第10夜 告白(2)
「私が死んで、身体が無くなっても、魂は無くならない。あなたをずっと愛してる。ずっと…ずっと…あなたの幸せを祈ってるわ」
「ずっとねぇ」
彼が暗い表情で嗤う。
「僕の正体を知っても…それでも、そう言えるかい?」
「正体?」
「君はもうすぐ死にそうだしね。教えてあげるよ。僕の正体を」
彼はそう言うと立ち上がり、私の前で上着を脱いだ。何が始まるのだろう…。何をする気なの?
「ほら。こんな僕を知っても、君は僕を愛していると言えるのかい?」
ぱさり。そんな音がして彼の背後に翼が広がっていく。漆黒の翼。こうもりのような翼。翼の上部に鉤のようなものが付いている。
「あ…」
月明かりの中で彼の瞳が紅くなり、口の端から牙が覗く。
「ほら。これでも君は僕を愛している?」
頭が混乱してくる。これは本当に見ていることなの? 現実なの?
彼がニヤリと嗤った。
「君が言うところのモロイだね」
その言葉で我に返る。そうよ。彼が言ったのだわ。モロイだったらどうする? と尋ねたのだわ。その問いに対する私の答えは、とっくに決まっているのよ。
「あなたがモロイでも構わないわ」
彼の顔に驚きの表情が広がる。
とたんに私は落ち着いてしまった。彼をこんなに驚かせることができるなんて、最初で最後かもしれない。
「ええ。そうよ。あなたがモロイでも構わない。愛しているわ」
「アリス?」
「本当よ。もう一回言ってあげる。愛は溢れているのよ。あなたが気づかないだけ。あなたが世界を嫌いでも、世界はあなたを好きよ。みんなあなたを愛している。私もあなたを愛しているわ。私が死んで、身体が無くなっても、魂は無くならない。あなたをずっと愛している。ずっと、ずっと、あなたの幸せを祈っているのよ」
彼の目が驚愕に見開かれたまま私を見る。なんという表情をしているのか、自分で気づいていないのかしら。私の気持ちを信じていなかったのね。笑いたくて、涙が出るわ。
「ねえ。私が元気になったら…またどこかへ連れていってくれる?」
私の声に彼は自分を取り戻したみたい。驚愕の表情を収めると同時に、翼もしまい込んでしまった。
漆黒の翼。だから私を運んで遠いところまで行けたのだわ。
「私…あなたと色々な場所へ行きたいわ」
「ああ」
まだ驚きが残っているような呆然とした表情のまま、彼が曖昧に頷く。
「ねえ。しばらくしたらクリスマスだわ。クリスマスには、ウェストミンスター寺院のクリスマスサービスに行きましょうよ」
「クリスマスサービス?」
「そうよ。聖歌隊が歌を歌って素敵なんですって。私、まだ行ったことがないの」
「そうだね」
「それから…春が来たら一緒に庭園を散歩しましょう。あちらこちらでパーティーも開かれるからエスコートしてくれる?」
「いいよ」
「夏が来たら…海にも連れて行ってくれる? 私、海も見たことがないの」
「ああ」
彼の頬に手を伸ばそうとして失敗した。腕に力が入らない。
「約束よ」
「約束だ」
あなたは嘘つきね。きっと叶わない約束なのに。私には叶えられない約束なのに。あなたは約束するのね。
「もう…ここへは来ないで」
「アリス?」
「あなたには綺麗な私を覚えていてもらいたいの。こんなに痩せてしまった私ではなくて、あなたとダンスをしたときの私を覚えていて」
彼の手が私の頬を撫でる。
「また来るよ」
そう言うと、彼は私に口付けた。来ないでと言っているのに。困った人ね。
「また来る」
私の心を読んだかのように繰り返して、彼は窓のほうへと向かった。消える気配。彼は行ってしまったのだ。
それからも彼は訪れていた…らしい。
夢うつつの中で彼を迎えて、夢うつつの中で彼を見送る。夢なのか、現実なのか。私にはよく分からなかった。
昼間もぼーっとしていることが多くて、身体が動かない。
ああ。どうして私はこんななのかしら…。




