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6.

 次の日の朝、久須美は自分の一人暮らしのアパートで目が覚めた。

 坂本と別れてから、どうにか自分のアパートの前でタクシーを降りて、這うように自分の部屋への階段を上がり、部屋にたどりつくと、ちゃんと鍵だけはガッチリかけて、トイレへ駆け込んだ。

 胸がむかむかしていた。その日食べた物を、全部トイレに吐き出し、脱力してその場にへたりこんだ。まだ、頭の中はぐるぐる渦巻いていた。そこまではとぎれとぎれでおぼろげながら、なんとなく覚えている。そこでぷっつりと記憶はないのだけれど、その後敷きっぱなしの布団までどうにかやって来たらしい。

 洋服もそのままで、とにかく寝てしまったらしい。

 時計を見ると、まだ五時だった。眠りが浅く、ちゃんと疲れがとり切れていないような感じだった。

 朝から頭痛はするし、吐き気はするし、一日やる気がわかず、ごろごろと過ごした。土曜日は使いものにならなかった。日曜日にやっとなんとかずるずると起きだして、掃除洗濯などをしたけれど、どんよりと頭の中に雲がかかったようになっていた。


 月曜日。お弁当を用意する気になれず、コンビニ弁当を買って出社した。

 いつもの調子を取り戻そうと、とにかくハイドの声にすがるように、音楽に入り込んだけれど、職場までのゆるい上り坂、足取りが重たく感じられた。

 やっと自分の机にたどり着くと、

「おはようございます」

 と久須美の隣の席で麗奈がにこやかに出迎えてくれ、なんとか笑顔を作って挨拶した。

「おはようございます」

 となにやらにやにやしながら、朝から坂本がやって来た。

「あ、玉置さん、メール見てくれましたか?」

 と言っているけれど…。久須美のパソコンはまだ立ち上がっておらず、

「すいません、まだです」

 と苦笑いで答えた。

「あ、守木さんおはようございます」

 と宇佐美がやって来た。どうやらもう久須美のことは目に入っていないらしい。

「これ、一部コピーして、目を通しておいて下さい」

 と麗奈に何やら資料を渡している。

 これからは宇佐美の雑用はみな麗奈がこなすようになるのだろうな。そう思うと、久須美は朝からおもしろくない気分になるのだった。

 麗奈を見ると、頭の中にまた泡ぶくが詰まってくる。何も考えたくなくなってくるのだ。

 やっとメールが立ち上がった。

『金曜日の件』

 という坂本からのメールを開いてみた。

金曜日、飲み会後の自分の醜態は覚えている。だから、タイトルだけでどんよりしてきた。

『例の話、覚えていると思います。

 私、少し考えてもいいか、と思っています。

 つきましては、今日の帰り、六時にボンジョルノあたりでお食事でもいかがですか?』

『え? 例の話?』と久須美は思った。何のことだ? 坂本に言い寄ったのは覚えているけれど…。まさか…、結婚のこと? と思い、ふと目を上げると、坂本が自分の席から、てかてかおでこを光らせて、にやにやこちらを見つめていた。また今日も例のショッキングピンクにネコが躍るネクタイをしている。

『え、ええええ?』

 久須美はさらに気が重くなってきた。

「あ、玉置さん、あたし宇佐美課長と打ち合わせがあるので、少し席を外します。今週の予定は予定表に打ち込んでありますので、チェックしておいて下さいね」

 と麗奈が立ち上がり、部屋の出口で待ち構えていた宇佐美と楽しげに部屋を出て行った。なんだか、てきぱきしている。久須美の方が新入社員みたいな雰囲気だ。

そこに知美がやってきて、

「玉置さん、この資料、五部コピーお願いします」と久須美に書類を渡しながら「玉置さんにも、やっと春が来そうですね」と意味深な言葉を投げかけてきた。完全におもしろがっている。

 なんだか職場の皆のさらしものになっているような、妙な感じがした。

 久須美は仕事に集中するように心がけ、他の人と目が合わないように心がけた。

 幸い、帰りまで坂本は久須美に何か用事を言って来なかった。ただときどき目が合うと、変ににやけているように見える。そのたびになんだかいやな気分になった。こんな気分が毎日続いたらやりきれない。とにかく今夜の食事にはつきあって、はっきり言ってやらなければ…。と思うのだった。


 久須美の勤務時間は九時から五時だ。それまでとにかく耐えて仕事に集中して、やっと五時になった。一刻も早く職場を出たい。パソコンの電源を落とし、簡単な身づくろいをする間も、知美や幸恵に見られているような、被害妄想的な気分になり、息を詰めてやっとビルの外に出ると、いつもにない解放感がやってきた。

 そのままアパートまで帰ってしまおうか…。かなり迷う。まだ月曜日だ。今日きっぱりしてしまわないと、職場が居づらい場所になってしまうだろう。

 久須美は近くの書店で時間をつぶし、げっそりなりながら、六時に待ち合わせのボンジョルノに向かった。

 ボンジョルノの扉を開けると、真っ先に坂本の顔が目に入った。うんざりする。このうんざりをぶつけてやらなければ…。と久須美は腹に力を入れて、坂本の向かいに座った。

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