5.
「あ、玉置さん、次何飲みますか?」
と幸恵が聞いてきた。
「う~ん…」
「ウーロン茶にしておこうかな…」
さすがにもう飲まない方がいいかと思い、久須美が答えると、
「坂本さん、すみませ~ん、玉置さんのウーロンハイお願いしてくれますか?」
と知美が、甘い声で坂本にたのみ、坂本は少しむっとしながらも、
「坂本さんって、優しいし、気が利きますよね?」
と知美が久須美に同意を求め、久須美が首を傾げているのを見たら、坂本はすっかりいい気になっていた。
「ほんと、恵まれない人にも優しいよね。坂本さんて」
と盛り上手の幸恵が言うと、坂本はさらにしゃきっとして、
「あ、玉置さん、これ食べる? 唐揚げ来てるけど」
と気の利く男を演じ始めた。
『恵まれない?』というところに少しひっかかりながらも、久須美は頭の中ぐるぐるのまま、またさらにウーロンハイが運ばれ、さすがにペースは落ちてきていた。
「坂本さんって、いい人よね」
「ほんと、いい人」
知美と幸恵はおもしろがって、坂本を誉めまくった。
と、そんな中、宇佐美が立ち上がり、
「それじゃあ、時間ですから!」
と言い、お開きの合図となった。
久須美はもう、どーでもいい、って気持ちになっていて、世の中ぐるぐる回りすぎてすっかり調子良くハイテンションになっていた。
ぞろぞろと、その居酒屋から歓迎会に参加した人たちが出て来ると、不思議とアジア・アフリカ連中はなんとなく固まっていて、店の前でたむろしている所に、
「あ、守木さん、JRですか? ぼくもそちらなんで…」
と宇佐美が麗奈をエスコートするような形で、一緒に歩き出し、
「やだ、あの二人、ちゃんとお家に帰るのかしら~」
と知美がいたずらっぽく笑い、
「ちょっとぉ。見てよ! 手が触れそう。もう、お持ち帰りかもね」
と幸恵が話を盛るのを、久須美まで調子に乗って来て、
「やら、あなららち、ほんろ、たち悪いわよ」
と口を開いたら、もうろれつが回っていなかった。
「やら、あらし、かえれるかひら~」
と陽気に言いながら歩き出すと、もう、フラフラだった。
「あぶないですよ。玉置さん! 一人で帰っちゃだめ」
と知美が久須美を支え、
「ほら、坂本さん、送って下さい! 送ってくれるでしょ!」
と坂本に言い寄るのを、坂本はてっきり知美を送るのだと思い込んだらしくて、
「いいよ、いいよ。どこでも送りますよ~」
などと言っている間に、幸恵が道路に踏み出してタクシーを止めた。
タクシーの扉が開くと、
「ほら、玉置さん、危ないから、乗って乗って」
と幸恵に文字通り「乗せられ」て、久須美はヘロヘロになりながらタクシーに押し込まれ、さらに知美が、
「ほら、坂本さん、乗って乗って」
とにやける坂本を久須美の隣に押し込んだ。
「あれ、君たちは? 二人一緒でもいいよ。一緒に送って行くよ。一人前に乗る? ぼくが前に乗るほうがいいかな? 順番に送って行くから」
とにやけている坂本に、幸恵が、
「坂本さん、かっこいいです。恵まれない人にやさしい人。本当にステキ」
などとおだてて、
「よろしくお願いしますね。坂本さん、ちゃんと玉置さんを送って下さいね。あたし、信じてますよ」
と目をキラキラさせながら知美が、外側からバタンとドアを閉めて、
「あ、ああ」
と坂本が微妙な雰囲気になっているところに、運転手が、
「どこに行きますか?」
と聞いて来たので、それには久須美が反応して、
「永福町」
と答え、タクシーは走り出した。
タクシーが走り出すと、幸恵と知美は手を振って、にこやかに二人を送り出した。タクシーの急発進に刺激されたのか? 久須美はムカムカしてきた。
それを坂本は汚いものでも見るような目つきで、
「おいおい、やめてよ。こんな所で…、大丈夫なんすか? 玉置さん」
と言い。坂本はそんなに飲んでいなかったようで、酔いが冷めてきており、久須美から気持ち離れた。
運転手が、
「困るな、お客さん、かなり酔ってるね。ほれ、そこにエチケット袋あるから、吐くならそこにやってよ」
赤信号の間に椅子の袋に備えてある袋を差し出した。
「え、ええ?」
坂本はもう、がまんできなくなってきていて、
「玉置さん! もう、ほんと困るなあ。とりあえず、新宿まで行ってもらって、そこで下しますよ!」
と言われて、久須美はちょっと我に返った。
「さかもろさん!」
と、久須美はせっかく少し離れた坂本に寄って行き、坂本の腕を取った。
「ねえ、くやじくないろ~? あんな、あんな、あんな、ひろらちにバカにされて~」
久須美のろれつはやっぱりまだ回っていなかったが、さっきよりは周囲のことが認識できるようになっている気がした。
「な、な、なんなんですか、玉置さん、気持ち悪いなあ」
坂本が久須美を遠ざけようとしているのに、久須美はさらに坂本を追い詰め、再び赤信号でタクシーが止ったその反動で、ぐっと坂本にさらにぴったりと寄り添い、腕をつかみ、
「ね、さかもろさん! 結婚ひましょ!」
と、やけにはっきりと、坂本にきっぱりと告げた。
「はあ?」
もう、坂本の方は、怖いものを見るような目つきになっていた。
「あたしらってね、きれいにすれば、まらまらそれなりな感じになるにょよ。たぶんれ…」
久須美は泣き出しそうになっていた。
「あ、玉置さん、ほんと、やばいですね。じゃあ、ぼくはとにかく新宿で降りるから、その先、玉置さん一人で帰ってくれますか?」
「ね? マンション買っらのら?」
「はあ?」
「さっきの女子が…、トイレれ~、四LDKとか、なんとか…」
「はあ?」
坂本の方では話の流れがつかめず、おろおろモードになってきていた。
「ね、さかもろさん、恵まれない人、助けよ。あならだって恵まれない人らわ。助け合いましょ」
坂本はおびえて、久須美を見つめていたが、久須美はさらに坂本ににじり寄って、
「あらし、やめる。会社、やめる。結婚退職。じぇったい。そうする。みんら、びっくり。わらしらち、恵まれないどうし、助け合い。ね、ごっこでいいから。結婚ごっこ。そうしましょ…。助け合いましょ」
坂本はもう、たまらなくなってきて、
「運転手さん、とりあえず、どこか、止まれるところで止まって下さい。一人先に降ります」
と運転手に告げると、
「あんた、冷たいね」
と言いながらも、運転手は交差点の手前で車を止めた。
「これ、玉置さん、吐く時は、この中ね! ほんと、たち悪いよあんた」
と坂本は久須美にエチケット袋を押し付けて、いつものようにぷりぷり怒って、タクシーから降りた。
久須美はもう、目を開けていることができなくなってきていて、タクシーの揺れにまかせて、さらに頭のなかはもーろーとしてきていて、ぼんやり眠くなってきていた。




