二度まで。再び左フックを打ちこもうとしたが、レイピアを持つアマデオの右肩の動きが気になった。

『加速』

 残像を残したまま三メートルほど後方する。ほぼ同時に目の前を一本の剣筋が通りすぎる。突きを主体とするレイピアで横一文字をしてくるか。

 双方距離が取れたことで乱れた呼吸を立て直す間が生まれる。

 持ち堪えられてしまったがオープニングヒットとしては悪くない。なにより敵の手の内が分かった。アマデオは呪文印使いだ。

 呪文印使いは詠唱要らず。

 複雑な印を瞬時に手だけで結ぶ流派だ。発動体も必要とせず、制約条件を極限まで排除して速さを追求していた。速さは実戦においてなによりも重要な要素であり、アマデオに合っているスタイルと言えなくもない。

 一見すると万能に見える呪文印だが呪文発動に制限が少ないことの代償も大きい。効果は一瞬に限定される。そのため呪文印使いは体術と併用することで弱点を補う。もう一つの代償は連続的に使用できない点。アマデオがボディブローを受け止められなかったのも道理なのだ。

 俺達二人の距離は距離は三メートル。

 この距離はアマデオにとって攻撃が届くか届かないギリギリだが、俺にとっては有効射程内である。この距離を維持したまま奴を中心にサークルを描くようにひだり右回りに移動すえる。同時に速射砲のようなジャブを放つ。

 強化の魔術により射程を延ばしているため、こちらの間合いは読みにくい。

 サークル移動だけでは読まれる。ときおりアリ・シャッフルで変化を加えた。

 右構えが左構え。

 左構えが右構え。

 右構えが左構え。

 左構えが右構え。

 構えを複雑に切り替えて相手を幻惑する。

 同時にこちらの間合いと攻撃のタイミング悟らせない。

 アマデオが翻弄されるには強化や加速の呪文だけが要因ではない。俺とアマデオで装備が違いすぎた。こちらはグローブをつけただけの平服。一方アマデオは軽装備とはいえ金属鎧を身にまとう。両者に速度差が生じるのは道理なのだ。

 サークル移動する間も連発するリードジャブは確実にヒットしている。

 左を制す者が世界を制す。

 ジャブの重要性を指摘した有名なボクシングの格言だ。

 ジャブの嵐でアマデオを翻弄していく。

 ジャブは素手であればただの手打ちにすぎないが、ボクシンググローブをはめることで格段に威力を増す。一撃一撃が意外なほど重いのは、アマデオの顔が徐々に赤く腫れていくことからも分かるだろう?

 一方的な展開になりつつあるが一か所に決して留まってはいけない。

 アマデオは刃物。俺は素手同然。

 一撃で形勢が逆転する。

 アマデオもそれを理解していた。逆転一撃を決めるため俺の動きを眼で追おうとしている、目で追うことに集中し過ぎて返って足が止まる。対戦相手と速度差があるケースにおいて陥りがちなジレンマ。視ていたつもりが観ているだけになるのだ。

 突如、アマデオが後退した。

 これ以上留まるのは危険と認識したか。

 対応が思ったより早い。

 決闘マニアが集う騎士階級出身は伊達ではないか。

 誘っているとも解釈できるが……いやこれは好機だ。

 俺は左足で地面を蹴ると一気に距離を詰める。

 右のリードジャブが二発放つ。アマデオは体を捻ることで一発目をかわし、二発目は左手で発動させた防御の呪文で打ち消した。俺達の距離は一メーターもない。アマデオはこちらの番とばかりにカウンター気味に斬りつけようとするが、俺の追撃の方が速かった。

 最早距離測定用のリードジャブなど必要ない。

 渾身の左ストレートを放つ。

 利き腕から放たれる左ストレートがアマデオの顔面に迫る。既に呪文印を発動させてしまった奴にはこちらの攻撃を打ち消す手段がない。たまらずマンゴーシュで受け流そうとするが、鞘に入れたままで左手に持っていなかったことが災いして間に合わなかった。

 アマデオの身体が宙を舞う。

 演習場の空気が止まった。

 あり得ないと思われた光景が起きたのだ。

 数秒後、演習場に悲鳴と歓声に包まれた。

「後退が直線的過ぎるんだよ」

 アマデオは立ち上がれない。

 審判役の女生徒はカウントを取らなかった。当然だ、ボクシングの試合ではないのだ。そっちの都合は知ったことではない。俺はアマデオを警戒しつつ、ニュートラルコーナ―に相当する場所へ移動。そこで奴が立ち上がるのを待つ。

 九秒後、アマデオは立ち上がってきた。


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