7話 想い人の想い人(?)『神代奏舞』との接触
十畳を少し超える空間に、詰めれば3人座れるくらいの長机が『コ』の字に並び、入り口に向けてその口を開けている。左右の壁に置かれた本棚には、様々なタイトルの付いたファイルが置かれていた。
生徒会室。初めて足を踏み入れたその場所には、神代奏舞ただ一人がいた。
神代は男にしては髪が長く、耳が完全に隠れ、前髪が眼鏡のフレームに掛かるくらいだ。
「生徒会の先輩達は?」
俺は当然の質問を投げ掛ける。
「皆さん職員会議に出ていますよ。僕たち次期生徒会を決める、ね。それにしても久しぶりだね、朝霧君」
ニコニコしながら言う神代はやはり爽やか眼鏡と形容する他無い。その口ぶりから、神代は俺も次期生徒会に入る事を知っているのだろう。
「あぁ、久しぶり。よく俺の名前覚えてたな」
「もちろんですよ! 同級生の名前はほとんど把握してますし」
この社交性MAXの優等生め、本気で300人程の名前を覚えていると言うのか。
俺が返答するより早く神代は続ける。
「まぁ、朝霧君のことは中学から知ってるわけですけど。サッカー、やめちゃったんですか?」
「……あぁ」
俺は中学ではサッカー部に所属していたのだ。そして神代は地区大会で何度も戦った相手だ。
「残念だなー。折角同じ高校になったんだから一緒にサッカーやりたかったんですけど」
笑顔で話す神代の目を見れなかった。俺は、中学3年の地区大会で神代にファウルをし怪我を負わせてしまったのだ。神代はその後、中学最後の大会には出られず神代を欠いた北高は次の試合で敗北した。
「あの時の事、ホントに申し訳なかった……」
深く頭を下げて謝罪する。
「あんなのもう気にしてませんよ! それに、あの時の朝霧君のプレーはファウルだと思ってませんし。怪我をしたのは僕の不注意ですよ」
神代は気を使ってそう言ってくれてるのだろうが、少し胸が楽になった。
「本当にゴメンな……。ところで、神代はここで何をしているんだ?」
神代は現生徒会のいない生徒会室で、棚の整理をしていたのだ。
「先輩に頼まれまして、昨年度の資料をまとめて整理してるんですよ」
まだ正式に決まってもいないのに律儀な奴だ。
「なら俺も手伝うよ、何すればいい」
「助かります! では……」
俺達は二人で、談笑しながら作業をした。中学の時のサッカーの話や高校に入ってからの他愛ない内容の話をしながら。
俺には、神代が琴音の言っていたように女子の告白を適当にあしらうような男には思えなかった。
「そういえば、他の次期生徒会メンバーは聞いたか?」
生徒会の話へ話題を変える。天吹の話に誘導するためだ。
「えっと、僕と朝霧君。会長が天吹さんで、会計が……えっと……し……しら……」
「白糸琴音、な」
「そうそう白糸さんでしたね!」
なるほど、神代は天吹のことを『天吹さん』と名字で呼ぶのか。少し安心したが、二人の時にどう呼んでいるかはわからないか。
それにしても、先程同級生の名前は覚えていると豪語していたのは何だったのか。まぁ、あれだけの人数の名前を覚えるなどそうそうできることではないだろう。しかし、琴音は学年の中でも有名な方だと思うが……。
俺が訝しんでいると、神代が話始めた。
「天吹さんは中学で一緒だったから知ってるんですが……」
釣れた。このまま天吹との関係を聞き出してやる。
「神代って天吹と仲良いよな。今日も昼休み廊下で話してただろ?」
「見てたんですか? 天吹さんとは中学で2年間同じクラスでして、趣味が合うというか、まぁそれだけですよ」
「趣味って?」
俺はすかさず追求する。
「すみません。内緒です」
神代は笑顔のままそう言った。この野郎……。
「大層仲の宜しいことで」
俺が嫌みったらしく言うと、神代は慌てて手を横に振った。
「ほんとに趣味の話をするだけの仲ですって!」
否定する所がまた怪しい……。少し頭に来る。
「まぁ、あの天使と趣味が合うってだけで羨ましいよな」
「え?」
しまった……。嫉妬と本音が口から漏れた……。
俺が誤魔化す前に、今度は神代から追求される。
「……朝霧君は天吹さんのことを気にかけてるんですね……」
「あ、いや、そう言うんじゃ……」
「参ったな……」
俺は急いで話を反らそうと思っていたのだが、神代は今何て言った?
やはり、神代も……?
「まさか、朝霧君が天吹さんのことを好きだなんてね。考えて無かったよ」
そう言いながら、神代はなぜか眼鏡を外し、髪をかきあげながら俺に近づいてきた。
俺は後ずさりするが、神代は歩みを止めない。
「な、なんだよ!?」
俺が問いかけると、神代の目が鋭くなる。もう爽やかさの欠片も無い。
「ハルト」
壁を背にした俺の左耳を神代の右手が掠めた、神代が勢いよく壁に手をついたのだ。この体勢は……。
まさか、人生の中で男に壁ドンされるとは夢にも思っていなかった。
絶句する俺に向かって、神代が言い放つ。
「ハルト。お前はオレの魅力には敵わない」