6話 一喜一憂
職員室。あまり入る機会が無いため、少し緊張する。
「で、朝霧。お前に頼みがあるんだが」
「はぁ」
担任からの頼み事に検討も付かず、頭にハテナマークを浮かべながら返事をする。
「お前に、次期生徒会の書記の話が来てるんだが、受けてくれんか?」
「生徒会……ですか?」
うちの高校の生徒会は、2年の夏から受験で忙しくなる3年の夏まで、一年間の任期である。
もちろん立候補や推薦のシステムはあるが、最終的には職員会議で決められる。昔は選挙活動をして、生徒達の投票で決めていたようだが、生徒の大多数は『自分でなければ誰でもいい』というスタンスのため選挙自体適当になってしまったようだ。
立候補や推薦が無ければ、職員達がピックアップした生徒達に声が掛かる。
それで、なぜ俺なのだ。
「お前パソコン得意だろ? 去年の文化祭の情報統計部のシミュレーションも凄かったし。議事録にしろ、資料作成にしても心強い。理系科目だけで言ったら成績も上位だし、他の先生達も文句は無いそうだ」
情報統計部とは、俺の所属するパソコンでなんやかんやする部活だ。今はほとんど帰宅部員なのだが……。
「その口ぶりだと、俺を推薦したのは市川先生ですか?」
市川は小さく頷いた。
「あぁ、そうだ。朝霧、お前4月から元気無かっただろ? 無気力というか、なんというか……。生徒会活動をきっかけにお前がやる気を出してくれたら、と思ってな」
それをありがた迷惑と言うのだ。どこの誰が生徒会に入ってやる気を出すと言うのだ……。
俺が無言で突っ立っていると市川は困り顔で続けた。
「受けてくれんか……? 他の役職もほぼ確定で、後はお前が書記を受けてくれたらこの後の会議で決定なんだが……」
「ちなみに他の役職は誰なんですか?」
それを聞いてどうする気も無かった。
市川の解答を聞くまでは。
「ん? えーと、生徒会長は天吹で決まりだろう……」
「市川先生。書記の件、とても光栄にございます。全身全霊をもって務めさせていただく所存です」
市川が言い終わる前に、その手を握って捲し立てた。
「お、おぅ……。急にどうした? それでこの手はなんだ、気持ち悪いな……」
我に返り手を放す。
「すみません。ははははは……」
笑って誤魔化す。
天吹が生徒会長で俺が書記。つまり、一年間一緒に生徒会活動をするということだ。神はまだ俺を見捨てていなかった! もはや俺の時代だ。
「まぁお前がやる気になって嬉しいよ。宜しく頼むぞ」
「はい!」
まるで小学生がするような返事をした。
「他の役職だが……」
市川は話を戻すが、俺の心は天高く羽ばたき、3回程宙返りをしていた。
「副会長が、神代。8組の神代、知ってるか?」
隕石の如き速度で墜落した。神代……だと……?
俺と天吹のきゃっきゃうふふの一年間のイメージが崩れ去った。これでは、俺の方が邪魔ものじゃないか……?
藁にも縋る思いで話を逸らす。現実逃避に等しい。
「ほ、他のメンバーは?」
「会計が、白糸琴音だな。お前中学同じだろ?」
世界の、なんと狭きことか……。
俺と、想い人と、恋敵である幼馴染と、想い人の想い人かもしれない男。
このメンツで生徒会活動だなんて、もう笑うしかない……。
「まぁ、本格的に仕事が始まるのは引き継ぎの6月だから、それまでは次期生徒会として他の生徒の模範となるようにな!」
そう言うと市川はそそくさと会議に行ってしまった。
天吹と接点ができたのは喜ばしい。だが、神代と琴音まで一緒とは……。先行きが思いやられる。
途方に暮れながらも、気付けば生徒会室まで来てしまった。
受けてしまったものは仕方がない。現生徒会の先輩に挨拶をして、仕事内容を聞いておこう。
ノックをして、入室する。
「失礼します」
室内には男が1人だけだった。
「おや? 朝霧君じゃないですか」
爽やかに微笑む、メガネのイケメン。
「神代……奏舞……」