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2.

 次の日は朝から麗奈と一緒だった。

また引き続きパソコンの練習などをしていると、宇佐美がやって来た。

「はりきってますね」

 とニコニコしている。

「今日は午後から守木さんと新しい店の内装を確認しに行くために外勤になるので…、守木さんは十三時ちょい過ぎころにここにいてくれますか…、ええと、お昼は…」

 すると麗奈がうれしそうに、

「今日は玉置さんとお約束しているんです」

 と答えた。

「お。いいですね。玉置さん、たまには外で食べるのも楽しいですよ」

 久須美は心の中で訴えた『昨日、あたしがお弁当だって言った時点で、じゃあ明日三人で行きましょうっていう選択肢はなかったんですか?』

 その沈黙の一瞬、妙な間が空き、「じゃ!」と宇佐美はきっぱり言うと、さっそうと自分の机に帰って行った。


 ランチは近くのボンジョルノというイタ飯屋さんに行くことに決めていいた。ここは、久須美が勤め始めた頃からずっとあるレストランで、けっこう広くてお昼休みに時間通りに出てもわりにすぐ座ることができる。南イタリアで修行したとかいうシェフが料理を作っているらしく、わりにおいしい。それに久須美はほかの場所は良く知らなかった。

 滅多に同僚と外に出ない久須美は、なんだか意味もなく朝から緊張していた。

 そのボンジョルノの二人席にすんなり座ると、テーブルの上に置かれたA四判のぺらぺらの紙に書かれたランチのメニューを見て、守木麗奈が首を傾げた。

「玉置さん、何になさいますか?」

 聞かれて久須美はドキッとした。どうしてだか、心の中に泡ぶくが詰まったみたいになっている。

「そうですね…」

 久須美もメニューを確認してみる。

「じゃ、あ、あたしは…、『春キャベツとアンチョビのパスタ』というのに、し、しようかしら…」

 口の中がカラカラになってきたので、今運ばれてきた水をごくりと飲んだ。

「いいですね」

 と麗奈の顔が輝いた。なんだか、ま、まぶしい。

「あたしもそれにします。やっぱり季節感があるメニューがいいですよね」

 はあ。久須美は脱力しようとしている気力にカツを入れた。

 二人分のランチセットを頼んで、それが来るまでの数分間、麗奈はうれしそうに話し始めた。

「あたし、久しぶりだわ。ママ友じゃない人と外で食事するなんて。やっぱりオフィスが多い場所のお店っておしゃれですね」

「はあ」

 なるべく脱力しないように気をつけてはいるが、ついつい脱力しそうになる。

「でも、良かったです。宇佐美課長が優しくて、いろいろ親切に教えて下さるみたいだし、なにより、玉置さんみたいな、同じ年代の人が同じ部署にいて下さってホッとしました」

「そうですか…」

 同じ年代というのは賢い言い方だ。久須美の方が三歳年上の四十三歳。麗奈は四十歳になったところだと言っていた。まあ同じ年代と言っておけば間違いはないだろう。

 そこにランチセットのサラダが来た。

「かわいい」

 麗奈の言葉の後ろには、ハートとか音符マークがついているような、そんな話し方。久須美はついつい脱力しそうになりながら、そのたびにこっそり息を吐き、自分の気力を保とうとがんばった。

 麗奈にイヤミなところは一つもない。まあ、普通の奥様だろう。ただ久須美がくすんでいるだけだ。だから、たぶん麗奈は普通なのに久須美にはかなりまぶしく感じる。

「玉置さんは、こちらにお勤めして、何年くらいになるんですか?」

「十年になりました」

「すご~い。ベテランね」

 ベテランって、微妙な言葉。『老兵』ってことだけど、いい意味で使う言葉だし…、言い方にもイヤミは感じられない。ただ、久須美がまっすぐに受け取れないだけだ。

「あたし、ずっと家にいて、しばらくぶりのお仕事だから、もう心配で心配で…。昨日も眠る時にあれこれ考えてしまって、寝つけなかったんですよ」

「だいじょうぶですよ」

 そう言うしかなかった。

「そういって下さると、心強いです」

 たぶん、久須美の言葉を好意として受けとってくれている。少しほっとする。

 それから、スパゲティーが来て、食べて、食後のプチデザートと珈琲が来て、食べて、飲んでしている間に、麗奈は浮き立つ心を抑えるように、いろいろなことを話し出していた。

 高校二年生の娘と中学一年生の息子を持ち、そろそろ子供の手が離れたからということで、仕事をすることにしたという。

「塾とか、教育費もかかるので、少しでも家計の足しにしようかと思って」

 とくすりと笑う。

「今日の午後は、もう、宇佐美課長と外勤に出るなんて…、あたしすごく心配です」

「だいじょうぶですよ」

 同じ返事の繰り返しになってしまう。

「でも、だいたい、パソコンのことはわかったから良かったわ。玉置さんのおかげです」

「あはは」

 久須美は空っぽに笑い、麗奈のデザート皿に目を移す。もう空っぽになっているからいいだろう。伝票をさっと持つと「じゃ行きましょうか」と言いながら立ち上がった。それを言うことができて、今日の使命が終わったような気分になった。

 麗奈が話したことが全部インプットされたわけではない。ぼ~んやり耳の中を通って行ったものもあるし、残ったものもある。久須美に投げかけられる質問は「仕事に関すること」のみ。私生活には踏み込んで来ない。それは麗奈の優しさか? 聞くこともないということなのか? まあ、聞かれても困るからそれでいいのだけれど、久須美のいじけた心が麗奈の裏の心を探ろうとしてしまう。

久須美の方では食事中もずっと午後一時に職場に帰ることばかり気になっていて、時計ばかり気にしていた。

「あ」と財布を取り出しあわてる麗奈に、

「あ、今日はあたし、ごちそうします。そのつもりで誘ったし、あたし、一応先輩だし」

 と言うと、麗奈はキラキラと目を輝かせて、久須美をじっと見つめ、

「うわぁ。すみません。ごちそうさまです。おいしかったです。昨日も宇佐美課長にごちそうになっちゃって…。なんだか毎日ぜいたくだわ」

 と言った。

『やっと帰れる!』 

イタ飯屋、ボンジョルノから職場へ向かう間も麗奈の話に相づちを打ちつつ歩いていたけれど、かなり気力が戻ってきていた。別に仕事が好きってわけでもないけれど、麗奈と二人でいることがだんだんプレッシャーに変わりつつあった頃だったから、職場が恋しくなっていた。

 久須美はもう一度自分の気力にカツを入れて、なんとか職場にたどり着いた。

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