3話 幼馴染との約束と恋敵との約束
琴音と天吹は中学の時から知り合いで、入学式に二人で写真を撮る仲であったということか。
まぁ、それも後で直接聞けば良い。一先ず、座って琴音を待つことにした。
5分程待ったが、琴音はまだ来ない。
暇を持て余していると、本棚に並ぶ少年漫画が目に入った。
「あー、昔ここで読んでたな」
立ち上がり本棚へ近づいてラインナップを確認する。ほとんどの漫画が最新刊まで揃っているので、ずっと買い続けているということだ。几帳面に全て順番に並んでいる。
琴音は昔から少年漫画が好きで、性格も恰好もボーイッシュな感じではあった。
それが、女の子を好きになる女子になっていたとは……。
ふと、本棚の隅に一冊だけブックカバーの掛かった本を見つけた。カバーを外し忘れたのか、それとも大事な本なのか。
勝手に見るのも悪いと思ったが無性に気になってしまい、手紙を破られた腹いせにと理由を付けてその本を手に取った。
ブックカバーを外して表紙を見ると……。
『女子高生のヒ・ミ・ツ ――優子と亜美のイケない関係―― 16巻』
俺はそっとカバーを掛け直し、元の位置へ戻した。
ゆっくりと座布団に座り込んで、一度深呼吸をした。
「あいつ本気じゃねーかよ! 俺らの年じゃまだ買えないマーク付いてたし! 16巻て人気作品だし!」
最後のツッコミは自分でもよくわからなかった。
もう一度深呼吸をする。
琴音も多感な年頃なのだ、俺だってエロ本の1冊や2冊持ってるし……正確に言えば15冊か。何もおかしい所は無い。心の中でそう言い聞かせた。
その時、階段を上る足音が聞こえた。
条件反射で俺の背中が垂直になる。平常心、平常心……。
程なく扉が開かれた。
「お、おぅ、琴音。待ってた……ぞ……」
そう言いながら振り向いた俺は絶句した。
琴音が下着にバスタオルを羽織っただけの格好だったからだ。
「なんで勝手に部屋に入ってるのよ?」
琴音の冷たい眼差しから逃げるように体を戻す。
「ご、ごめん! 叔母さんにここで待てって言われて……」
思い返せば、琴音も年頃の女の子だ。いくら幼馴染だとしても叔母さんが俺を部屋に入れているとは思っていなかったのだろう。
しかし、音から察するに琴音は冷静にクローゼットを開けているようだった。
「別に……今さらハルに見られたってなんとも思わないけど」
下着姿を見られたことに対してはそこまで怒ってないようだ。良かった。
「確かに、昔からあんまり成長してないみたい……」
ホッした俺は、つい思ったことを口に出してしまった。もちろん、言い終わる前に飛び蹴りを頂戴した。
琴音は服を着ると、ベッドに腰掛けた。
「で、ハルの話って?」
聞きたいことは山程あるが、まずは天吹のことからにした。
「琴音はいつから天吹と? 同じクラスになったのも今年からだろ?」
「有彩とは、あたしが中二の時から通い始めた塾で会って、志望校も一緒だったからすぐに仲良くなれたの」
なるほど、それで入学式の時はもう友達だったのか。いや、『友達』でいいのかわからないが。
「で……『好き』ってのは……?」
核心に触れようと質問すると、質問で返ってきた。
「ハルは……有彩のどこが好きなの?」
まぁいい。俺がどれだけ天吹のことが好きなのか思い知らせてやろう。
「天吹は可愛いし、誰にでも優しいし、気が利くし。笑顔なんか天使だし。話してると楽しいし……」
最後は声が小さくなった。天吹を見るとドキドキするし、話すのも緊張するし、恋をしてるのは確かなのだが。実際口に出してみるとそのくらいだった。
「それが、『好き』ってことなら、あたしも有彩のことが好きだよ。一緒にいて楽しい。有彩が誰かのものになるのは耐えられない」
琴音は真剣な顔ではっきりと口にした。冗談では無いようだ。負けてはいられない。
「ならお前とはライバルだ。俺は天吹と付き合いたい。上手く説明できなくても、俺は天吹が好きだ」
数秒の沈黙の後、琴音が問いかけてきた。
「ハルは、あたしのこと変だって思う?」
脳裏に先程の本が思い浮かんだが、掻き消した。
「そりゃあ、びっくりはしたけど……。好きになっちまったもんは仕方ないんじゃないか?」
本心で語る。人数が少ないだけで、同性を好きになる人間がいることは知っている。それは自由だと思う。
「ありがと」
琴音は嬉しそうに笑った。
「でも、お前が手紙を破いたのを許したわけじゃないぞ?」
俺はもう一つの答えを得るために切り出した。
「それは、確かに悪いことしたと思う……ごめん」
存外素直に謝ってきたので、それ以上強く言えなかった。
「でも、ハルに約束破られたと思って……酷いとこしたのは謝る。フェアプレーじゃ無かった」
約束……? 俺は琴音とどんな約束を交わしたのか。記憶の中を探しても見当たらない。
「忘れたんだね」
「あぁ……」
「あたしに好きな人ができたら応援してくれるって言ったじゃん」
あ、そんな約束をした気がしてきた……。あれは、確か……。
――8年前。
「ハル君は好きな人できた?」
「ううん、いないよ。コトちゃんは?」
「あたしもー。もしあたしに好きな人ができたら応援してくれる?」
「もちろん!」
「じゃあ、ハル君も好きな人ができたら教えてね! 応援してあげる!」
「うん! ありがとう!」
思い出した。思い出したのだが……。
「あんな昔の約束かよ! しかも、お前が天吹のこと好きだって知らなかったし!」
「仰る通りです。以後気を付けます」
それで、『嘘つき』か、堪ったものではない。
「その約束を果たそうとすると、お互いが応援し合わなければならんわけだが?」
「そうね。友好条約を結ぶってことでどう? どっちが勝っても恨みっこ無し! 助けが必要な時はお互い協力するってことで」
どういう恋敵だよ、とは言わずにおいた。
「わかったよ。お互いの健闘を祈るってことで」
「それで早速なんだけど」
そういえば、琴音は『話したいことができた』とメールしてきた。俺の頭に引っ掛かっていたものは何となく解決したので今度は琴音の話を聞くことにした。
「あたし達に共通する、敵の話」
「『敵』って、仰々しいな……。天吹はモテるんだから、ライバルなんて沢山いるだろ?」
忘れかけていたが、これは俺と琴音の一騎討ちでは無い。俺達は天吹という城を狙う雑兵の中の一人でしかないのだ。そんな調子で考えていた俺に琴音が矢を放った。
「同じ学年の『神代奏舞』君って知ってる? 有彩が好きかもしれない人なんだけど」
城は、すでに落ちていたと言うのか……!?