第一章〜始まりの永遠〜
昔々の古い文献を紐解くとこんな叙述がありました。
『この世界には二度、永遠と呼ばれる小さな世界が生まれました。
その世界は一人の特別な本を持った少女が作りました。
そこはあらゆるものが時を止めて、ただそこに存在するのが当然のような世界でした。
しかし、その永遠はやはり少女の手で壊されてしまいました。そしてその少女は人に知られずひっそりと姿を消しました。それから今日まで永遠が再び起こることはありませんでした。だからこそ、今後起こったときに少しでも知識があるように記します。
想像と緊縛の書物、『荊の祈祷書』を……。
〜アルビハネの述書『永遠』126節より〜』
パタン
少女は先程まで見ていた本を閉じました。
今では一番初め、この城にやってきた図書庫の館長です。
「リエーテ様、読み終わったのならこちらで書簡整理をお願いしたいんですが。」
そう言って本棚の影からひょっこりと顔を出したのはラナでした。
「あっうん、分かった。」
少女……リエーテは読んでいた本を閉じて元の位置に戻しました。
リエーテで良いのにと口の中でブツブツと呟きましたが、すぐにそちらへ向かいました。
あの本の直後、リエーテはこの図書庫を任されるようになりました。
本来、『荊の祈祷書』を持つ物が管理していたらしく、ちゃっかりリエーテはここを任されてしまいました。
リエーテも最初は引き腰でしたが、最初に知り合った外見上だけかもしれませんが、同い年のような少女、ラナがいたことで気が楽になり、今となってはラナは友達のようなものです。
リエーテは少し嬉しいと感じながらラナのいる場所に頂いた丈の合わない少し大きい服をズルズルと床を掃除しながら歩いていきました。
ガチャリと大きな扉が開きました。
リエーテとラナは丁度午後の紅茶を楽しんでいたところです。やはり邪魔をされてかラナは少し不機嫌です。
「ん?茶会か。少し混ぜてもらおうか。」
そう言って遠慮もなくもう一脚椅子を取り出したのは無精髭にボサボサ髪の煙草好きの男、レッグでした。
リエーテとラナはまたかという表情でした。
それもそのはず、レッグはブラブラと歩くのが好きらしくここにも頻繁に来るのです。
「今回はどう言ったご用件ですか?返答次第で貴方を強制的にお引き取りさせますが。」
ラナはいつもレッグに厳しいようです。
まぁ、ラナはだいたいの人に対して皮肉を言っていますが。
「おいおい、今回はまともだって。ジャッシュが帰ってくるらしいから呼びに来たんだ。」
そう言って足を組んでゆったりと椅子に座るレッグ。
無精髭などのだらしない格好にそぐわない綺麗にスラッとした姿勢だったのでリエーテは思わず見とれてしまいました。
「ジャッシュ?確か日本に行ったはずじゃないですか?」
ラナは少し驚きながらも自分の紅茶を飲んでいました。
レッグは図書館で煙草を吸い始めました。
リエーテは溜め息ついてから苦笑しました。
三人はジャッシュを迎えに城の門まで行きました。
城が建っている場所は砂嵐が吹き荒れる荒野なので普段は外出しません。
三人共砂塵用の防護服を来ています。
ラナは釈然としない顔でブツブツと愚痴っています。
レッグは結界を作って煙草を吸いながら歩いています。
リエーテは人見知りなのでラナの後ろに隠れるようにひょこひょこついて行きます。
門に着くと三人は壁に寄りかかり、ジャッシュを待ちました。
リエーテはレッグにジャッシュという人に興味が出て聞きました。
「ジャッシュさんて誰なんですか?」
リエーテは砂塵用の防護服をいじりながらおずおずと話しかけます。
「ん?あ〜…なんだ。この城唯一の人間で大分偏屈者だ。」
やはりジャッシュはめんどくさがりで説明になってません。
「ラナぁ〜……」
リエーテは少し涙目でラナに聞きました。
「大体なんで私が……。」
連れてこられたのが不服なのかブツブツと愚痴をこぼしてリエーテの声が届きません。
リエーテは困り顔でうぅ…と唸り声をあげました。
『荒野はまるで人の心、オアシスもない殺風景なここは雨を待ち続ける。
そう永遠に…』
〜…アルビハネ述書『永遠第135節』…〜
緑黄色の髪の毛を結った長髪の男は砂嵐を前にミラーシェードをかけて、サクサクと堅いブーツで砂を噛みました。
「ふむ…、永遠の古城はまだ見えぬか…。仕方ない、少し走るかな。」
どこか極東の言葉めいた話し方で呟き、左腰に添えた曲刀を携え、荒野を駆け抜けていきました。
その頃、三人はまだ門にいました。
リエーテは置いてけぼりみたいな気がして先ほどから三角座りで自分の長い銀髪をいじっています。
どうせ私なんて…という呟きが聞こえてきて少し痛々しく思えます。
ラナは相変わらず釈然としない顔でブツブツ言っています。
ラナは根に持つタイプなのでしょうか?
レッグはレッグで五本目の煙草に口をつけました。
三者三様とはこのことです。
そんな三人が待つこと30分、
ラナがそろそろ開かれた眼が危なく光りだす頃。
荒野にうすらと緑が見えてきました。
その緑は意外と早く大きくなってきて、人の形になりました。レッグはその人に手を上げて呼びかけました。
その人はそれに気づくとこちらに向かってきました。
その人はミラーシェードをかけた長い髪を結った背の高い男の人でした。「遅かったなジャッシュ。」
レッグはもう一着の防塵用の防護服を投げ渡しました。
レッグはどこか嬉しそうでついつい微笑んでしまいそうな顔でした。
「すまない、少々希有な物を見つけてな。遅れたでござる。」
どこか東方のなまりで話しています。
リエーテはもっと年のとった人だと思ってましたから少し驚いています。
「……。リエーテ様、首が痛いですから引っ張らないでください。」
ラナは鬱陶しそうに後ろに隠れているリエーテに言いました。やはり人見知りはなかなか直らないようです。
「おや?そちらの御仁は?」
ジャッシュはリエーテに気づいたかラナを通して見ます。
「あぁ、紹介するのを忘れてたな。新しく入ったリエーテだ、人見知りで俺もよく避けられていた。」
レッグはリエーテを子猫をつかむように服を掴み引っ張り出しました。
「リエーテ殿か。あいわかった。拙者はジャッシュという者でござる。」
ジャッシュはリエーテと目線を合わせるように腰を折ってにこやかに微笑みかけました。
リエーテはその微笑みについ見とれました。
ミラーシェードを通した暖かな瞳はどこか弟に似てたからでした…。
その後、四人は早々に城に戻りました。
「拙者は少し疲れたので失礼するでござる。」
ジャッシュは自分の部屋と思われる部屋の前でピシッと姿勢をただして、入っていきました。
ゆっくりと三人は図書庫に戻り、少しだけのんびりとしていました。
そんな沈黙の後にレッグが口を開きました。
「リエーテ、ジャッシュに渋めの茶を出してやれ。少しは気休めになるだろうからな。」
足を組み直し、紅茶を啜りながらよく喋れるものです。
「私がですか……?レッグさんがやれば良いじゃないですか。同性だし知り合いですし。」
リエーテはいきなりでオタオタしています。
いきなりのことにもいい加減慣れた方が良いですが……。
「面倒だ。まぁ話す機会と思って行け。」
レッグはリエーテが押しに弱いのを知って、やっているのかも知れません。
ラナは我関せずを通して、ダージリンを飲んでいます。
リエーテはうぅと嘆いてからゆっくりと図書庫を出ました。
「レッグ、リエーテ様をどうするつもりですか?」
ラナは横目でレッグを見ます。
「さぁな、面倒だっただけさ、常時通り……な。」
レッグはゆっくりと煙草に火をつけました。
その煙はどこか空虚な気がしました。
リエーテは少し扉の前で悩んでいます。
(このまま入っていいのかなぁ〜…良いわけないよねぇ……よし引き返…)
「おや、リエーテ殿ではござらんか。拙者に何かようでござるか?」
「ひぅ!?」
いきなり突拍子のない声を出してリエーテはティーセットを持ちながら後ずさりしました。
「驚かせてしまったでござるか?それは申し訳ないでござる。つい、気配を消してしまうのでな。」
ジャッシュは頭をかきながら、苦笑じみて言いました。
リエーテはというとまだ膠着状態から抜け出せません。
人見知りのせい以上かもしれません。やはりいきなりは怖いんでしょうね。
「いや、そこまで驚かれたら少し申し訳ない。何かようであったのでござろう?ささ、何もない所でござるが、お入りくだされ。」
ジャッシュは少し困り顔になってから固まっているリエーテを中へとぐいぐい押していきました。
「……まぁ、そんなところだよなぁ。」
レッグは壁の隅から杖を持ちながら出てきました。
「だからと自分の認識を消してまで尾行しないでください。リエーテ様が可哀想です。」
そう言ってラナもひょっこりと隅から出てきました。
……どうやら2人はリエーテを尾行していた様ですね。
ジャッシュの部屋は少しの本と変わった床をした場所でした。
「リエーテ殿、申し訳ないでござるが、ここは『タタミ』という床で靴で入れないでござる故に靴をお脱ぎくだされ。」
と、ジャッシュは自分のブーツを少し開いた玄関のようなところで脱いでいます。
リエーテは少し迷ってからそういうものかと少しヒールがかっている靴を脱ぎました。
…今まで引きずっていた布地のドレスは良いんでしょうか?
「えと、あの……疲れているだろうと思ってお茶を淹れてきましたんですけど…。」
リエーテはしどろもどろです。普段はレッグとラナしか話しませんからまだ慣れてないんでしょうね。
「おぉ、そうでござったか!かたじけない。そこに置いて下さらんか?」
と、ジャッシュが指したのは丸い小さなテーブルでした。
リエーテはティーセットをそこに置いて、ジャッシュに進められたザブトンというものにちょこんと座りました。
「くそっ、この床固いな…。」レッグはもう一階上の部屋で細長い工具を持っていました。
「もう止めた方が良いと思いますけどね。大体何でレッグはそこまでしつこいんですか?」
この二人はまだまだ粘る様子で工具片手に奮闘していました。
リエーテとジャッシュは無言で向かい合ってお茶を飲んでいます。
リエーテは椅子が慣れてるのかペタンとザブトンに座るのがいやなのか分かりませんがソワソワしています。
そんな空気の中、ジャッシュは口を開きました。
「リエーテ殿はどういう想いで不死者になったでござるか?」ジャッシュは目配せし、カタンとカップを置きました。
「えっ?」
リエーテはいきなりのことですからやはりしどろもどろです。
「拙者達がいるここ、『永遠の城』に住まう者達は少なからず何か『強い想い』があるのでござる。故に興味がでたのでごさるよ。」
ジャッシュは少し真剣な口振りで言いました。
「私は……、」
リエーテは少し考えました。
自分がここにいるのはあの本があるから。
でも、私の想いは何なんだろうかと。
「……いや、拙者が聞く権利はないでござるな。どうか忘れてくだされ。」
ジャッシュはフッと寂しい笑みを浮かべてリエーテに言いました。
「あの…どうしてそんな顔するんですか?」
リエーテはそれを不思議に思ってジャッシュに聞きました。
リエーテは少しジャッシュに興味が出たのかも知れません。
「ふむ、ただの人見知りな少女と想ってたでござるが、とんだ勘違い……か。」
ジャッシュはフッと笑みをこぼすと、忘れてくれとリエーテに言いました。
リエーテは気まずくなったなと内心で後悔しました。
「あの、その…もうそろそろお夕飯ですから失礼しますね。」リエーテは口実を作って逃げようとしました。
リエーテらしいと言えばリエーテらしいですね。
その時、天井からパラパラと砂が落ちてきました。
「ふぇっ?」
リエーテは拍子が抜けたように被っていた装飾が少し豪華な帽子がズレました。
「リエーテ殿っ!」
ジャッシュはすかさずにリエーテをかつぎ上げその場から脱しました。
ズドンという衝撃と共に天井が落ちてきました。
「痛っ……穴開けすぎたか。」天井の埃と共に無精髭をポリポリとかきながらレッグの姿が見えました。
「まったく、だから止めといた方が良いって言ったんです。」シュタッと上から軽々と降りてきたのはラナでした。
リエーテとジャッシュは驚きや呆れを通り越して笑うことしかできませんでした。
さぁ、このちょっぴり苦く楽しいお話はおしまい。
次のページへと進みましょう。皆さんしっかりついてきてくださいね。