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 おまけ①【失敗は成功のうち】




 「またダメか」

 一人の白衣を着た男が呟いた。

 男の前にあるのは手術着を身につけている、多分、人間。

 多分というのは、原型をとどめていないからだ。

 身体からは大量の血液が溢れ出し、口からは泡を吹いている。

 白目を向いて横たわっているその人間の横には、ぴー、と一定の音しか出していない機械がある。

 カラン、と銀色をしたトレイにメスを投げいれると、男はマスクや被っていた布の帽子を脱いでゴミ箱に捨てる。

 ピッタリとした手袋も捨てると、男は部屋の隅にある小さな椅子に腰かける。

 「・・・はあ。何がいけなかったんだ」

 これでもう、何人目だろうか。

 実験に協力してくれたら報酬を支払うと言われ、男に着いてきた老若男女。

 誰かは発狂して自殺した。

 誰かは自分の手足を斬って逃げようとしたため、手をかけた。

 誰かは手術中に心停止を起こした。

 それから、それから・・・。

 「この前よりも健康体の若い男を連れてきたというのに。心拍数も正常だった。病気も持っていなかった」

 独り言をぶつぶつ言いながら、男はカルテをさらさらと書きだす。

 「思った以上に副作用が起こり易い。弱毒化したものを入れてみるか?それとも薬と注入して麻痺させてみるか?」

 男は腰をあげ、再び手術台の方に歩く。

 そして開きっぱなしだったお腹に直接手を強引に入れ、そこから何やら奇妙なものを取り出した。

 動物とも植物とも言い難いそれを掴むと、男はソレを瓶に入れる。

 瓶は長さが三十センチほどで、それなりに厚みもある。

 その瓶の中には液体が入っている。

 男は瓶に蓋をして鍵をかけると、手術室を出てしばらく歩く。

 三つの鍵がついた部屋に着き鍵を開けると、その中には同じような瓶が幾つも綺麗に並んでいた。

 ボコボコと酸素を送り込まれていて、中には生きているようにドクンドクンと波打つものまである。

 「お前たち、もう少し待っていてくれ。きっと人間と共存できるようにする」




 それから数カ月後のこと。

 男の研究は成功したのだが、それによって他の研究者が男の研究所に忍び込んだ。

 「逃げろ」

 自分のやってきた研究が、これからの未来に役立つものだと信じてやってきた。

 『頼むぞ。君にしか出来ないことなんだ』

 テロや戦争、暴動を繰り返し起こす人間は、人間の手で止めなければいけない。

 同じ人間同士で共存出来ないというのは、とても愚かしいことだ。

 そんな中、寄生虫を用いての未来平和的実験が始まった。

 男に託されたことは、人工的なパラサイト人間を産み出し、政府に協力させること。

 詳しくは教えてくれなかったが、これがきっと未来を救うのだと信じてきた。

 「俺はここに残ります」

 「お前は生きて、同じ過ちを繰り返させないようにするんだ。それがお前の役目だ」

 「早く見つけ出せ!実験体は全部焼き払うんだ!一匹も逃がすな!」

 ドアの向こう側から声が聞こえてきた。

 「全て証拠は消せ。こんな実験が公になれば、我々政府は叩かれてしまう」

 「責任者はどうします?」

 「・・・消せ。奴の口から情報が漏れることもならん」

 研究所は燃やされ始め、政府から渡されたパラサイトたちは回収され、実験に使った身体は資料共々炎を纏う。

 「長官!」

 「どうした」

 「これを・・・」

 手渡された資料を見てみると、そこには実験に成功したことが書かれていた。

 ぐしゃりと握ると、声を荒げる。

 「一刻も早くこいつを始末するんだ!」

 「はっ!」

 「忌々しい存在め」

 「長官!責任者を捕えました!」

 そこには、両手をあげて投降してきた男の姿があった。

 長官の男は白衣を着た男に手錠もつけることなく、首に剣をあてがう。

 「成功した奴は何処だ?研究室にも手術室にもいなかった。ここへ連れてこい」

 「・・・もうここにはいませんよ」

 「なんだと!?」

 白衣の男に詰め寄り、長官は剣に込める力を強める。

 「あなた方に言われて実験や研究を重ねてきました。きっとあなた方はそもそもの私の研究を敵視していた。だからこそわざわざこのような実験をさせ、私を陥れたのでしょう?」

 「そんなことはどうでもよい。早く居場所を吐け。吐かぬと貴様の首は飛ぶぞ」

 「こんな首など幾らでも差し上げます。だが、彼は見逃していただきたい」

 「それは出来ない。もしもあんなものが自分達の生活圏を脅かしていると知れば、地球上の人間は毎日怯えながら暮らしていくようではないか」

 「・・・ふふ。御冗談を」

 「なに?」

 白衣の男は笑いながら続けた。

 「怯えているのは、あなた方ではありませんか」

 ガラガラ、と燃え広がる炎の煙が、徐々に男たちにも襲いかかる。

 「自然の脅威にも勝てず、自然との共存にさえ不向きな人間は、滅ぶべき時がいずれ訪れます。武器を持たねば恐怖を拭えぬようなら、武器など持つべきではない」

 「・・・」

 長官は自分の剣を鞘に収めると、白衣の男の両脇にいた男たちに告げた。

 「その男を殺せ」

 白衣の男は逃げることもせず、静かに目を瞑った。

 ―上手く逃げるんだぞ。

 ―お前は生きろと言われたのだ。

 ―その身体で世界を見極めていくんだ。

 白衣の男の首が、宙を舞った。

 そこから止めどなく溢れる真っ赤なものは、まるで薔薇の花弁のように散る。

 指示されることの無くなった身体は、前のめりになって床に崩れ落ちる。

 「大分火が回ってきたな。俺達もそろそろ退避だ」

 男たちが去って行ったあと、一人残された同じ格好をした男が、すでに死んでいる白衣の男に近寄った。

 そっと横たわる身体に触れると、頬を冷たい何かが伝う。

 そして何も言わずに立ち上がると、男たちが去って行った方とは逆の方向に足を進めた。

 外に退避した男たちは、建物が完全に燃え尽きるのを見ていた。

 「結局、見つかりませんでしたね」

 「はったりだったのかもしれん」

 「はったり、ですか」

 「実験が成功したように思わせる為のな」

 次第に大人しくなっていく炎に、長官の男は背を向ける。

 「愚かなのは貴様だったな」




 ―ごめんな。だが、未来の為なんだ。

 ―分かっています。お父さん、私の身体が少しでも役に立つのなら、どうか使ってください。

 ―きっと成功してみせる。そして、また一緒に生きていこう。

 ―お父さん、そんな悲しい顔しないで。私、後悔なんてしないわ。

 ―ああ。ああ。そうだな、トワナ。





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