第10夜 告白(1)
夢の中で彼が現れる。優しい手つきで私を抱く。彼の熱に包まれる。
「愛しているの」
「そう?」
「そうよ。愛しているの。ねえ、あなたは? 私のことが好き?」
「ああ。好きだよ」
夢の中の彼はつまらなそうな声のまま、私に答える。ちっとも心がこもっていない。
「愛している?」
「愛しているよ」
嘘ばかり。言葉だけだわ。それでも彼の声で聞く愛の言葉は麻薬のよう。
「愛しているわ」
「ああ。愛しているよ」
感情のこもっていない声。こんなに私は好きなのに。口づけは優しいのに、冷めた視線。
涙が溢れてくるのを感じる。雫が頬を伝って…目が覚めた。
朝の光。自分の部屋。なんて不毛な夢かしら。夢の中ですら彼は冷たいまま。
部屋の中が涼しい。いいえ。寒いわ。あんなに暑かった夏がつい最近だったように思えるのに。木の葉が色づき始めたのも昨日のように思えるのに。もう冬がすぐそこまで来ているのだわ。
窓の外を見たくて、身体を起こそうと思ったけれど、うまくいかない。身体がだるくて、力が入らない。頭痛がする。
ここ最近、ずっとそう。身体のあちらこちらが痛くて、頭痛もしている。お医者様が薬を処方してくださるけれど、効くのはほんの暫くだけ。すぐに効かなくなってしまう。
なんとか腕を持ち上げれば視界に入る細い指、細い手首。まるで骨と皮だけだわ。食事が喉を通らないのですもの。当たり前よね。
夜中の彼の訪れも無くなってしまった。また来るって言っていたのに。嘘つきだわ。でも…こんな姿の私は見られたくないから、ちょうど良いのかもしれない。
彼の目には、あの一緒にダンスをした私を留めておいてもらいたいもの。ダンスは楽しかったわ。あんな風に、もう一度彼と一緒に踊りたかった。一緒に居たかった。
「お嬢様?」
マリーが部屋に入ってくる。温かいスープと共に。
「ああ。マリー。今日は調子が少しはいいわ」
「それは良かったです」
身体を起こしてもらって、背中にクッションを入れれば、さっき見ようと思った窓からの風景が少し見える。
「もうすぐ冬ね」
「そうですね。木々の葉がだいぶ落ちていますよ」
「そう」
「もう少し何か召し上がれそうですか?」
私は少し思案した。もうお腹は一杯だけれど。でも…何か甘いものが飲みたいわ。珍しいこと。
それを伝えれば、マリーが嬉しそうにホットチョコレートを用意するといってくれた。待っている間に外を見る。冬の訪れ。私は春まで生きていられるだろうか。
かたん。
夜の帳の中で、久々に聞くかすかな音。
「やあ」
涼しげな声。会いたかったけれど、会いたく無かった。こんなにやせ細った私を見せたくなかった。けれど彼は構わずに私のベッドサイドに腰をかける。
「今日は目が覚めているんだね」
「え?」
「何回か来たけれど、いつも夢うつつだったから」
「覚えが…ないわ」
「そう? それは残念」
彼が私に口付ける。冷たい瞳のまま。そして耳元で囁いた。
「愛している」
「え?」
彼を見れば、笑わない瞳のまま唇の両端だけが上がる。
「君が聞きたいんだろ? 僕にずっとねだっていた」
「な…何を」
「愛しているって言ってくれってね」
「それは…」
それは夢では無かったの? 夢だと思っていたのに。彼は目の前で変わらぬ表情のまま、また愛の言葉を口にする。
「愛している。いくらでも言ってあげるよ。こんな言葉ぐらい」
「ひ、酷い…」
「酷い? 望んだのは君だ」
「違うわ。そんな口先だけの言葉。愛するって素敵なことなのよ」
「やれやれ。君は僕を愛しているっていうわけ?」
あまりの言い方に私の中で何かがプツリと切れてしまった。もう気持ちを隠していることなどできはしない。
「愛しているわ。あなたがとても大事なのよ」
「僕のことを何も知らないくせに?」
「知っているわ。冷たいところもあるけれど、部屋の中しか知らない私に新しい世界を見せてくれた。そして優しいところもあるわ」
「ふーん」
「あなたは…愛するということを信じていないの? 人は皆、誰かに愛されているのよ。自分では気づかなくても、あなたを愛している人はいるわ」
彼の態度が悔しくて、私は言葉を重ねる。
「あなたが気づかないだけで、世界に愛は溢れているのよ。あなたが世界を嫌いでも…世界はあなたが好きよ。みんなあなたを愛してる。私も…あなたを愛してるわ」
彼が鼻で嗤う。どうして。どうしてわかってくれないの?
「そんなこと言っても、人間はすぐ死ぬだろう? そうしたら、それで終わりだ」
「そんなことない!」
私は思わず否定した。愛は残るものだって…神様はおっしゃっているわ。最後に残るものなのよ。
私は必死で言葉を捜す。




