12.
年末年始の休みに入る一週間前の日曜日に、元の同僚を家に招いた。
久須美はそんな風に人を招いて料理をしてみることに、憧れを持っていた時期があったのだ。順序を決めて、それをこなして行くことは楽しい。
それほどお金をかけなくても、それなりの料理を作る自信はあった。
宝の持ち腐れか? と思うような、純吉の食器を一度でも使いこなせるということが楽しかった。
「すごい! 玉置さん! 隠れた特技があったんですね!」
と相変わらず盛り上げ上手な幸恵が場を盛り上げた。
「だって、玉置さんってすごい節約家で、いつもお弁当だったものね。ちゃんと貯金もしていたのね」
と知美は言葉の中に少し皮肉を込める。
「だって、料理は自分のお腹の中に入るから、力の入れがいがあるわよ。あなたたちもやってみて。作るって楽しいことだから。それにけっこう複雑だからボケ防止にもなるわよ」
その日も久須美はスポットライトの下にいて、上から目線だった。そして、
「純吉さんが、おいしい、おいしいって食べてくれるからね、どんどんおいしいもの作ろう、作ろうって思っちゃうのよ」
と、純吉にスポットライトを当てることも忘れなかった。
「へへへ。ほんとに、わりにいつもうまいんだよね」
と純吉はにやけながらも、本心と思われる笑みをもらし、
「トマトジュースのジェリーって…、サラダに散らすとかわいくておいしいですね!」
と幸恵がさらによいしょしてくれた。
「あ? そう? ぼく、こういうの苦手だけど…。若い女の子はいいのかな、そういうのが…。あ、斉藤君、君も食べてみる?」
と純吉は気の利く亭主よろしく、皆の手元を確認して、皆に食べ物がいきわたることに喜びを見い出していた。
「あ、すんません…」
と男性社員二人はあまりしゃべりはしないのだが、なんとなくその場の雰囲気を楽しんでいるように見えた。
「君たちも、早くいい人見つけた方がいいよ。結婚生活もわりに楽しいよ」
調子に乗ってきた純吉は若い社員にビールをつぎ足しながら知ったようなことを言っていた。
食事がひと段落したところを見計らって、アールグレイのシフォンケーキの用意を始めた。地域のセンターで、一日、実費込み千五百円で覚えたものだ。アールグレイの香りは昔から好きだった。お菓子の中に入っていてもしっかり香り、一瞬気持ちを高めてくれる。
植物性生クリームを添え、ベランダで育てておいたアップルミントの葉を添えた。
「おいしい!」
と知美が言い、
「ふわふわ~」
と、幸恵もうんうんと言っている。この二人のコンビネーションで、盛り上げてくれているのかもしれないけれど、久須美は悪い気はしなかった。
自分も一口食べてみると、紅茶葉の香りがきいていて、なかなかで、自分でもおいしいと思えた。
「川澄さん、食べすぎて体系くずさないほうがいいんじゃない?」
と職場だったらセクハラとも取られそうな、冗談? なんかよくわからないようなことを言いながらも、純吉も楽しんでいるのだな、と久須美はぼんやりと思った。
麗奈に声をかけなかったことが、少し気になった。特に麗奈を意識していたわけではないけれど、久須美にとっては、型通りの幸せを地で生きているような麗奈は、やはりまぶしく感じるし、近づけない存在だった。
「守木さんは元気?」
と久須美は聞いてみた。
「え? ああ、お元気だと思いますよ~」
と知美が言い、
「玉置さんの後に入られた方がなんというか、覚えが悪いみたいなので、苦労されているのかも…」
と幸恵が言った。
「玉置さんって、けっこう先に気が付いてなんでも用意してくれていたから、いなくなるとありがたさがわかりますよ」
と知美がしんみり言った。それは、たぶん、久須美に気をつかってほめてくれているだけなのかもしれない。だけど、それなりにうれしかった。何の変哲もない十年間だったけれど、ハイドの声に守られ、自分でわかる範囲では最善を尽くしてきたつもりだった。
どんな形にせよ、ちょっとだけでも、役に立てたということはうれしいことだった。
その日、朝から気合が入っていたけれど、この間まで一緒の職場で働いていた人たちと過ごすことは楽しく、バタバタと働きながら、知美と幸恵が持ってきてくれたワインを開け、自分も飲み、久須美はほろ酔いかげんになっていた。
夕方近く、
「ごちそうさまでした~」
と機嫌よく帰って行く同僚を引き留めたいような気分になっていたし、
「お、また来てよ。こいつ、料理はほんと、うまいからさ」
と機嫌良くなっている純吉を見るのも悪い気がしなかった。
皆が帰ったあと、残されたテーブルが「祭りのあと」という感じで、どこか寂しかった。
純吉には何も期待していなかったのだけれど、キッチンに食器を運ぶくらいは、手伝ってくれた。
そこまでは良かったのだ。
洗い物を始めた久須美の横に純吉が寄って来て、
「な、けっこう、楽しかったな」
などとにやにやしているので、久須美はあわてて、
「どう? 川澄さんの感じも少しは良くなったんじゃない?」
と知美の方に話を振ってみた。
「え? ほんとうに、ぼくが川澄さんとうまくいくと思っているの? まだ?」
と純吉がさらににやにやしている。
「うまくいくと思っているとかじゃなくて、うまくいくように、あなたが努力するのよ」
「へへへへ」
と純吉はずるがしこいキツネよろしく、いやらしく笑った。




