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第1夜  壁(2)

 コンコンとドアがノックされて、返事をする。ベッドに横たわったままドアを見れば、お父様だった。


「アリス。具合はどうだい?」


 久しぶりに見る顔に一気に罪悪感が生まれてくる。ネグリジェの胸元をぎゅっと握り締めて、無理やりに笑顔を作った。お父様は気づいてしまうだろうか。でも気づかないかもしれない。だから何もないふりをする。


「まだ熱はあるけれど、今日は大分楽になったわ」


 そう伝えれば、お父様のいかつい顔からほっとしたような優しい笑みがこぼれた。


 ごめんなさい…お父様。心の中でそうつぶやくけれど、言葉には出せないのがもどかしい。ごめんなさい。私は勝手なことをしてしまったの。心の底で謝るしかない。


「ふぅ」


 お父様はベッドサイドに椅子を持ってくると、座り込んだ。肉付きの良い身体が小さな椅子からはみ出て見える。


「どうなさったの?」


 そう優しく尋ねれば、お父様が話し出した。お父様が私に話をするときには、何かご自分で考えをまとめたいときだから…私は黙って話を聞いていた。




 最近購入した別荘で妙な染みが発生しているとのこと。何回壁を塗り替えても、同じ染みが発生するらしい。


 職人はカビが発生していると言い、窓をしょっちゅう開けて風を入れるべきだと助言をくれたけれど、それでも壁の染みはまた発生する。


 あまりの頻度に教会の神父様に相談したところ、呪われているから早く手放したほうがいいと言われたけれど、手放すには惜しい場所にあるとのこと。


 


「本当に呪われていると思うかね?」


 お父様は私に聞くけれど、答えを求めているわけではないと分かっているので、分からないといって首を振った。


 それでお父様は満足したようだった。


「今は毎日風を入れるように管理人に言ったから、今度こそ大丈夫だろう」


 お父様は自分に言い聞かせるように言って去っていった。その背中に私はそっと、何度目かに心の中で謝った。




 その日の夜、お父様の話とマリーの話が頭に交互に浮かぶ中、ぼーっとしていたら、カーテンが揺れて…彼がまたベッドサイドに立っていた。


 一体、どこから入ってくるのだろう? バルコニーから? でもここは二階で…傍に大きな木もない。梯子? この真下は使用人の部屋で、梯子をかけたら見つかると思うのに…。


「あなた」


 声を出しそうになった私の唇に、彼は人差し指をそっと乗せる。


「静かに。言ったでしょ? 印が消える前に会いにくるって」


 そう言って彼が私にキスをしようとするのを、私は拒んだ。


「なぜ…どうしてこんなことを私にするの?」


 涙があふれてくる。


「酷い…あなたは私に酷いことをしたのよ」


 周りを起こさないように、しかしできる限り精一杯相手をなじれば、彼は顔をしかめた。


「あの夜、君は同意したよね? そして僕を受け入れた。それがどうして酷いことになるの?」


「だって…神様の前で誓った相手とでなければ、してはいけないことなのよ?」


 私の言葉を、彼は馬鹿にするように嗤う。


「ハッ。神様ね。そんなのがいるのならば見せてもらいたいな」


 なんて…不信心なことをっ!


「神様はいらっしゃるわ。私たち皆のことを見守っていらっしゃるのよ。いつだって。今だって」


 そう言ったとたんに、彼は私の腕を掴んだ。


「じゃあ、その神様に助けてもらえば? 僕に襲われないように」


「お、お願い…やめて…」


 私の両手を押さえつけて圧し掛かってきた彼に恐れを覚えて、涙声で訴えれば、彼の動きが止まった。


「君は神様よりも、僕にお願いするわけだ」


 …。悔しい…。悔しいけれど、とっさに出たのは彼に対しての懇願だった。


「お願い…。もうやめて…」


 もう一度繰り返せば、彼は身体を離し、私から距離をとった。そしてにやりと嗤う。


「いいことを思いついた」


 怯えながら彼を見ていると、彼はベッドに腰掛けて楽しそうに私を見た。


「君が僕に面白い話をしてくれたら、その間、僕は君を襲うのをやめよう。どう? 面白くなかったら、君の身体で楽しませてもらう」


「ひ、酷い…」


 面白い話なんて…こんなベッドの中にいる私に何が話せるというの?


「じゃあ、身体にしよう。どうせ君は僕を受け入れてしまってるんだから、一回でも二回でも同じことだ」


「な…」


「あ、それとも命をもらうのがいい? 僕としてはそれでもいいけど」


 私が怯え、困っているのを見て、ニヤニヤと嗤う彼。


「さあ、どうする?」


 私は思案した…。お話…。面白いお話…。


「童話でもいいの?」


 そう言った瞬間に彼が私を睨む。


「そんなもの。どこが面白い? 教訓めいた話ばかり。めでたし、めでたしで終わりだ」


 そう言って両手の平を広げて、私に見せる。


「じゃ、じゃあ…」


 そして思いついたのは、お父様がしていた話。私は思い出しながら、別荘の話を始めた。


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