2話 幼馴染『白糸琴音』の告白
「なんで……それをお前が……」
琴音が右手に持つものを見て、一瞬時が止まる。同時に天吹に変化が見られなかった事に合点がいった。
「偶然……ハルが有彩の下駄箱にこれを入れてるの見かけて……」
俺がいなくなってから掠め取ったというわけか。しかし、琴音はなぜそんなことを……。
封が切られてない所を見ると琴音も中の文章を読んだわけではないようだが、男子が女子に渡す手紙をラブレターだと想像するのは至極当然だろう。
俺の中の琴音のイメージであれば、『あんた、有彩に気があるのー?』、なんて茶化してきそうなものだが。
琴音が少し俯きながら口を開く。
「あたし……あたし……ハルの事が……」
その言葉を聞いて心臓が高鳴る。本当に俺のことが好きで、ヤキモチを焼いているのか?
俺はドキドキしながらそれに続く言葉を待った。すると……
「許せない!」
そう言いながら、琴音は手紙を破り捨てた。
「お、お前っ! 何すんだよ!」
突然の出来事に驚いて、少し声を荒げてしまった。
「ハルが、悪いんだよ……」
琴音は俺の目を見据えて呟いた。
俺が……悪い……? 皆目見当も付かないが、琴音がした事こそ許せない。
「いくら嫉妬してるからって、それは酷くないか!?」
例え、天吹が俺以外の誰かにラブレターを渡しても、俺にはそれを邪魔する権利なんか無い。琴音がした事はそういう事だ。そう考えていたのだが、琴音からの返答は予想と違った。
「嫉妬……? 何言ってるの?」
琴音はそう言うと、階段を下りて俺の方へ向かってきた。そして、すれ違い様に俺の目を睨んでこう言った。
「嘘つきのハルになんか負けないから」
理解が遅れた。琴音は今、何と言った? 『嘘つき』という言葉も腑に落ちないが、『負けない』とは一体?
琴音はそのまま俺の横を通過して、2階に下り始めた。俺は我にかえって呼び止めた。
「琴音! それは……、どういう……?」
言い終わる前に琴音が振り向いて、俺の方を見上げた。
「私も、有彩のことが好きなの」
「は? ……え?」
硬直する俺を置き去りにして、琴音は行ってしまった。
次の日の授業内容は全く頭に入ってこなかった。
天吹がモテることは知っている。昨年も多くの同胞が挑み、敗れていった。
お淑やかで綺麗な言葉を使い、誰とでも隔てなく接し、学力は学年トップクラス。加えて、テニス部では1年ながら団体戦のレギュラーを勝ち取り、兼部している華道部でも何かのコンクールで入賞したと聞いた。それでいてあの可愛さだ。モテないはずが無い。
恋敵が多いのは覚悟していた。だが、まさか幼馴染の女子がライバルになるとは……。
「また、なんか悩んでんのかよ」
秀か。俺に話しかけてきたって事は、もう昼休みだってことか。
「恋のライバル登場、ってとこかな……」
それが琴音だということは伏せておこう。
「なるほどね。天吹がお前の手紙を読んでないのは、そいつに妨害されたってことか」
こいつはエスパーか何かなのか…… 秀のこういう所にはいつも驚かされる。
「まぁ、そんなことするやつに天吹もなびかねーだろ。とりあえず学食行こうぜー」
秀と学食へ行き列に並ぶ。すると、少し離れた所のテーブルに女子3人と食事している天吹を見つけた。
天吹の隣には、琴音。
あいつ天吹と仲良かったんだな、中学も違うし去年もクラスが違ったはずなのだが。
琴音と俺は同じ初蔵西中学出身で天吹は初蔵北のはずだ。そして、昨年は俺と天吹が同じクラスだったが、琴音は違う。
そう考えると違和感があった。
琴音はこの2週間で足らずで天吹と仲良くなり、『好き』になったのか? まぁ、俺と同じで一目惚れなのかもしれないが。
そんな事を思っていると琴音と目が合った。
琴音は一瞬ニヤリとすると天吹の方へ顔を向けた。
「有彩のハンバーグおいしそうだね! あたしの唐揚げと交換しよ! あーん」
俺にも聞こえる声でそう言いながら、天吹に向かって口を開いた。
「琴音ちゃんは甘えん坊さんですね。はい、あーん」
俺への当て付けか……? 女同士だと特に周りが気にすることもない。俺にヤキモチを焼かせるつもりだろうが、残念ながら何も思わない。所詮女同士、という考えが俺の中にあるからだ。
すると、俺の携帯がメールを受信した。確認すると案の定琴音だった。
『どーだ、羨ましいでしょー?』
少し、イラっとした。
昼飯を食べながらも、昨日の琴音の言葉が引っ掛かって秀の話は左から右に流していた。
琴音が天吹のことを好きだという事も気になるが、それよりも『嘘つきのハル』と言った真意がわからない。それを含め、一度琴音と話をする必要がある。手紙を破かれた事も許したわけじゃない。
俺は琴音に、『話がしたい』とだけ返信した。しかし、すぐには返事が来なかった。
放課後、下校しようとする頃にやっと返信があった。
『ちょうど、あたしも話したいことができた。今日部活終わるの早いから家に来て』
その話したいことができなければ無視するつもりだったのか? とツッコミたかったが、琴音と腰を据えて話ができればそれでいい。
一度家に帰って時間を潰してから行くと伝えて、帰路についた。
琴音の家に来るのは中一の時以来か……。昔はよく遊びに来ていたので馴染みのある一軒家だ。
インターホンを鳴らすとすぐ返事があった。
「はーい」
この声は叔母さんか。
「お久しぶりです。朝霧春斗です」
「ハル君!? ホントに久しぶりだね! すぐ開けるから待ってて」
玄関が開かれると、昔のまま変わらない叔母さんが出てきた。まぁ、3年足らずではそれもそうか。しかし、なんでまたこんなモデルのような美人の母親からちんちくりんの琴音が生まれたのか……。まぁ、琴音も可愛い方だが。
「いらっしゃいハル君。琴音に用事?」
「そんなとこです」
「あらまぁ。琴音は今シャワー浴びてるから上がって待ってて、琴音の部屋は前と一緒の2階の左ね」
叔母さんはニヤけているが、おそらく勘違いをしている。俺達は恋人でなく恋敵なのだ。なんて、誰もわからないか。
「お邪魔します」
3年ちょっとの間で身長が伸びたせいか、変わらないはずの室内が少し違って見えた。
俺は真っ直ぐ琴音の部屋に向かい一応ノックしてから入った。
家具の配置は昔のままだ。変わった所は、陸上競技会のトロフィーが増えた所だろうか。室内を見渡していると、ふと勉強机の上の写真が目に入った。
「これは、琴音と……天吹?」
二人のツーショット写真。それも高校の入学式の時のものだった。