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短編

水弦夢

作者: 日次立樹

短いです。

 訪れる人のない砂漠の中央に、その場所はあった。


 白い彫刻の施された柱が並ぶ回廊の中央には、贅を尽くされた噴水がある。私はそのふちに腰かけ、リュートをつま弾く。

 もうずっとこの曲を弾いていた。指が憶えてしまった動きは、私が余所事を考えていたとしても、正確に音を紡ぎだすことができる。

 太陽は沈んだばかりだが、夜は無慈悲に地表の温度を奪っていく。星々はそれを眺めるだけだ。

 水音と、弦をかき鳴らす響き以外のすべての音が殺されてしまった静寂。自身の呼吸すら不確かに思えて、深く息を吸って確かめる。

 吐き出した息は微かに濁って、夜の空気に溶けた。


 月が昇る。長く並んだ柱が白い床に縞模様を描く。

 黄金の肌の子供が走っていくのを幻視した。あまりにも懐かしい、それは失われた光景だった。

 きゃらきゃらと声を立てて笑う少年たちは、私の座る噴水までやって来て、ふっと消えてしまった。

 耳を澄ます。聞こえるのは、水音と、リュートの悲しげな響き。

 君はどこにもいなかった。


 ごうごうと風の音が聞こえる。砂嵐。砂漠では珍しいことではない。一晩のうちに砂山や細い川が移動しているのは当たり前のことだ。遠く、白く濁った地平に竜巻を見た。

 竜巻の中には巨大な蛇が住んでいるという。砂を喰らい、水を操り、一晩に何千里も地を泳ぐ。そんな伝説。

 御伽話にもあるそれを、自慢げに教えてくれたのは君だ。私だってもちろん知っていたけど。

 月は中天を駆ける。


 砂嵐は行き過ぎたようだ。月は早くも沈みかけている。

 リュートの弦が切れそうだ。私は弦を張るのは苦手なのだ。よく君が代わりにやってくれていた。自分でやらないから、いつまで経っても上手にならなかった。

 星明は天井から差し込んで水の影を映す。ゆらゆらと揺れて落ちる。とめどなく。まだらになった床に、私はいない。

 白銀の弓よ、もう少しとどまってくれないか。後、一曲だけ。

 太陽が何もかも暴いてしまう前に。



 *****



 訪れる人のない砂漠の中央に、その場所はあった。

 白い彫刻の施された柱が並ぶ回廊の中央には、贅を尽くされた噴水がある。残念ながら水は止まっていた。

 日に焼けた黄金色の肌の男は弦の切れたリュートを拾い上げ、慣れた様子で弦を張り直した。


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