13話 ×試合観戦 ○天吹観察
天吹の隣には誰もおらず、一人のようだ。
再びコソコソと移動し、天吹の表情が窺えるギリギリの距離で席を確保する。
「天吹、一人で来てるのか。お前は誘われなかったのか?」
「だからハルを誘って来たんじゃない。考えればわかるでしょ? 馬鹿なの?」
「そこまで言うか……」
試合開始時間が近づくにつれてちらほらと観客が増えてきたが、観客席が広すぎるので席はかなりスカスカだ。
俺達以外には、うちの学校の女子達のグループと、サッカー部員の家族くらいしか見当たらない。相手チームも同様だ。まぁ、ただの練習試合なのでこんなものだろうか。
変装の甲斐あってか、天吹含め、見知った人間に声を掛けられる事は無かった。
「あっちで固まってる女子達はうちの学校だよな? 知り合いはいないのか?」
「うーん。知ってる子もいるけどみんな別のクラスかな。神代君のファンクラブじゃない?」
そんなものがあるのか…… 十数人はいるのだが……
すると、琴音が顎を向ける。
「ほら」
女子達の方を見ると、垂れ幕を広げていた。
『神代奏舞様 LOVE』
今時そんな応援をする集団を生み出すとは…… 神代、恐るべし……
そうこうしているうちに、選手が入場してきた。
「キャー! 神代くーん!!」
「頑張ってー!!」
黄色い声援というものを初めて聞いた。中学の時は敵チームだったのであまり気に掛けていなかっただけかもしれないが。
ふと天吹を見ると、特に動かずグラウンドを見つめている。
「有彩、静かだね」
「熱狂するタイプじゃないだろ。」
「有彩が、『奏舞様ー!』とか言い出したらヤだな……」
「それは、嫌だな……」
試合が始まっても天吹は声も出さず、ただじっと見ているだけだった。
ただ、その横顔を見ているだけで幸せな気分になる。
「有彩…… 可愛いなー……」
どうやら隣人も同意見のようだ。二人とも試合の様子なんてまるで見ていなかった。
すると。
「「きゃー!!」」
うちの学校の女子達の悲鳴が聞こえた。
目を向けると、数人が立ち上がり、何人かが口を押さえ、その全員の視線がグラウンドの一点に集中していた。
視線の先には。
足を抱えて倒れている神代がいた。
心臓が一度、強く脈を打つ。
俺の記憶の中の、目の前で蹲る神代の姿と重なった。
相手選手が神代に駆け寄る。
あの時と同じ。スライディングを足に受けたのだろう。
サッカーをやっていればそんな事は日常だろうが、心配だ。
しかし心配は無用だった。
神代は相手選手の手に引かれ立ち上がり、その場で何度かジャンプをする。大事無いようだ。
ほっとした所で、天吹の反応が気になった。
天吹が神代の事を好きでいるなら、好きな人が危ない目に遭って冷静でいられるだろうか。
再び、天吹の方を見た。
天吹はいつの間にかノートを取り出しており、真剣な顔でペンを走らせていた。
「有彩、何書いてるのかな?」
「さぁ?」
ここからでは何を書いているかは確認できない。
天吹の行動が示す意味を予想するが、わからない。
ただ、天吹の真剣な眼差しは、天使と比喩できるものでは無かった。
試合は、我が校の勝利で終わった。
まぁ、我々には試合結果等意味が無いのだが。
神代がゴールを決めたときの女子達の声が、常人の出せる音では無かったのが印象的だった。
俺と琴音は天吹に気づかれないように早めに観客席から出た。
「結局、有彩が神代君の事をどう思ってるかわからなかったね」
「だから尾行なんて無駄だって言ったじゃねーかよ」
「言ってませんー! 何よ、試合中ずっといやらしい目で有彩見てた癖に。 このストーカー!!」
「尾行するって言い出したのお前じゃんかよ! どっちがストーカー指数上だと思ってんだよ!」
「私は同性だからいいの!」
「お前に限っては良く無いだろ!」
俺達は過ちを犯した。
立ち止まって口論をするなど愚行であった。
「朝霧……君?」
俺の二つ目の過ち。名前を呼ばれて振り返ってしまった。
変装をしている事等忘れていた。
隣で琴音が『バカ』と呟いた時にはもう遅かった。
この場で俺の名を呼ぶ人間なんて他にいない。
目の前に天吹が立っていた。