10話 嬉しくないハートマーク
「お前は本当に悩み事が絶えない男だな……。もう昼だぞー」
秀に話しかけられ意識を取り戻す。もう午前の授業が終わったのか。確かに最近はいつもこんな調子だ。
「あ、あぁ」
琴音の事も神代の事も秀はおろか誰にも話せない。もちろん秀の事は親友だと思っているが、それでも話せる内容では無い。
秀も何か感づいているのか、深くは聞いてこない。
親友の気遣いを素直にありがたく思う。
いつも通り二人で学食に向かうと、並んでいる琴音を見かけた。今日はその隣に天吹の姿が無かった。
一緒じゃないのか、と思いながら琴音にそのままを打診した。
すぐに携帯が鳴る。
『有彩、用事』
いや、意味はわかるのだが、もうちょっと何か無いものか?
まぁ、琴音からのメールに期待することも無いか……。
日替わり定食を注文し、秀と食事をしていると、後ろから声を掛けられた。
「やぁ、秀一君、春斗君。御一緒させてもらってもいいかな?」
神代……。
全力で拒否したかったのだが、先に秀が許可を出してしまった。まぁ実際の所、拒否するのは不自然なので流れに身を任せるしか無い。
そして、当然のように神代は俺の隣に腰かける。
少し鳥肌が立った。
「なんだ? お前ら仲良かったのか?」
秀が不思議そうに訪ねてくる。
まだ、次期生徒会の話は公表されていないし、なんと返せばいいかと考えていると、神代が先行した。
「春斗君とは中学のサッカーの試合から顔馴染みだからね」
「俺の事は高校入るまで知らなかったのにか?」
秀が皮肉めいて言うと、神代は少し慌てた。
「ごめんよ秀一くん。ただ、春斗君のタックルがとても印象的でね……」
「あぁ。という事はお前ら仲直りしたんだな」
別に喧嘩をしていた訳じゃないが、俺がその事を気に掛けていた事は秀も知っている。少しホッとしているようだった。
その後、神代と秀の会話にあまり参加せず、食べ終わるなり立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、俺はこれで……」
逃げるように立ち去ろうとすると神代に呼び止められた。
「待って春斗君! 連絡先を教えてくれないかい?」
このタイミングでは断れない。
「え? お前ら仲良かったんじゃないのかよ?」
ほらね。
「あ、あー、あぁ……」
これからどんな口説き文句が送られてくるかと思うと気が重いが、一応はこれから同じ生徒会の仲間ではある。必要な事だろうと納得し、電話番号とIDを交換した。
「じゃあな!」
俺はそう言って、今度こそ逃げ出した。
食堂から出ると携帯が鳴った。
『ハルトは秀一君と仲が良いんだね。妬けちゃうな……』
文末にはなぜか小さいハートマーク。
お前が女子力発揮するなよ……。
もちろん返信はしなかった。
このまま教室に帰ってもやる事が無いので、少し遠回りをした。
昼時、それも早い時間には誰も近寄らない体育館へ続く廊下。
一人になりたいと思うことが増えたな……、と考えていると、女子の甲高い怒声が聞こえた。
「おふざけも大概にして頂けるかしら!」
なんだ? 喧嘩か?
廊下から外れ、体育館の横を回り、身を潜めて様子を伺う。
声の主は、金髪縦ロールの絵にかいたような『お嬢様』。確か同級生の、どこぞの社長の娘とかいう子か。
その取り巻きが二人。どちらも見たことがあるが、彼女らも同級生だろうか。
そして、三人と対峙し怒鳴られていた相手は一人……。
「天吹……?」