序章〜少女と魔法の本〜
他サイトでも執筆しているこの小説はわかりやすく書いていますので初心者の方向けです。一部精神的に残酷な表現がありますのでご注意下さい。
魔大戦
この世界を2分して争った古の大戦。
犠牲者の数は数知れず、今では復讐の復讐の復讐……と、終わらない連鎖になっていました。
ある小さな村。
何もない、たった一つ世界とは離れている幸せがありました。そこにいるのは銀髪の親子。
優しく聡明な母に、少し人見知りな姉、そして姉を誰よりも慕う弟がいました。
三人は一緒にいれば楽しい、そう思うほどでした。しかし、ある日突然暗い暗い暗雲が立ち込め、村に火の手が上がりました。
村人は逃げ惑い、炎になす術なく包まれ、あるいは突然現れた人間に魔機と呼ばれる兵器で殺されました。
これはそんな始まりの物語。
人見知りな姉もまた右足を撃ち抜かれ、じわじわと死を予感していました。
私はここで死ぬんだろうな…、哀しくなんてないけど二人は無事かな…。
そう使いものにならない右手を空に上げて言いました。
そんな時、突然現れた神は彼女に問いかけました。
『永遠を望むか?』
と、たったそれだけを。
そして彼女は言いました。
『幸せがあるなら』と。
それは寒い寒い冬のこと。銀の髪を靡かせて仰向けに横たわる彼女は死にました。
安らかに安らかに……。
ふと彼女は目を覚ましました。
どうしたんだろう?私死んだはずだよね?
そう自分も混乱してました。
なくなったはずの右足がキチンと体にくっついていて曲げ延ばしも出来る。
ここは天国なのかななんて淡い思いもしましたが、彼女がいる場所は本がない本棚がいっぱいある図書館のような所でした。
ここは何だろう?
それに私はこんな服を着てたっけ?
見てみると白と赤のお気に入りだった服が灰色の服になっていました。
それに、そこにはゆったりとした足で歩いてくる少女がいました。
その少女は入れ墨のような、どこか歪なマークを顔に刻んでいました。
「……、ここに関係する人物ではないようですが、何のようですか?部外者は入れないはずですが。」
少し困惑しているみたいな、冷たい感じのする入れ墨少女はそう言いました。
少女も自分が何故ここにいるのか分からないものですから、どう言っていいのか分かりませんでした。
歪な入れ墨の少女はほんの少し頭を傾げて、また元に戻しました。
「【不死者】…それも新しいエルフですね。この場に現れたのはまだ良かった。と語訳的に言うんでしょうかね。」
くくっと皮肉な笑みを浮かべ、少女に手を差し伸べました。
「ついてきて下さい。私達は貴女を歓迎します。」
少女は頷くしかありませんでした。
広い廊下は延々とあるので少し嫌だなぁなんて思いました。
昔、絵本で見たようなお城の中にいるみたいで物珍しいものがあり、触れてみたかったのですが、入れ墨の少女は先へ先へと進むので名残惜しく見てるだけでした。
やっと、大きな扉がある場所に着いて少女は少しだけ溜め息をつきました。
少女は元々人見知りなのでなかなか話せないので、この先に何があるのかちょっとだけ憂鬱な気持ちになっていました。
ギィィィ……
木製の扉が開きました。
そこには一人、ゆっくりと背もたれに座った偉そうだなと思ってしまう変な尖った耳をした男の人がいました。
その男の人は少し髭を伸ばした不精な感じがするのに高級そうな服を着た不思議な人でした。
「ラナ、いきなり話もせず何のようだ?また俺の秘蔵の煙草を没収する気か?」
男の人は口でくわえている煙草を上下に訝しいとばかりに動かしました。
ラナという少女は何も気にしていない様子で煙を手で払いのけました。
「葉巻と大麻を間違えて吸っていた馬鹿に忠告しただけです。それともあのまま頭ノータリンになってますか?」
忠告ともただの罵倒とも取れる言葉で言い切ったラナは何やら満足げにしてました。
大丈夫なのかと少女は頭を傾げました。
「そこの娘、君は新人さんか?」
なんてさっきまで子供っぽく言い合ってた人がにやけながら言ってきました。
そのとたん、
ガスッ!!
ラナの右手がまともに男の人の頭に凄い衝撃で当てました。
「変な意識を持たせないで下さい。今回は特例の【不死者】なんですから。」
そう言うと右手をひらひらと振って平然な顔でスタスタと出ていってしまいました。
「はぁ…まったく、ラナももう少し可愛らしく設定しないかなぁ……。」
なんて机に張り付けていた顔を上げて頭をさすりながら愚痴を男の人はこぼしました。
「………。」
少女は人見知りのせいよりも先程の事でびっくりして喋れませんでした。
「どうして部屋の隅で縮こまってるんだ?さっさと契約して欲しいんだが?」
今ではすっかり普通に羽ペン持ってる男の人に驚きながらも言い返しました。
「契約…?」
少女は何も聞いてないので契約すら分かりません。
一方の男の人は目を見開いて驚いていました。
「なっ……契約を知らない!?じゃあこの【永遠の古城】にどうやって入った!」
口にしようとしていた煙草を落として大慌てです。
その姿を見た少女もやはり大慌てです。
あたふたあたふた……まったく落ち着きがありません。
そしてこのおかしげな光景を誰が止めるでしょう。
結局二人が落ち着くまでたっぷりと時間が浪費されました。
「……つまりは気が付いたら図書庫にいた訳だな?」
ようやく落ち着いた2人は少女の不思議な事情について話し合っていました。
「はい。私、死んだはずなんですが何故こんな所にいるのか分からないんです……。」
少女は少し大振りな椅子にちょこんと可愛らしく座って下を向いていました。
「ふむ、じゃあ生前の心残り…って言うのかは知らないが未練はあるか?」
男の人はふぅっと煙を吐き出しました。
「いえ、あの時はよく覚えてません。ただ…」
少女は少し豪奢な椅子をカタンと揺らせました。
昔から少女はロッキングチェアーが大好きだったから癖になってるのかもしれません。
「ただ?」
男の人は煙草を右手でくるくる回しながら視線だけ少女に向けました。
「変な声が聞こえたんです。
『何を望むんだ』みたいに……。」
確かに少女は聞きました。
その時に何か光のようなものも見たような気がしました。
「俺や他の奴も聞いたことないな……、もしかすると…。」
男の人はくるくる回す右手を止めてもう一度煙を吸い込みました。
「強く思い浮かべてみてくれないか?自分の中にある一つの大切な何かを。」
男の人は回していた煙草を灰皿に押し付けて言いました。
少女はやっぱり初めは困惑していました。
いきなり思い浮かべろなんて言われても難しいですよね?
大切な何か……
私の大切は何だろう?
大好きだったロッキングチェアー?
よく遊んでたお母さんの手作りのブランコ?
違うよね…?
少女は唸りながら大切なものを探してました。
確かに大切なものといっても沢山ありますし、人それぞれですから時間はかかるかもしれませんね?
私の大切なものは、
少女はハッと目を開きました。少女が思ったのはロッキングチェアーやブランコじゃなくて、昔は当然と思っていた家族でした。
母の優しかった笑顔と少し大人びて洒落っ気になってきた弟。その二人がいた日常が大切だったんだ、少女は心からそう思いました。
次の瞬間に、その色褪せていない『大切』は形を変えました。最初は四角のような物でしたがだんだんと形作られ、やがては一冊の鍵穴がある、でも鍵のない本になりました。
その本は想像の域を軽く超越して、少女の膝にぼすんと落ちました。少女は一瞬何が起きたのか分かりませんでした。
皆さんも想像していた本が膝に突然落ちてきたらビックリしますよね?
「……本?」
男の人は待っている時間が退屈でまた一本の煙草をふかしていました。
男の人は机から軽々と飛び越えて少女の間近に移動しました。
「不死者の宝物なら普通は何かしら魔具に近しい形なんだが、ラナが言ってた通り特殊なのかもな…。」
しらっと男の人は何気なく言ってますが、かなり珍しいことに変わりはありません。
ちなみに魔具とは魔大戦で創られた兵器を指します。
つまりは普通は銃だったり剣だったり、はたまた杖や弓だったりするわけですね。
「ほら、いつまでも驚いたままなら話が進まないだろ。ほらほら、起きた起きた。」
男の人は手をパタパタと少女の前をひらつかせました。
「はっ!あ、すいません…。」やっぱり少女はビックリして固まっていました。
男の人はゆっくりととても大きな机にもたれかかりました。
そして煙草を左手で持ちながら右手を前に掲げました。
「…来い、月光杖。」
そう男の人が言った途端、彼の右手に月光のような淡い光を帯びた儚そうな印象の杖が具現化しました。男の人は当然とでも言うように杖をクルクル回しました。
「君が持ってる本と同じ原理で願えば出てくる。これは俺(不死者)達しかできない特別なんだよ。」
少女は呆気にとられながらもどこがで納得していました。
「あの……、私も特別なんですか?」
少女はおずおずと聞きました。男の人はため息をつき、杖で鏡の方を指しました。
「それは鏡見ればわかる。」
少女はそちらを見て目を見開きました。
少女の顔にはいままであったものとなかったものの二つありました。
一つは男の人のように鋭く尖った耳、もう一つは右目がないこと。
確かに見づらいとは思いましたが、何故か遠近感だけはあります。
「眼、眼が……!」
少女は思わず右目を手で庇いました。
男の人はそれを静かに煙草をふかしながら見てました。
「ただし、特別を得る代わりに大切なものを一つ失う。簡単に言ったらギブアンドテイクってワケ。」
杖を空中に放り投げた途端に杖は消えて空気になりました。
少女は錯乱してますが、男の人はその姿を目を少し懐古するような遠い目にしながら見てました。
「本…、文献の『荊の祈祷書』なのか?フッ、まさかな。」
男の人は煙草を揉み消しながら呟きました。
少女も大分落ち着きを取り戻しましたので、話がまた進みました。
「俺みたいな杖は普通『魔法』が使えて、剣なんかは、ふあぁ…そのまま使える。簡単に言うならそのままの形が力になるんだ。」
男の人は退屈気にあくびをしながら説明します。
元々そういう説明をするのが苦手らしく所々に頭をかいてたりします。
「つまりは…えっと、剣なら剣としてそのまま使えるって事なんですか?」
少女は右目を気にしながら首を傾げて問いました。
「まぁ、そういうコト。んで、ここで君に少し問題が発生するんだ。」
男の人はまた一本煙草を取り出して吸い始めました。
「杖とか剣なんかじゃなく、本ってコトが問題だ。使い方が分からないし、どういう効果なのかも分からない。」
少女は自分の持っている本を眺めて少し考えました。
自分が持っている本が何かの力を持っている、しかも他の人とは違うとなれば少女は怖くなってグッと手を握り締めました。
「私だけ…か。」
少女はため息をつきました。
『君は永遠を信じるか?』
その時、いきなりどこからか声がしました。
「えっ…?」
少女は驚いて椅子から立ち上がりました。
「ん、どうした?」
男の人は少し驚いたように顔を上げました。
「さ、さっき声が……!」
少女はわたわたとうろたえて説明なんて殆どできません。
少女は不思議な声が何故か懐かしく感じたことが怖くなったのもあります。
「声?そんなものしなかったんだが。」
また男の人は眠そうにして俯いてしまいました。
どうやら不思議な声は聞こえなかったようです。
少女は困惑した様子であちこちに視線を巡らせました。でもやっぱり声の主は見つかりませんでした。
『君は永遠を信じるか?』
再び同じ声が聞こえました。
少女はすっかり怖じ気付いてしまいました。
でもその声は止まるコトはありませんでした。
何度も何度もこわれたテープのように繰り返しました。
少女はいつしか怖くなくなり、どこか聞いたような声でこう答えました。
「そこに幸せがあるなら。」
その言葉を言った途端に少女の中から鍵が現れました。
光り輝く金色の鍵は勝手に書物の鍵穴に入り、カチリと音がしました。
その書物は光り、瞬く間に開きました。
「……!!能力か!ユーフォリア!……出ない!?」
男の人はもう一度右手を手を空に突き出しましたが何故か右手が光に拘束されて月光杖が出せませんでした。
「これが、私の能力……!?」少女はその中に右手を差し込みました。
それは固くそして暖かいものでした。
懐かしくそして少しほろ苦い感情の詰まったものでした。
光がやがて収まると一冊の本に変わりました。
本の表紙は『荊の祈祷書』と書かれたものでした。
男の人は目を見開きました。
「おいおい……唐突すぎだろ?本当に『荊の祈祷書』なんて運命って言われても信じるぞ?」あまりにもビックリしているのか灰皿が盛大にひっくり返っているのを気づきません。
少女はその本を手に取り、内容を見ました。
するとそこには少女がいつどこで何をしていたという事細かな日記帳のようなものが書かれていました。
「これ、私の記憶……?」
これが少女とおかしな本の出会いでした。
これから紡がれる永遠は様々。さぁ…始めましょう。
優しく切ない永遠を。