10.
「おめでとうございます!」と知美が差し出した花束を久須美は感無量で受け取った。
「ありがとう」
というその言葉一言一言がさらに久須美を高めて行き、今までにない余裕の笑顔が自然とこぼれた。
知美がそばに寄って来て小さい声で
「玉置さん、ほんと、綺麗になりましたね」
と言った。その言葉を悪びれもせず受け取り、
「彼がね、ほめるてくれるから、その気になっちゃったの」
とテキトーに答える。
「本当に辞めちゃうんですか? 信じられな~い!」
という変な盛り上がりのある幸恵の言葉に同調して、
「そうなのー。あたしも信じられな~い」
とお茶目なそぶりもできる。なんなんだろうか、この高揚感は。まるで冗談のように次々に言葉が出てくるような気がしていた。
「会社ではイマイチって思っていたけどね、彼って優しいのよ。びっくりしたわ。家で好きなようにしてていいって…。マンションだって二人で四LDKだから、広すぎるくらいなの…。この年になって結婚退職なんて…。恥ずかしいけど、うれしいものなのね」
と、見せびらかすように、ティファニーで自分で買って来た指輪を誇示しながら髪をかきあげてみた。自分で買いには行ったのだけれど、坂本に少しおねだりしてみたら、半分は持ってくれたのだ。それだけで、かなりうれしかった。
「すごい! ステキな指輪ですね!」
盛り上げ上手な幸恵が、どんどん調子に乗せてくれる。
「なんかね、一生に一度だからって、彼がね…。これがいいって言ってくれたのよ。ほら、あたしなんかさあ、何だって良かったんだけどね」
「式はどこで挙げるんですか?」
「え~? この年でそんな晴れがましいこと恥ずかしいから、そこまではやらないことにしたの。その分、とにかく貯金よ! 新婚旅行も落ち着いて余裕が出て来たら考えるわ」
「すごい、堅実ですね! それもいいですね!」
幸恵が盛り上げてくれるのに乗っかって、久須美がどんどん調子に乗ってくると、知美は少しむっとしているように見えた。
「で、でも。まさか結婚までするとは、思いませんでしたよ。こんなこと言って失礼ですけど、坂本さん、ちょと頼りないところもあるんじゃないですか?」
「でも五歳も年下だもの。しょうがないわよ。あたしなんか、もう一生結婚なんかできないし、しない、と思っていたんだから、なんでもいい方向に考えないとね。これも、あの飲み会の日にあなたたちが仕組んでくれたおかげです。どうもありがとう」
その日のスポットライトは全部久須美に当たっていた。
いつもになくテンション高めで一日過ごしていたので、帰り頃さすがに久須美は疲れて来ていた。
トイレに逃げ込み、ふっと溜息をついていると麗奈が入ってきた。
「なんだか、このところ、おきれいになったと思っていたのよ。うらやましいわ…」
「え? あたしが?」
「そうよ。結婚なんて楽しいのは最初のうちだけですよ。もう、うちなんかマンネリ」
「でも、守木さんだっていつもきれいにしていらっしゃるし、会社でもはつらつとしているわ」
「だって。あたしにとっては会社も息抜きの一つです…。でも、玉置さんがお辞めになったら寂しいわ。いろいろ聞ける人もいなくなっちゃうし…」
「宇佐美課長がいるじゃないですか! それに皆、優しいわよ。あたし十年もいたんだから。そんなにいることができたなんて、やっぱり居心地が良かったからだわ」
いままでくすんでいた久須美だったが、新しい変化があるということで、おおらかになり、すっかりいい人ぶっていた。
「なんだか弾んでいらっしゃるのね。寂しくなるわ。ほんと、ショックだわ! 明日から玉置さんの代わりの新しい方がもう見えるみたいで…。この間教えていただいたこと、もうあたしがその人に教えなくちゃならないなんて、信じらないわ」
「守木さんならだいじょうぶよ。あたしなんかよりずっとしっかり、きっちりしていらっしゃるから」
「専業主婦ですか?」
「そうね…。生活に慣れたら少しバイトもするかもしれないけど…」
「子供がいなければ、それなりに優雅かも…」
「そう?」
「私なんか、生活に埋もれちゃうんじゃないかとずっとそれがこわくて、落ち着いたら外に出たい! って焦っていた時もあったんですよ」
「じゃあ、いい時に仕事があって良かったじゃない」
「そうよね」
なんだか本当に寂しそうに笑う麗奈のことが、少し気の毒に思えたりもした。
その日、坂本は坂本でけっこうテンションが高まっていた。宇佐美が坂本の所に来て、
「おめでとう! いやー。びっくりしたよ! まさか君たちが結婚するなんて」
と言うのを受けて、坂本も「オレも、びっくりです」とにやけた。
「すごい、トントン拍子だったな」
「なんかね、玉置さんってやけにテキパキしてるから…。どんどん話が進んじゃって…。意外に実行力があるんですよ。悪く言えば、強引…」
「おい、女性から見初められたってことだぞ。いいじゃないか。そういうほうが、尽くしてくれるぞ」
「そ、そうかなー」
「いやー。女は化けるって言うけど…、あ、失礼! いやー。ほんと、玉置さん若返ったし、綺麗じゃないか!」
「あ、ハハハハハ。けっこう気合入ってるみたいですよ」
と坂本はまんざらでもないという表情で久須美の方を見た。




