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スプーン曲げ部の先輩

作者: てふ3号

「影を踏む」「古びた椅子」「封筒の中の小指」


 僕だけが知っていることなのだけど、ハル君は超能力者だ。ハル君が悲しそうな顔をしているとき、近い未来に絶対、悲しいことが起こる。それは100円を落とすだけかもしれないし、知り合いが交通事故にあうのかもしれない。誰も、ハル君自身すらもそのことに気付いてないけども、これは本当に本当のことなのだ。僕だけが知っているのだ。ハル君の傍にいるとまるで予知能力者になれたような気がして、ちょっと気持ちがいいかもしれない。

 そのハル君が、悲しい顔をして右手の小指をさすっている。教科書の入った鞄がそれにあわせて揺れる。

「ハル君。どうかしたの?」

「え? ううん。なんでもないけど」

 僕に言われて、ハル君は両手をポケットに入れた。

「今日ね夢を見てさ。誰かがラブレターを出して、その中に自分の小指をしまう夢」

「小指を?」

「うん。それでその人は封筒の中の小指ごと全部を捨てちゃうの。なんかとっても悲しくて」

 ハル君は喋りながらもう一度小指をさすった。

 どういう予知なんだろう。ハル君が悲しい顔をしているときには夢を見たり、変なことを思いついたりしている。それを聞けばぼんやり何が起こるかを知ることが出来るのだ。時には具体的に未来についての予知がされることもあるのだけど、今のようにあやふやな内容であることのほうが多いきがする。

 学校につくと、僕はトイレに駆け込んでハル君の言ったことと日付と時間をメモした。

 小指を封筒に入れて捨てる。なんの予知なんだろう。


 一つのことに熱中して考え込んでいると、時間なんてあっという間に過ぎる。ハル君や友達と昼食を食べて、眠い午後の授業を過ごし、放課後になった。

 僕は急いで部室へと走った。あの部屋には僕の秘密のハル君ノートが置いてあるのだ。部活棟四階の一番はじっこに『スプーン曲げ部』とプレートが書かれた部屋がある。こんな部活があることを、この学校の何人が知っているだろうか。部室のドアを開けると、もう高橋部長が古びた椅子にすわっている。どんなに僕が早くこの部屋にきても、それより前に鍵を開けている。この人はいつも放課後の掃除をサボっているに違いない。

「やあ。廊下は走っちゃいけないよ」

 スプーン曲げをしながら高橋部長は僕を見た。手元では銀色のスプーンが魔法のようにグニャグニャと曲がってはもとに戻されたりしている。

「なんで走ってたって分かるんですか?」

「足音」

 ああ。スプーン曲げのほかに、千里眼まで身に着けたのかとびっくりしてしまった。相変わらずすごいスプーンの曲がり方だなと感心してしまう。始めてみたときに「超能力ですか?!」と驚いたら「そんなものあるわけないだろう」と苦笑されてしまった。部長はオカルト否定派で、スプーン曲げはただの手品でしかない、と言うのだ。ただし僕は種あかしをしてもらったことがない。

 高橋部長は窓際にすわったまま、なんでもないようにスプーンをぐにゃぐにゃともてあそぶ。僕の存在には興味なくなったのか、ボーっと外を眺めている。

 僕にとってもソレは好都合だ。誰も手に取らないであろう冊子が詰め込まれた棚からノートを一冊取り出して開いた。先輩が外を見ている間にメモを見ながら今朝の出来事を書き込む。これまでのハル君の予言と、起きたことを綴りつづけた秘伝のノートだ。このノートには、僕が副部長の彩子さんに告白して振られる予言まで書いてあったりして。絶対誰にも見せたくはない。一度家に置いといて、母に見られそうになってからはこの場所に隠してあるのだ。

 書き込み終わって、再び冊子の群れの中にノートを再び紛れ込ませた。ひまだな、と思って高橋先輩のスプーン曲げを眺める。部員はあと四人いるのだが、高橋先輩を除き、ほとんどみんな幽霊部員だった。僕もノートに書き込みをするとき以外ではまずここには来ない。

 がらりとドアが開いて、長髪の女子学生が入ってきた。彩子さんだった。僕を見ると「ひさしぶり」と笑顔で手を振る。僕は赤面して、下を向いた。この人に会うのが気まずくて、ここには来なくなったのに。僕のすぐ傍を通り、彩子さんは適当な椅子を引き寄せるとさっと腰を下ろした。近くを通りすがったとき思わず身を引いてしまう。彼女のすべてが神聖な気がして、僕は影を踏むのすら戸惑う。

「いまだに見破れないなぁ。やっぱりタネなんてないんじゃないの?」

 彩子さんが高橋部長の手元を見ながら呟いた。部員の中で、僕と彼女だけが、部長のスプーン曲げが芸ではなく超能力だと信じている。そんなこともあって僕と彩子さんは仲が良かったのだ。告白して振られてからも特にその関係は変わらない……と思う。微妙な変化はあったかもしれないけど。あれから彩子さんも時々、僕を意識した仕草をしている、様な気がする。

 じっと彩子さんが高橋部長の手元を見て、僕はチラチラと彩子さんを見る。僕の視線を感じたのか、彼女がこちらをむいた。「不思議だよね」と苦笑いされる。僕は少し気まずくて、高橋部長の手元に視線を移した。高橋部長は外を眺めながら、手元でヒモをいじっているかのような投げやりな仕草で、スプーンを滑らかに曲げている。ぐにゃぐにゃとした不思議なオブジェになったかと思えば、部長が少し手を動かすともとのスプーンに戻っている。不思議だ。あれは絶対に超能力だ。

 ハル君の例もある。他の超能力者がいてもおかしくない。僕はそう思うのだ。

 小指を封筒にしまって、捨てる。

 どういう意味だろう。僕は考えた。だれかが小指を切るような目にあうのだろうか。

「田中さん。何かあったの?」

 高橋先輩が、彩子さんに聞いた。急に尋ねられて、彩子さんが「え?」

「いや。何かあったのかなと思って」

「高橋君って本当に超能力者でしょう」

 彩子さんが苦笑する。可愛らしい。

「タネも仕掛けもある手品しかできないよ。その、今日は指輪をしてないんだなって思ってね」

 どういう意味か分からなかったけど、彩子さんのことなんだろうか。

「よくみてるなぁ……そのさ、振られちゃって」

「そう。その指輪は捨てちゃったんだね」

 あきれたように、彩子さんが溜息をついた。

「超能力者でしょう。何でわかるの」

「なんとなく」

「あはは。彼に貰ったラブレターの封筒に入れてさ、一緒にぽーいってしちゃった。大事にとってあったの、バカみたい」

 脱力したように彩子さんが机に突っ伏した。部長が曲げるスプーンのように、ぐにゃりと。

 僕は話の展開についていけなくて、どういうことか分からなかった。目線だけで高橋部長に「小指に指輪?」と聞く。うんと部長が頷いた。

 指輪を小指につけるなんて、結婚指輪じゃないか。そこまで好きだったということだろうか。僕が振られたときには指輪はしていたっけな。思い出せない。

 ハル君の予言はこれを言っていたのかな。机に伏せる彩子さんはもしかしたら泣いているのかもしれない。

「あの、彩子先輩」

 僕が声を掛けようとすると彩子さんは、

「ちょっと顔洗ってくるね」と出て行ってしまった。

 やっぱり泣いていたのだ。それにしてもあんなことを言うなんて、高橋部長には少し配慮と言うものが少ない気がする。

「部長。黙っていればよかったのに」

「そうだね。つい、興味がわいて」

 気にした風もなく、部長はスプーンをぐにゃぐにゃといじる。

「君がノートに書いてあることが、どれくらい正しいのか。気になっていたんだ」

「え?!」

「小指という単語で、真っ先に思い出したのが彼女の指輪のことだったからね。今日に限ってそれがなかったから」

 どうやってノートを見たんだろう。部長はずっと窓の向うに顔を向けていた気がしたのだけど。

 高橋部長が何も言わず外を向き、スプーンをぐにゃぐにゃとまげる。

「面白いよね、それ。超能力?」

 スプーンの丸い部分に反射して、顔をむこうにしている部長と目があった。あんな小さな部分でノートを盗み見たのだろうか。

「いえ手品です。先輩こそ本当は超能力なんじゃないですか?」

「いや。手品だよ」

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