4話 恋敵との共同戦線
『神代奏舞』という名前は知っている。俺と同じ理系だがクラスが違い、サッカー部に所属する爽やか眼鏡野郎の名だ。頭も良く、女子に人気があるので、モテない男子から疎まれるが、同じサッカー部である秀の話では『いい奴』だそうだ。
かく言う俺も、中学の時にちょっとした事で面識はある。ただし、高校に入ってからは一度も話したことが無いが。
「知ってはいるが、天吹が神代のことを好きかもってのは?」
「有彩に聞いても教えてくれないんだけど、有彩と同中の子に聞いてみたら中学の時から仲良かったみたいで。今でも神代君とよく廊下で話したり、本の貸し借りしてるのよ」
あー、そう言えば神代も北中だったか。当時の事を少し思い出したが、琴音の発言で吹っ飛んだ。
「有彩、サッカー部の試合は必ず応援に行くの。で、……」
「それもう好きじゃん! 入り込む隙無くね!?」
「落ち着きなさいよ……」
これが落ち着いていられるものか。本の貸し借りってことは趣味が合うからだろうし、サッカーが好きだとしても高校サッカーの試合を毎回見に行くなんて目当ての人物がいるからだろう。
「それ、もう終わってるわ……」
二人の恋路を邪魔するのは野暮ってもんだ。後は二人の行く末を見守ることしかできない。
「琴音も諦めろ……、『敵』とか言ってる場合じゃねーわ」
「話は最後まで聞きなさいって」
琴音は呆れた顔で言うが、これ以上どんなラブラブエピソードを聞かされると言うのだ……。
「えっとね、神代君って女の子関係であまり良い噂を聞かないのよ。まず、神代君はハルと違って格好いいし、頭もいいし、サッカーも上手いし。女の子に人気があるのはわかるわよね?」
「なぜそこで俺を引き合いに出した……? 泣くぞ?」
琴音はノーリアクションで話を続けた。ホントに泣くぞ……。
「今までに何人かの女の子が神代君に告白したんだけど、みんな『興味無い』って一蹴されて……。酷くない? 仮に有彩のことが好きならそう言えばいいし」
神代の爽やか眼鏡イケメンのイメージからは、そんなことを言うような奴には思えない。まぁ、ホントにモテるだろうから、興味の無い女子を鬱陶しく思っているのだろうか。俺にはモテる男の気持ちなんてわからないが、確かにちょっと酷いと思う。
「それに神代君の方から有彩の所に来たこと無いし。有彩が神代君のこと好きだとしたら同じ目に合っちゃうんじゃないかなって……」
確かに、天吹の悲しむ顔なんて見たくないのは琴音と同じだが、だからと言って俺達に出来ることなんて……。
「だから、ハル! 神代君と仲良くなってきてよ。それで、それとなく探りを入れてきて!」
まぁ、そんなとこだろうな。
「別に琴音が仲良くなればいいだろ?」
一応、聞いてみた。
「もし有彩が神代君のこと好きだったら、あたしが嫌われちゃうかもしれないじゃない。ハルだったら男の子同士だから問題無い!」
そりゃそうだ。仕方ない、俺もこのまま天吹のこと諦められないしな。神代の気持ちがわかってからでも遅くない。
「それに……」
琴音はまだ何か言いたげそうに呟いた。
「あたし、あの爽やか眼鏡が本性隠してそうで何か気に食わない」
あ、『爽やか眼鏡』って共通認識でいいんだ。今度、秀にも聞いてみよう。
それはさておき。
「何でそう思うんだ?」
「女の勘」
琴音は間髪入れず言い放った。
出たよ、便利な言葉ランキングがあったら間違いなく上位に入るフレーズ。それよりも、琴音はちゃんと自分のことを女だと思ってるんだ、良かった安心した。
「まぁいい。神代と仲良くなる……ね。なんとかしてみるわ」
琴音にはこう言ったが、話しかけるネタならすでにあるのでなんとかなるだろう。
「よろしくね! 有彩の方はあたしに任せて。進展あれば報告ね!」
「……。」
俺は返事を返さなかった。当然、琴音が怪訝な顔をする。
「何よ?」
「いや……、もう一回確認しておきたいんだが……。俺達って恋のライバルなんだよな?」
「さっき自分で言ったじゃない。それ以外に何だって言うの? 有彩が神代君となんとも無いならハルなんか放って置いてあたしの彼女にするんだからね!」
よくもまぁ、堂々と。でも、琴音と犬猿の仲にならなかったことを良しとするか。
「わかったよ。……んじゃ、そろそろ帰るわ」
「ん」
俺は立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手をかけた所で、もう一つ聞いておきたい事を思い出した。
「なぁ琴音」
「何?」
「優子ちゃんと亜美ちゃんだと、どっちがタイプなんだ?」
琴音は最初、何のことかわからなかったようだが、すぐに顔を赤らめた。
まだ春になったばかりだと言うのに、俺の左頬に美しい紅葉が生まれた。